第23話 幕間 「やがてあなたが懇願するまで」.1

 やがて夜に相応しい静けさを、森のほとりに佇む我らが愛おしき家は取り戻した。


 何が出ても不思議ではない、草木も眠る丑三つ時。


 この辺りに流れてくるようなはぐれモンスターはドアの耐久も壊せない弱小な奴ばかりだけど、時々野獣系のモンスターが夜鳴きして、おっぱいと態度はデカいけど肝っ玉が一番小さいギルフィーナは度々飛び起きる。


 最近は寝る時、我が家の周りにワイヤートラップを張り巡らすようにしているらしい。


 91レベルのシャドーハンターのワイヤートラップだ。音も出させずに、一撃で低レベルモンスターたちを葬ることは造作もない。


 そういえば、「我が家」。


 このキャビンにその三文字を使うのは、もう慣れてきた。


 今頃、母ちゃんが住まわせてくれたあのマンションの一室はどうなっているのだろうか。


 正直、他のみんなはどうなのかは知る由もないけど、あの暗く寂しい部屋が懐かしく感じることはなかった。


 九割強、私たちのために積んだゲームデバイス以外、何一つ変化はなく、寂れたままなんだろう。


 それでも気になることは気になる。


 現実の話題は、趣味のアニメや漫画など、ロザ君が辛うじて調達出来る物以外は、私たちの間では密かにタブーになりつつある。


「クロノスリベレーター」にもネットは存在する。


 だが、「クロノスリベレーター」の運営会社であるアブローズ社との連携が出来ている企業だけが、ゲーム内のネット上に情報や商品を載せることが出来る。


 不完全で閉じられたネットワーク。言論の自由がどうとかって騒いていた人もいたが、ごく少数だ。


 技術面や道徳面の話はともかく、アブローズ社がゲーム内の如何なるものを、どの様に設定するのも当然の権利。


 かつでは、このどこか欠けているネット環境が不満ではなかった。当たり前のように感じていた。


 第一、私たちの生活と関わる大企業の殆どは、アブローズ社と連携を取れていた。


 動画サイトや音楽サイト。通販サイト、はてはフードチェン店も、この「クロノスリベレーター」でその味を完全に再現しているものを出している企業もある。


 それでも、アブローズ社と連携が取れていない企業はいくらでもある。


 まずはアダルトサイト。これが嘘のように一点もない。


 官能小説ぐらいは探せば出てくる可能性はあるが、同人誌サイトからアダルトビデオのレンタル、出会い系にまで本当に綺麗さっぱり存在していない。


 法規が関連しているのか。それとも単に運営の方針なのか。


 低年齢のプレイヤーへ対する配慮ではないことだけは、確実だ。


 このゲームには年齢制限が付いている。ID購入の際、18歳未満はまず弾かれる。


 ゲームの主要消費層である若い学生たちをブロックする。それは一見営利企業にとってありえない方針なんだが、このゲームでは仕方のないこと。


 今日、ワカメさんと一緒にこなしていた、「みんなのトラウマクエスト」を見たら誰でも分かる。


 目の前に、いきなり悲惨なことが起こる可能性はいくらでもある。


 さっきまで話していた村娘さんがモンスターに撲殺される。


 血しぶき、悲鳴、オークの体臭。


 脳にダメージを負うがために震えだす手足。瀕死の村娘さんの絶望に染まる瞳。


 そんなことまで?!と思うことも全部、事細かに描写する。


 それがリアリティー。


 それが「クロノスリベレーター」。


 さらに、アダルトサイト規制と綺麗に反対な方向を向いている機能もある。


 性的接触機能。


 これは、プレイヤーが許可を出せば、お互い出来る。噂によれば、本物と何ら違いもない。そういう経験がない私たちは知ったこっちゃないけど……


 ちなみにモンスターとNPCは出来ないが、これからだって意気込む人は沢山いる。


 そういうことなので、年齢制限がなされるのも仕方のないことだ。


 アダルト系のサイト以外にも、例えばジャ○プも、この世界では手に入らない。


 漫画系が全滅、というわけではない。数社は連携していない、それだけの話だ。


 でも、もはやこの世界から出ていくことが叶わない私たちにとって、その事実は重く圧し掛かる。


 コンビニに行けば買えていた物手軽な物。


 私たちが読みたい時には、もうロザ君を頼るしかない。


 手に届きそうで届かない。


 当たり前のようで、もう二度と触れることはない。


 だからこそ、私たちはあまり現実のことは話さなくなった。


 ロザ君のことを責める気は一かけらもない。


 彼の葛藤と苦悩、狂気と努力。そのすべてはちゃんと私の中に、まだ存在している。


 存在している、筈。


 私は隣のベッドを眺めた。


 ひとしきり暴れまわった後、疲れて寝てしまったアガタがいる。


 明日にロザ君には、昨日のあれは場に流されてロールプレイしただけなので、もう忘れろと四人で一緒に言うつもりだ。


 美少女なりきりプレイ。楽しいじゃないか。


 それをロザ君が信じないわけがない。


 その案を聞いて安心したのか、アガタは電池が切れた機械のように眠れた。


 こうして寝ているときは、本当にあどけないただの少女に見える。


 私たちを表す本質はどこにいるのだろう。


 この体に脳はない。あるのはデータだけだ。


 現に、私たちは睡眠を取る必要性は実はないのだ。


 徹夜をしても、肉体的な疲労はない。


 だが何日も寝ないと、なんだか頭が重くって気分が悪くなるので、レベルがもうロザ君に追いついた私たちは、今毎日睡眠を取るようにしている。


 この現象は何を意味しているのか。やはり私たちの脳はどこかにあるって意味なのだろうか。


 あるとしたら、私たちの脳は、あの開発ツールの機械にいるのか。


 じゃー私たちの魂は?どこにいるの?そもそも存在しているのか?


 存在しているのなら、記憶と自覚がウラカ社長によって消されている時に、私たちは美少女の外見をしているただの人形なのか?


 そこら辺に歩いているNPCと何が違うんだ?


 アガタを見たところ、何事もなかったように元に戻っている。


 でも、聞けない。


 自覚が消されている時、どういう感じなのか。


 私たち他の三人は、誰一人それを聞く勇気はなかった。


 その過程は一体何を意味しているのか。


 私から見ると、私の体から魂を抜き取って、夜になったらまた体にインプットする行為にしか見えない。


 私たちから見たアガタは元の彼女である。何も異常はなかった。


 でも彼女は彼女のままなのか?全く同じ反応をする、ウラカ社長が作ったNPCではないのか?


 いつの間にか、私はシーツを両手で強く握りしめていた。


 怖い。果てしなく怖いのだ。


「セツカ殿?眠れぬのか?」


 後ろから、私を呼ぶ優しい声が聞こえた。


 振り返っていたら、そこには菫がベッドから身を起こし、布団から上半身を出している姿が見えた。

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