第15話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.3

「まあ、助けたのはいいよ。俺だってそうしただろうし。今日の予定のレベリングも女の子が落ち着いてから行こう」


「あ……それがね」


「どうした?」


「お姉ちゃんが何か変なスイッチが入ったらしくって、トラウマにリベンジするまで、あの女の人の面倒を見るってさ」


「えっ」


 見ず知らずの女の子が怖い目にあったのを目撃したら、そのトラウマ解消のための手助けをする。


 熟練プレイヤーが見せる包容力、優しさとプレイスキルの数々。ゲームに対するひたむきな姿勢。


 大丈夫、俺が付いているから。


 不器用ながらも熱く語る男と、それにちょっぴり心を動かされる女の子。


 あわよくば女の子とお近づきに。


「……何それめっちゃ面倒くさそう」


「おいおい」


 いや男としてそれはどうなのかなってのは分かっているけど。


 現実の女ってオーク先輩より何万倍も怖いじゃん。


「さすがにお姉ちゃんが吐いた唾を私たちが飲ませる訳には」


「いや、文句言っただけでちゃんとやるよ。ってか唾を飲ませるって何、その言い回しちょっと興奮するんだけど」


「ヤバイ奴じゃん」


 俺とギルフィーナが談笑していると、みんなもこっちに到着した。


「ロザ君おはよう。この子はね」


「ああいいよ。ギルフィーナが説明してくれたから」


「そっか。今日はこの子のトラウマ克服に向けて頑張るよ!」


「あ、ああ。そうだな」


「ロザ君今ちょっと面倒だなーって顔をした!お姉さんは君をそんな子に育てた覚えはないよー!」


 俺もお前に育てられた覚えはないけどね。


 ぴょんぴょん跳ねるアガタを見て、俺は思った。


 なるほど、確かになんかスイッチ入っているわ、こりゃ。


 他の三人は俺がどういう態度を取るのかが不安だったのだろうか、俺の方をじっと見て強張った表情を見せている。


 俺はしょうがないなーといった顔をし、彼女たちに向けて親指を立てたら、三人も安堵した表情を見せた。


 確かに俺はコミュ障人間で、知らない人といきなり行動を共にするのは抵抗感があるが、今俺の前に、仲間が暗にワガママを言って来ている。


 俺が勝手に作り上げて、ゲームの世界に閉じ込めても、文句を言わずに傍にいてくれる、そんな仲間からきた要望だ。


 答えねばなるまい。


 俺だってパーティーの一員だ。仲間の遊びに付き合わなくてどうする。そのための仲間だろう。


 元々俺はロールプレイ大好き人間だ。せっかく美少女の体になったんだ、アガタが設定通りのバブみ溢れるロリママになってみたい気持ちは分からなくもない。


 自演で切り抜ける必要がある状況でない場合、身内でそれを熱演するとさすがに痛いかもしれないが、今は他人と行動を共にする希少な状況だ。この機を逃すまいと息巻いているのも頷ける。


「あ、どうも初めまして。ワカメと申します」


 丁寧に挨拶をしてくる女の子に、俺は慌ただしく会釈を返した。


「あ、ああ。こちらこそ、初めまして。ロザリアンと申します」


 見たところ、見知らぬ女の子と相対する俺よりも、何故か彼女の方がテンパっている。


 いや、そうか。相手からすれば、自分のことを親切に助けてくれた女の子四人組のプレイヤーの仲間とは言え、初対面の男のプレイヤーだ。これから迷惑をかける可能性がある自分の立場にちょっと戸惑っているだろう。


 水色の癖の強いパーマと眠そうな目をしている彼女は、黒縁メガネを掛けている。猫背で、弱気な雰囲気を漂わせる彼女は、ワカメという名前から滲み出る自虐ネタの悲しさも加えて、いかにもないじられキャラのオーラを全身に出していた。


 仲間たちで美少女を見慣れているから平然としているけど、もっと自信を持ってもいいぐらいにワカメさんも普通に美人の類だと思う。


 身に着けているのは初心者の布系の装備。魔法職へジョブチェンジがしたいのだろうか。


「固いよ二人とも!面接じゃないんだから!」


 パンパンっと俺たちは二人とも背中を叩かれた。


 ギャアギャア騒ぎ立てるアガタに、俺たちは同時にちょっと困った顔を見せて、そして思わぬ同調でお互いの顔を見て、笑みを零した。


「じゃ、ワカメさん。私、いや、俺はこいつらとのやり取りに慣れていて、タメ口の方が性に合っているみたいだ。もし不快じゃなかったら敬語はお互いなしでお願いしたい」


「はい、もちろんいいよ。よろしくね、ロザリアンさん」


 アガタのおかげでお互いの緊張がすこし取れたようだ。


 それに気付いたのか、私のお陰だねと言わんばかりに、むっふんとドヤ顔を見せ、両手を腰にあてがうアガタ。


 今日はとても自然にキャラに入っていて、悔しいがかわいいのだ。


 ……そうか。


 アガタの達成感に満ちる顔を見て、俺はあることを察した。


 このキャラ作りへの力の入れようはすでに単にロールプレイを楽しみたいがためのものではないのかもしれない。


 そうか。そういうことか。


 俺の胸に、温かいもので充満されていく。


 アガタは……せっかくだから、俺に他人とのコミュニケーションを練習させたいがために、あえて自分で道化をやっている。


 そうに違いない。


 アガタのこのみんなに母性を振りまくキャラはこういう状況では好都合だ。


 こういう「みんな仲良くしましょう!」みたいなことを突然言っても違和感がない。


 ロリの外見も合わさって、ワカメさん視点で多分こちらに下心があるって思われないし、余程のことをしない限り、さっきのように強く押しても反感は買わない。


 俺は、仲間のワガママがどうとか、自分勝手に、上から目線で自己満足なことを考えた。


 違うのだ。むしろ逆だ。


 慣れないことをしても、俺にちょっとは人間として成長させようとするアガタの気持ちに、俺は答えたい。


「ギルフィーナの話によると、オーク先輩のせいで精神ダメージを負わされてしまったってことでいいよね?」


 なので、俺からも積極的に話しかけることにした。


「せん……ぱい……?あ、はい、その、とても怖かった……オーク」


 思い返すだけでも相当キツイなのだろうか、目に涙を溜めるワカメさん。


「大丈夫だ。今から俺がとっておきの呪文をかけよう」


「呪文……」


「そうだ。古から伝わる生存フラグを立てる儀式だ」


「ぎ、儀式」


「そうだ。だから俺が今から言うセリフは様式美だ。悪意があるわけではないので気にしないでくれ」


「は、はい」


「ではいくぞ」


 何をされるか分からなくって身を縮こませるワカメさんに俺は鷹揚に歩いていく。


 そしてすれ違いざまに、俺は右手でワカメさんの涙の痕を拭った。


「君を殺す」


「「「デデン!」」」


 俺がワカメさんの耳元で囁くとアガタ以外の仲間三人は脊髄反射的に口でBGMを出してくれた。


「よし、これで例えモンスターの自爆攻撃を喰らっても君は大丈夫だ。オークなど恐るるに足りず」


「大丈夫、じゃないよー!」


 スパン!と俺の後頭部はアガタに思い切り叩かれた。


「さらに怯えさせてどうするの!」


 アガタが割と真剣に怒っているので、俺が謝ろうとすると、ワカメさんは口を塞いて笑っていた。


「ふふ……えっと、なんなのこの男は……!」


 意外にも乗ってくれた。


「ごめん。流石にこれは元ネタが分からない人に言ったら通報されるレベルだ。悪乗りしてすみません」


「ううん。お陰でオークにも勝てそうな気がしてきたよ」


「それはよかった」


 ワカメさんの笑顔は影がなく、晴れ晴れとしたものだった。


 奇行に出るも何故か受けてしまった俺も、釣られていい気分になった。

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