第14話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.2

「おっさん、いつものを一つ」


「あいよ」


 NPCの店主の手から「いのささおうカツサンド」を受け取り、俺は店のベンチに腰を下ろし、食べながら神殿の方を眺めた。


 ファラー城は大きく分けて、五つの区画によって構成されている。


 神殿区、教会区、歌神のガーデン、闘技場、王宮、最後に貿易区。


 俺は今貿易区の端にあり、神殿は目の前だ。


 柱と外壁が巨大な石組みによって形成されたその巨大な建築物は、普段「神殿」という言葉で脳裏に浮かぶ白ベースのイメージではなく、極彩色のペイントで彩られている。


 祀っている主神がウズメだからか、外観の第一印象は思いのほかコミカルである。だが中央から伸びる尖塔と高層部に点在するステンドグラスも合わせ、一見混乱なビジュアルもちゃんと調和されており、神の人界での住処が持つべき厳かさは健在である。


 一点の曇りもない晴天ゆえの強烈な日照により、今日の神殿は一層輝かしく見え、ゲーム内の宗教観だと承知しているのに、何故か少し心が洗われたような感じがした。


 神殿は国の力を上げて神々を奉る場所であり、ウズメだけでなく、他の神も怒らせないためちゃんと御神体や彫像とかが用意されている。


 国立教会ともちゃんと区別がついて、宗教系の職じゃないと、プレイヤーも自由に出入りできない数少ない特別な場所である。


 このゲームの神話設定はギリシア神話に倣い、多神系統をとっている。


 神々の母である創界神ウラカは、「永久の停滞 クロノスタグ」という始祖神の長女である。


 クロノスタグは狭量な神で、日に日に力を増す我が子たちを猜忌し、一定の年齢を超えた者を全部殺害した。


 そしてクロノスタグは頂点であり続けるため、殺された幼き神々の体を食すことで彼らの力を奪っていた、とのことらしい。


 ちなみに、これのストーリーのCG動画をクエスト中見せられた時は下手なホラー映画より余程怖かった。


 で、暴虐なる父の圧政から兄弟たちを救い、そして彼らと力を合わせ、父を討ち取ったのが創界神ウラカである。


 熾烈な戦いは神界を二つに割り、落ちていった破片が後の人界の礎となった。


 その後ウラカは弟の「知と実践の神 プラグマ」と協力し、俺たちが一番見慣れているウズメも含めた各権能を司る神々を生み出したとのこと。重要な部分はぼかしているが多分二柱はつがいなんだろう。


 奇妙なことに、ウラカは神界の破片から人界を構築するとか、人間を生み出すとか色々と描写されたけど、プラグマも、ウラカの他の兄弟も、その後のストーリーに一切出ていない。二章で何らかの解説がなされるだろうと俺は考えている。


 今俺の前にいるこの神殿の中に、ウズメがなんらかの特殊事態で人界に降り立つ時の依り代も用意されているらしい。


 先日第二章の初めの任務の時ウズメ出てきたし、まさにそれを使っていたではないだろうか。


 ウズメが直々にストーリーに関わってきたことで、物語も大きく進展する筈だ。以前から神殿内部には好奇心をくすぐられていたので、今後何らかの機会で入れることを期待している。


「よしよし。頑張ったね。偉いよー」


「もう……大丈夫ですから」


「よくあることだよ。気にしなくでも平気平気」


「気を落とす必要はないのじゃ。リアルさが売りのゲームじゃ。君と同じ場所で躓いた人は、幾らでもいるであろう」


「うぅ。情けない私を慰めてくれてありがとう。みんな優しいね」


 俺が神殿を眺めながら二章ストーリーの可能な展開について考えていたら、遠くから仲間たちの声が聞こえた。


 だが、奇妙なことに聞き慣れていない声が混じっている。しかも女の声だ。


 俺が言うのもなんだが、俺はコミュ障だ。そしてそのコミュ障は、女子に対して尚更ひどい。


 正直、ゲーム内だからいくらか緩和されているようなもので、現実じゃ同い年の女の子とまともに会話できる自信が欠片もない。


 そして今はゲーム内にいるのだが、余程の事情がないと、俺の人格と記憶を継承している仲間たちが進んで女子に話しかけるとは思えないし、話しかけられても多分適当にあしらうだろうし、何か事件が起きたと見た方がいいかもしれない。


 俺が立ち上がり、声のする方を見ると、目がいいギルフィーナが率先して俺を見つけ、手を振りながら小走りでこっちに来た。


 ギルフィーナの背後を見ると、俺の愛しい仲間たちに挟まれて、初心者の女の子が一人恐縮していながら自分のスカートの裾を握り、涙目で彼女達に礼を言っていた。


「ごめん。連絡なしに知らない人連れてきて」


 開口一番で謝罪をしてきたギルフィーナに、俺は苦笑しながら返す。


「いいよ。どうせ事情があるでしょ」


「うん。キャビンを出たところでこの子と遭遇してさ。『みんなのトラウマ』のクエストをしていた」


 ギルフィーナは両手を広げ、肩をすくめた。


「……で、オーク先輩三体に囲まれてガチ泣きしてた」


 ああ……なるほど。俺は一瞬で理解した。


 最初のクエストチェンはこのゲームの戦闘や生活要素の基礎的な説明をするためのいわばチュートリアル。


 話の内容も簡単ではあるが、一応第一章ストーリーへ繋ぐための伏線も張られていて、よくできているチュートリアルだと思う。


 だがこのゲームはリアルさを追求するあまり、ゲーム慣れしていない初心者にとって結構過酷な一面もある。


 ラストの任務で、なんの前兆もなく、いきなり説明役の女の子が目の前でオーク先輩に殺され、さっきまで説明していたクエストとまったく違う展開になる。


 通称、みんなのトラウマ。


 正直話の筋は結構合理的に描かれていたので、俺たちのような手慣れたゲーマーなら、むしろ超展開に喜び、とびっきり醜悪に描かれているオーク先輩たちのモデルを驚嘆しつつ、初めての一対多の戦闘を楽しむことになる。


 オーク先輩が先輩と言われる所以も勿論ある。


 初心者が城周辺の森で接触し得るモンスターの中で、攻撃力はもちろん、体力も割とある方で、そして何より何体も固めて出現するので、正直初心者にとっては厄介な相手だ。


 そんなオークが突然現れて、数秒前までにこやかに話をしてくれていた村娘のお姉さんを巨大な棍棒で撲殺し、あまつさえその死体を美味しくいただこうとする光景を見せられたら、免疫がない人はパニックに落ちても仕方がない。


 その初心者の女の子は多分人一倍グロ耐性がないのかもしれない。ゲームデザインナーの悪意がてんこ盛りのハプニングにガチ泣きしても理解できる。


 俺でも、流石に初心者の女の子を目の前に泣かれたら、はいお疲れ様ですと無視することはできない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る