第13話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.1

「ど、どうしよう?!目を覚ましてくれない!」


「落ち着いて……多分……大丈夫ですから」


「何でセツカはそんなに冷静でいられるのよ!私たち三人がちゃんと今まで通りってことは、お姉ちゃんの頭があのクソ女にいじられたってことでしょ!」


「あなた達は直接……あの人の表情を……見ていませんから。あの人は……私たちと同じ次元に……いないの」


「何よそれ……犯人の肩を持つ気?」


「そんなつもりじゃ……」


「ギルフィーナ殿、落ち着き給え。セツカ殿に当たっても何にもならぬ。セツカ殿はただ、相手が本当にあのアブローズ社の社長であるのなら、技術力の面では逆に信用していいと言いたいだけじゃ」


 言い争いの声が聞こえる。


 愛する妹と仲間たちの声だ。何で喧嘩しているんだろう。喧嘩はめっ、だぞ。


 やがて周囲は静かになり、そして小鳥の囀りが聞こえてくる。


 もう朝か。瞼を閉じていても、微かな光を感じる。


 体が重い。よく眠れなかったかもしれない。


 何だか、頭の中に靄がかかってうまく思考が回らない。


「うぅ……」


 思わず漏れる吐息に、若干違和感を覚える。


 鈴の音のように、涼しくも透き通る声。


 朝の空気のように澄んだ幼い声だ。


 これは私の声なのか?


 いや……そうだ。これが私の声。


 この声の方が「合っている」。その筈だ。


 ……そうだ。


 私は……私は……


 アガタ。


 そういう名前の筈だ。


「お姉ちゃん!」


「うっぷ!」


 目を開けた途端、視界と呼吸が柔らかいものに阻害された。フィーナちゃんがガバっと私の頭に飛びついて抱きしめたらしい。


 ギブギブと言わんばかりにフィーナちゃんの背中をぺちぺち叩くと、彼女は慌てて私を解放した。


「あ、ごめん!お姉ちゃん大丈夫?」


「大丈夫だよー。どしたの、朝からそんなに荒ぶって?」


 目をこすりながら背伸びをする私を見て、三人ともなぜかきょとんとした顔をして見合わせる。


「さっき喧嘩したんでしょー?喧嘩はだめだぞー」


 フィーナちゃんの頭をナデナデしてやると、突然彼女は泣き出し、私の膝にしがみついてきた。


「うぇ?!フィーナちゃん今日本当にどうしたの?」


「うぅ……お姉ちゃん無事でよかった」


「どゆこと?お姉さんはいつも通り元気よー?」


「アガタ殿」


 横に立っている菫ちゃんが、やたらと深刻そうな顔でベッドに座っている私の顔を覗き込む。


「どこか、具合が悪い場所はおるか?」


「うん?何で?とても元気よ」


「そ、そうじゃったか。いや、その、何でもないのじゃ。健康なのはいいことじゃ」


「そう?」


 私が首を傾げていると、今度はセツカが心配そうな表情で私の手を握ってきた。


「アガタ……その」


「うん?」


「自分が誰なのか……覚えてますか?」


 私は目を見開いた。変な質問だった。


 そんなの聞くまでもないでしょ。私は……アガタ。当たり前のことだ。


 この中で、一番お姉さん。だから、またまた子供のみんなの助けなきゃ。


 冒険者は危険な仕事だからね。でも私がみんなの傷を癒すんだから、きっと今日も大丈夫。


 みんな私のことを頼りにしているし、私も必要としてくれる幸福を感じていられる。


 それで間違いない筈。


 間違いない筈だけど……どこか引っかかる。


「アガタお姉さんはみんなのお姉さんだよ。そうでしょ?」


 私は何故か不安になってしまい、思わず聞き返した。


 私の返事は、どこもおかしくはないと思う。


 三人がまた一瞬お互いの顔色を伺ったと思えば、恥ずかしいのか、セツカちゃんがぎこちない笑顔を向けてきた。


「う、うん。そう……ですよ」


「そうじゃな」


「お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ。セツカ、何言ってるの?」


「そ、そう……だね。ごめんなさい」


 自分が何か場違いなことを言ったかもしれないと感じているのか。


 セツカちゃんは、ばつが悪そうな、不安げな表情を浮かべていた。


「ううん。いいよ。おいて」


 そう言って、私はセツカちゃんの頭をパフパフと叩き撫でた。


「セツカちゃんは何も変なことは言ってないよ。お姉さんがちょっと寝ぼけていたのを心配してくれたでしょ。いい子ね」


 よしよしっと、私はできるだけ大きな笑顔でセツカちゃんに笑いかけた。


 そしたら、セツカちゃんの顔から気まずい表情は消えたけど、やっぱり気恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いた。


「な、なぁ……これってやっぱり自己認識が変えられてるよね」


「そう見た方が自然じゃな」


「し、しかしこの破壊力は何なの。何でこんなにかわいいの」


「多分、完全にアガタって人物に入っているから、より自然な演技……いや。今は演技をしてはおらぬのじゃ、アガタ殿は。あれが素じゃ」


「あ、あれが素?!ヤバイんだけど。お姉ちゃんからお母ちゃんになりそうだよ。バブみ半端ないって」


「あ、ああ……外見金髪幼女なのに、この戦闘力じゃ」


「そのギャップがいいだよ!いや、今はまずいけど」


「そうだな。妾たちまであのイケない魅力に振り回されていたら、誰がアガタ殿の名誉と心を守るのじゃ」


「最低限ロザ君に何か変な行動をしようとする場合は阻止しなきゃ。我々にとっても死活問題だよ」


「ああ……明日から順番が誰に回ってくるか分からぬからのう」


「でもちょっとは興味あるよね……君たちも素でくっころ女騎士とむっつり文学少女になったらどうなるのかなって」


「おい。そういうお主は、多分素でそのキャピキャピしておるギャルになるのじゃぞ」


「……寒気がしてきた。私が一番危ないじゃん」


「だからカバーし合うのじゃ。お互い自覚が戻ったら死にたくならぬように」


 何か、フィーナちゃんと菫ちゃんがひそひそ話をしているけど、何を話しているのかな。


「フィーナちゃん?菫ちゃん?なに話してるのー?」


「い、いや!何でもないのじゃ!」


「そ、そう!今日もいい天気で、冒険日和だなって!」


 慌てる二人の解釈に、ふーんと返す私は、天気の話に釣られて窓の外に目をやると、快晴な空がどこまでも青く広がっていて、鬱蒼と茂る森を一層爽やかな色合いに照らしている。


 確かにいい天気だ。


「そだね。今日も、きっと楽しい冒険が私たちを待ってるね!」


 自然とおおらかな笑顔を三人に向けると、何故かみんな赤面していた。


「「「美少女力53万……」」」


「なに?」


「「「なんでもない!」」」


 やっぱりどこかおかしいみんなだった。

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