第19話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.7
「大丈夫かなー、ワカメちゃん」
「無責任なことは言えないからどうだろう。俺たちは見守るしかない」
俺たちは今、キャビンの近くにいる「イネロード」という大通りの外れにいる。
設定上、ファラー公国に属している糧食産地であるイールという平原地帯から農産品を運ぶ通路となっている。
王室直属の工匠により設計され、均等な大きさにカットした石レンガで舗装されたその広大な道路は、現実のアスファルト道路と比べても遜色ない安定性を誇っている。
目視出来る地平の果てに、いろんな大きさと色合いの荷車が点在している。コトコト響いてくる車輪の音と、軋む金属音。
この世界の人類の文明レベルを象徴するような、そんな建築物。
……そのすぐ隣の森に、オークたちはいた。
日常的な会話を交わしてくれていた村娘さん。
首都から徒歩でせいぜい二十分の距離。
どこかに必ずあった、初心者に対する「世界の善意」に抱く圧倒的な信頼。
そんなものはオークの棍棒により簡単に砕かれ、平和な日本で生活している我々プレイヤーの胸の奥に赤々と烙印を残していった。
この世界の人間は魔族との終わりなき戦いの渦中にいる。
例え首都の近くだろうと、絶対の安全と安心など存在しない。
そんなストーリーと世界観を教えてくれたクエストだった。
「そして少女の胸に潜む復讐の火花は今、燎原の炎になろうとしている」
謎のナレーションを入れて空気を和まそうとしているギルフィーナだが、彼女のその端整な顔もまた緊張によって微かに歪んでいた。
恐らくみんな同じ気持ちだ。
各々の移動スキルプラスエンゲージ攻撃の間合いを足して、ギリギリ届く距離にいるワカメさんの小刻みに震えている背中を見て、当時の自分を投影している。
頑張れ。
頑張れ、冒険者。
あなたには力がある。
この世界にいるあなたは決して何時でも替えが効くような、そんな卑屈な歯車ではなく。
恐怖に直面しても尚立ち上がり、誰かのために戦う勇者である。
「くるぞ」
菫が上擦った声で囁いたのと同時に、木々の翳りの中から大きな影が見えた。
緑がかった肌の下には、猛り立つ隆々とした筋肉。
理性に欠いた灰色に濁った瞳、黒ずんだ剥き出しの牙。
腰に巻いているボロ布で辛うじて下半身を隠しているその姿から、僅かだが知性のようなものも感じられる。
オークだ。三匹いる。予定通りだ。
先頭のリーダーっぽい奴の身長は一回り大きく、他の二匹と比べさらに凶悪に見える。
そいつの腰巻は、仲間たちのものと比べ、随分と新しく見える。
――村娘の服だ。
それを視認し、理解した瞬間、斧を手に取る青年は悲憤な絶叫を上げ、先頭のオーク目掛けて吶喊した。
ピタっと、ワカメさんの後ろ姿の震えは止まった。
反射的にバイオリンを肩に掛け、弓を構え、鞭を振るうが如く荒々しく右手を一直線に閃かす。
激昂な音符が躍り出た。白熱にして灼熱にして焦熱なメロディー。
『
彼女は自覚しているのだろうか。自分は青年とシンクロして叫んでいることを。
高々と斧を振りかざし、まるで投げつけるかのように、体勢を崩しながら全体重を掛けたあまりにも無謀な特攻。
嘲笑うかのように、半歩しか引かず、反撃に出ようとしているオーク。
だが単純な斬撃に変化が生じた。
甲高い効果音と共に、青年の腕に光の帯が纏った。それに連れ、斧が振り下ろされたスビートは急激に増し、間合いが微かに伸びた。
「よし!パーフェクト演奏だオラー!」
ギルフィーナの興奮した声が聞こえた気がする。
何を言っているのか、いまいち脳に入らない。
俺の視線は斧の切っ先と一緒に、驚愕の表情を浮かべるリーダーオークの右膝へと吸い込まれていく。
鈍い、骨の破裂音。舞い上がる赤い飛沫。
オークは怒号を上げ、巨体を揺らし後ろに倒れた。
クリーンヒットだ。
右足を完全に切断されたリーダーオークはもう立てまい。
俺は思わずガッツポーズを取る。
目を離せないので仲間たちの反応を確認することはできないが、俺たちは今きっと外人四コマのポーズを取っているに違いない。
意識に一瞬の緩みが生じた。
当たり前だ。
全霊で復讐を果たそうと震える体を奮い立たせ、放たれた初撃は見事功を奏した。誰だろうと歓喜に身を委ねる。
事実、熟練のプレイヤーである俺たち一行でもそうだった。
その一瞬の隙を、残りのオーク二匹は見逃さなかった。
ワカメさんは我に返り、青年に一斉に近づいたオークたちの意図を察したが、一呼吸遅れた。
『
咄嗟に斧を構え、『
尻餅をついた青年は意地で右手に握りしめた物を離さなかったが、金属音と共に、折れた斧の刃は青年の左手側の地面に突き刺さる。
戦況は一気に不利に傾いた。
メインアタッカーであるNPCの青年の武器は鋭利な木の棒だけとなり、しかも危険極まりない体勢でオーク二匹を仰視している。
俺は思わず駆け出そうとした。このままでは悲劇の二の舞になる。
だが、アガタは力いっぱい俺の右手にしがみ付いた。
「ワカメちゃんを信じてあげて。また諦めてないよ、あの子」
アガタの小さな手もまた震えていた。
歯を食いしばり、俺は行く末を見守ることにした。
勝利を確信したのか、オークたちはニヘラと口元を歪ませ、嗜虐的な笑みを浮かべ、棍棒で空いた手の掌を叩いた。
今度は逆に、ワカメさんはそんな余裕をこいているオークたちのミスを見逃さなかった。
「『
横、縦と三回弓を振り抜いたワカメさんの右手から鋭い衝撃波が生じ、それぞれオークたちの顔面、腹部と胸元に目掛け飛翔する。
二匹のうち、前に立っている方のオークは運悪く目に『
後ろにいる方のオークは腹に一発喰らったが、身をよじり胸に飛んでいった方の攻撃を躱した。
「立ってッ!立てッッ!」
痛みで後ずさるオークたちをよそに、ワカメさんは青年に向けて絶叫する。
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