第22話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.10

 その後、明日の仕事の準備があると言って、ワカメさんはログアウトした。


 残された俺たちは、しばらく無言の中、森の入り口で立ち尽くした。


「もしかして今からとある世界的アニメ最終回のおめでとうラッシュが始まるのか?」


 俺のアホな発言に、


「やって……ほしい?」


 セツカは悪戯っぽく応えた。


「林原閣下に生声でお祝いされたらもう思い残すこともない」


「バカ言え。これからだろ?」


 俺の肩を力強く叩き、ギルフィーナは本気も本気な顔で語った。


 それに対し、俺は深々と頷いた。


 みんな……特にアガタのお陰で、少しだけ人間として成長した気がする。


 この感謝の気持ちは言葉では言い表せない。でも、同じ人格を共有しているこいつらなら、きっと分かってくれると信じている。


 恩返しをする機会はいくらでもあろう。これからは言葉より、行動でこいつらを支え、感謝の気持ちを示していこう。


「弟のように思っていたロザ君が大人になろうとしている……お姉さん感涙だなー、よよよー」


 今日の功労者が大手を振って俺をからかってきた。普段なら何らかの反撃をするところだが、今日だけはアガタの好きなようにさせるとしよう。


 みんなと和気藹藹に俺の進歩を祝うアガタのにこやかな顔つき。


 見ているこっちの心が和らぐ、太陽のような包容力を体現している笑顔。


 アガタに癒されるのは今日でもう何回目だろうか。


 ……俺は突如危機感を覚えた。


 待てよ俺。


 内情を知らない赤の他人がアガタを見て萌えるのはまあしょうがない。


 そして俺がたまーにやられるのも不可抗力なのでよしとする。


 だって自分で性癖ガン刺さりの外見とキャラ設定したんだ。四倍弱点なんだ。効果抜群なんだ。


 でも俺が「一日中」萌えまくるのは流石に不健康だ。ナルキッソスかっ!アガタは水仙の花かっ!


 しかも難民農村の時、アガタにナデナデしてもらっていた時俺は何で思ったんだよ。「愛おしい」ってお前。いやいやいやいや。


 段々思考が混乱して来た。


 難民農村の時のことは忘れよう。アガタが言っていたことも忘れよう。


 アガタが言っていたこと……?


「ってああっ!」


 素頓狂な叫びを上げた俺を、みんなびっくりして振り向いた。


 難民農村の時のアガタの発言に一つ重要なのがあったじゃねえか。


 何でもするっつったなワレー!(方言の混同)


 ……そうだ。今すぐにでも出来る恩返しがあったじゃないか。


 アガタは今日、俺を導くために、散々恥ずかしい演技をした。


 ならば最善の選択肢は、彼女一人に恥をかかせないよう、俺もクサイ芝居をすればいい。


 昔とある偉人は言ったんだ。親友が教室でう○こを漏らしたら自分も漏らすべきだと(暴言オブ暴言)。


 これだ。名案だ。我ながら天才だ。


「アガタ」


「うぇ?」


 俺はスタスタと彼女に近づき、その小さな手を引いて、他のみんなと少し離れている大木のところに歩いた。


 俺の行動に戸惑いつつも、素直に付いてきてくれるアガタ。


 俺の奇行を注視する他の三人。


 みんなの視線の中、俺はこう言い放った。


「アガタ」


「う、うん。お姉さん聞いてるよ」


「ワカメさんという記念すべき初めての女性の友人が出来たのだ」


「そっか、お姉さんたちは家族同然だからノーカンか。えっと、うん、見てたから当然分かるよ」


「それはつまりこのヘタレな俺でも、女性とコミュニケーションが取れたという証拠に他ならない」


「段々話が見えなくなってきたけど、うん」


「と言うと、これからどれだけの時間を掛けるかは分からないが、この俺にも素敵な恋人が出来る……まあ可能性ぐらいはあるだろう」


「ロザ君がその気なら……すぐ出来るよ!」


 わざとらしく頬を染めるアガタ。こういう時まで演技か。どうやらキャラにのめり込みすぎて、やめるタイミングが見つからないらしい。


 案ずるな。今降りる口実をくれてやろう。


「じゃ、女性にアプローチする練習に付き合ってくれないか?」


「えっ?」


「「「えっ?!」」」


 何をするつもりだと言わんばかりの、みんなの驚く声が聞こえる。だが、俺はあくまでもアガタ一人に注意を注ぐ。


「何でもするって言ったじゃないか」


「ああ……言ったねー」


 何故か素直に認めるアガタであった。


「何言ってんだお姉ちゃん?!」


「そうじゃ!言ってないぞアガタ殿!幻覚じゃ!その男の幻聴じゃ!」


「よくない……その……よくない!」


 外野がパニックに陥った模様。セツカに至っては語彙力が死滅している。


 漢峰下信也、それをとことん無視する!


 何故ならば、今から俺はアガタに伝説のアレの練習を敢行するからだ!


 ダン!と、俺はアガタが背にしている大木に、右肘を思い切り叩き込んだ。


 木からダメージ表示が出たが、うるさい外野と一緒にシカトだ。


 目の前に、アガタの可愛らしい顔がいる。


 もう少し腰を落とせば、鼻で触れ合えるような距離。


 水気を帯びたつぶらな瞳。長いまつげの一本一本がはっきりと見える。


 微かに震えている、桜色の繊細な唇。


 シャンパン色の髪が俺の肌を撫で、少女から伝わる控えめな香りが鼻を打つ。


「アガタ……あんまり、俺の心を掻き乱さないでくれ」


 脳内で少女漫画を再生しながら、目の前の少女の名を囁く。


 そう。


 壁ドンだ。


 俺はアガタを壁ドンしたのだ。しかも高等テクたる肘ドンである。


 壁ドンの予行練習をして損をすることはない!


 壁ドンはリア充になるための必須スキルだ(ぼっち童貞の偏った固定概念)!


 思い切りやりやがった俺は満足だ。


 これからの展開は容易に想像できる。


 キレるか、笑うか。


 どっちみち、俺をネタにして、いじり倒す口実は出来上がったのだ。


 これで今日、アガタがやった恥ずかしいことの数々は物の数にも入らねえ!俺が一番恥ずかしい奴だからだ!


 さあこい!覚悟は完了!


 そしてアガタは、きめ細やかな白い頬を、赤く染め上げ。


 ……………………目を閉じて顎を上げた。


 ……

 ………

 …………


 違う。


 違う、そうじゃない。


 それは俺が想像している反応とはかけ離れている。


 固まってしまい、動けなくなった。


「『シャドーワイヤー』ッ!」


「うぐぁッ!」


 突然、首から強烈な引力が伝わってきて、俺は引き倒されてしまった。ギルフィーナが影糸シャドーワイヤーで俺の首を絞め上げていたのだろう。


 頭上から一瞬影が通り過ぎ、気が付けば菫は俺を馬乗りして押さえていた。縮地か。縮地したのか。


 視線を横にやると、両手をわなわなと震えながら、二丁拳銃を俺に照準を合わせているセツカもいる。


「どさくさに紛れて何するんだこの性犯罪者!マジで信じらんない!」


「恩を仇で返すとは、とんだ犬畜生の類じゃな!ロザリアン殿は猛省すべきじゃ!」


「そ……そういうの……よくない!」


「ち、違うんだ!予想していた展開と違う!俺は悪くねえ!」


「「黙れ、親善大使め!」」


「よ……よくない!」


 揉みくちゃにされている俺を見て、おろおろしながらアガタは俺を助けようと。


「み、みんな、違うの、お姉さんが誤解させるようなことするからからいけないの」


 見当違いなことを言った。


「やめろ、アガタ!何にせよ俺が悪かったから火にニトログリセリンを注ぐな!菫が動揺し過ぎて挙動不審だ!ギルフィーナも『絶技アーク』の詠唱をやめろ!そしてセツカ、お前が一番落ち着け!円環の理に導かれそう顔を今すぐやめないか!銃を下ろせ!そんな顔をすると隣から仲間に討たれるぞ!」


 一同SANチェックで大失敗し、一時狂気に陥っている。


 そんな中、アガタは。


「ロザ君は……どうしたいの?」


 柔らかく、艶めかしく、そう言った。


 熱を籠るアガタの視線。


 気のせいか?いや気のせいだ!


 どういうことだおいどういうことだ?!アガタもご乱心?!


 俺は……!


 俺は!


「じゃ俺は昼飯を作ってくるから落ちるわ!」


 俺はログアウトして逃げたのだった。


 ◎


 夕焼けに燃え上がるキャビン。


 みんな、ゲーム内の一日の労働に終止符を打って、仲間たちと他愛のない雑談でもして、ログアウトする。


 そのような、優しくも愛おしい時間。


 これから、一日の疲れを癒す、ぬるま湯のような時間で。


「よし、お前ら、楽しかったぞ。じゃな、私は死ぬから」


 私はこの夕日のような、死にゆく輝きを放つ笑顔をしていると思う。


「早まるなお姉ちゃん!」


「そうじゃ!自殺しても何にもならんぞ!神殿でリスポーンするだけじゃ!」


「アガタちゃんは……悪くない!ロザ君が……悪い!」


「ぬおわあああああああああああああ!離せ!私は死ななければならないんだ!」


 一通りのたうち回った後、静かに死を望んだ私は愛する仲間たちにがっちりホールドされている。


「何が『ロザ君は……どうしたいの』じゃボケェェェ!男が好きか?!自分が好きか?!それとも弟キャラが好きなのか?!ジェットストリームアブノーマルか?!」


「大丈夫だよ!お姉ちゃんはそんな変態性癖三連星をしていない!あと男が好きなのは全くもって普通な事なので大丈夫!」


 妹が政治的に正しいが全然慰めになっていないことをほざいている。


「そしてよくよく考えたらロザ君も悪くないんだ!全部あのウラカって女が悪いんだ!絶対今もニヤニヤしながら、どこかに潜んでこっちを監視しているに違いない!」


「そうか!ウラカって女が悪いんだな!ぶち殺してくれるわ!」


「やめんかアガタ殿!キャラが全壊しじゃ!落ち着いてくれ!今日の満点ロリママが台無しじゃ!」


「うるせえ!これで落ち着いていられるか!明日からお前らもやられてみろ!絶対発狂するからね!私は断言する!」


 突如シーンと静まり返るキャビン。


 さっきまでの狂騒は、嘘のように消え。


 死のような静寂だけが、周りを深く、深く、絶望なまでに覆った。


「そうだね……明日からランダムに贄が選ばれるんだよね……テン下げってレベルじゃない……」


 妹は私の首に回っている手を解き、ゆっくりと床へ崩れ落ちる。


「お互いカバーし合うのじゃ。今日の突発的な状況が発生しにくいようにみんな尽力するのじゃ。それしか生きる道はあるまい。すまぬ、アガタ。如何せん今日が初めてじゃ。お主の心を、守れなかった……」


 努力してポジティブなことを言おうとする菫ちゃんだが、段々と話が暗くなった。


「……いや、しょうがないよ、あれは」


 ロザ君がしようとすることは手に取るように分かる。


 大方、私が演技していたと思い、私にだけ恥をかかせないために敢えてあんな道化芝居をしたんだ。


 唯一の失算は、私はあの時正常じゃなかったんだ。


 あの時の私は、峰下信也ではなかった。


 あらゆるものから隔絶された、恐ろしいほど純粋に、ただアガタという少女だった。


 不思議と……それは、嫌な感触をする体験ではなかった。


 でも、こういうハプニングは起こりうる。


「ウラカ……社長は」


 突然、セツカは弱々しく囁く。


「一体何が……目的なんでしょう」


 それは、私たちに答えられるような話ではなかった。


「……分からないことを考えても無駄。明日からの作戦を考えよ、みんな」


 沈黙が再び訪れるのを恐れ、私は強引に話題を変えた。


 愛する仲間たちは、私の目を見て、頷いた。


 明日から、私たちの心は、四人一丸になって守っていくと、お互い夕日の中で誓い合った。


 まさに血の盟約。


 明日から、今日の私のような哀れな被害者が出ないよう、私たちは祈るしかないのだ。


「……で、今日私の乱心を、明日ロザ君に何で言い訳すればいい?」


「「「あっ」」」


 やはり死のうと立ち上がる私は、仲間たちに再びベッドへ押し倒された。

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