第27話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.3

 隠しクエストとは何ぞや。いい質問ではある。


 このゲームはリアリティーを追及するあまり、従来のクエスト受け取りシステム的なものは存在しない。


 NPCの頭上にクエスチョンマークやビックリマークは出てこないし、ナビゲーションシステムも勿論ない。


 この世で、次はどこの誰に何を話し、何をすればいいというレールを敷くのが一番嫌うゲームは多分このゲームだ。


 なので、別のゲームの定義からすれば、このゲームには隠しクエストだらけである。


 それでも余程頭が足りない場合を除き、普通のクエストはちゃんと汲める流れはある。


 暗示、話の内容からの推測、特定の場所しか存在しないモンスターやアイテム。そのようなもので指向性を与えるのがこのゲームの常套手段である。


 ならば、このゲームにおける隠しクエストとは何か。


 俺としての定義は、普通に推理しても達し得ないところにクエストが存在し、そのクエスト過程は複雑怪奇で、難易度と対を為して褒賞も特別、あるいは莫大な価値を有する。


 それがこのゲームの隠しクエスト。


 これまで沢山の難しいクエストをこなしてきた。それでも、俺の定義で隠しクエストと呼べるものはいなかった。


 仲間たちは俺と同じ価値観を持っているので、俺が隠しクエストと呼ぶに与えする線引きは当然同じ。


 そして今、多分俺を後々失望させないためか、ちょっと曖昧な物言いではあるが、仲間は隠しクエストを持ってきたと言う。否応にも期待が高まる。


「クエストが関係する場所は特定出来たのか?」


「確証はないが、多分妾がソードメイデンにジョブチェンジした時の里じゃろう。覚えておるか?」


「それはもちろん」


 獣神を崇める、秘境的山村。ファラー公国の一番端にいるところで、周りのモンスターのレベルも高めで、マップボスになると多分今でも髑髏表示――つまりは100レベル越え。


「どこからその推察を?」


「朝起きたらこの子がおった。真っすぐ妾のところにきたのじゃ。しかもこの人間によって被害を被ったような姿」


「なるほど。妥当な線だ」


 仔猫の幽霊が自然との調和を信条とする巫女を訪ね、助けを乞う。確かに例の里と関係がありそうだ。


「遠いな、あの場所」


「然り。霊獣運輸を使っても直接行ける場所にはおらんのじゃ……」


 霊獣運輸というのはこのゲームにおける、RPGの終盤に出てくるような飛行船のようなものだ。ファラー公国と契約を結んでいる下級神の使いとして、巨大な霊獣が交通手段として利用できるシステム。


 ボールで仲間を捕まえて一緒に旅するゲーム的に言えば「そらをとぶ」的な奴だ。


「確か……えっと、何て言う里?」


「ガリア」


「そう、それ」


 ドルイドという自然崇拝の祭祀が一杯住んでいる山里と記憶している。


「今日はそのクエストを挑戦するとしよう」


「そう来なくては。セツカ殿たちにも当然話は付いておる。ならば早めに出発するとしよう」


「あ……」


「どうしたのじゃ?」


「ちょっとね」


 クサモチのことを忘れていた。


 普通なら連れて行ってもいいのだが、何せ隠しクエストだ。価値のある情報満載だろう。それを易々とまたそこまで親しくないクサモチを連れていくのは、クエストの持ち主である菫の同意が必要だ。


 俺がそれについて考えていたら、クサモチとアガタ姉妹はこっちに戻って来た。どうやら二人の了承は得たようだ。


「私は反対です」


 アガタから動画撮影の旨をセツカに伝えたら、意外な程に激しく反対された。


「ロザ君も何か言ってやって。今日は絶対無理です」


 セツカは前回だって動画撮影には乗り気じゃなかった。反対されるのは予想通りだが、その必死な形相は何か隠されている事情があるように感じた。


 普段なら俺らが乗り気な件にならどんなことだろうと付き合ってくれるセツカがこうも自分の意見を前方に出すのは珍しいことだ。


「すみません。急に出てきて失礼な申し出をして、セツカさんの機嫌を損ないました。人当たりのいいロザリアンさんに付け込むような形で話を進めて、セツカさんが怒るのも無理ありません」


 クサモチは即座に謝罪した。その瞳には誠意と心からの謝意が見て取れた。


 今のところ、普段の会話ではふざけた野郎ってとこはあるが、いざという時には筋を通す男だ。だから嫌いじゃないし、こうして再び会っている。


「いえ、私は……怒っていませんから。ただ……今日は都合が悪いのです」


 セツカにも激情に駆られて声を荒げたことについての後悔な色が見て取てる。


「すみません。実は動画など二の次でした。正直に言って、あなたたち五人組は見ていて飽きませんでした。あ、いえ、言い方が悪かったですね。要するに、前回の動画撮影は純粋に楽しかったです。ただの部外者が何を言っているんだかって感じかもしれませんが、あなた方のような仲のいいゲーム仲間を見ると、色々羨望と感慨があるものです。ゲーマーはこうあるべきだとか」


 本音をぶちまけて、クサモチは少し残念そうな顔をしながら、俺にお辞儀をして、


「無理を言ってすみませんでした。また懲りずに、機会があれば遊んでくれるとありがたい」


 そんなことを言ってきた。


 言葉に詰まる。こうも俺らを買っていた他人は一人もいなかった。


 ワカメさんも親切でいい人でした。それでも、クサモチ程、こうも純粋に「一緒に遊んで欲しい」と直球でくる人ではなかった。


 そう言えば、こいつも友達欲しさにミーチュバーやってたって言ったよな。


 いい意味でも悪い意味でも、子供のような感性を残していながら、大人をやっている男だ。


「こちらこそすまんな。気にしないでくれ。まだ今度、それこそ当たり障りのないレベリングとか、あるいはもっとレベルを上げて、ラグナロクアリーナに挑戦する時に呼ばせてもらうとするよ」


 俺はポリポリと顔を引っ掻いてながら、気恥ずかしく言った。


 クサモチは少し目を見開いて、微笑みながら頷いた。


「セツカ殿」


 双方納得のするような形で話を終えて、クサモチが場を離れようとしたその時、菫はセツカに話しかけた。


「もしかして、妾のために断ったのか?もしそうなら、そこまで気にすることはないのじゃぞ」


「え……」


 セツカはキョトンとした顔を見せながら、クサモチと菫の顔を交互に見やる。


「確かに、『カクシクエスト』なるものにそれなりの価値はあろう。じゃが妾として、クサモチという男は誠実な印象がおる。妾たちの同意なしに、他人に情報を渡すようなことはすまい」


「そ、それはもちろん」


 急に菫にそんなことを言われ、クサモチは反射的に承諾する。


「妾のことよりも、こやつの力になってくれて、そして信頼を置ける人間は一人でも多くいた方がいいじゃろう。違うか?」


 首を傾げ、顎で仔猫を指す菫は本当にかっこよく見える。


 自分のことより、助けを必要とする仔猫が優先。イケメンかお前。


 そんな発言に酷く感動するクサモチは俺の肩を捕まえてウルウルしている双眸を見せる。気持ちは分からなくもないが、顔がうるさい。


「しょうがない……ですね……」


 セツカは何か憑き物が落ちたような表情で、クサモチに向かって控えめな笑みを見せる。


「私は……本当に怒っていませんでしたから。菫が言うなら……動画撮影なしに、ただ……友達として付いてくるなら……」


 精一杯の善意を見せるセツカにも感動させられる、何度も頷くクサモチ。


「本当に私がいて、気分を害していないのであれば、是非力になりたい。こう見えて、結構有能なタンクですよ」


 そういえばパワードクルセイダーだったな、こいつ。


「みんなも異論は?」


 俺がそう尋ねると、四人とも頭を横に振った。


「では、こやつの願いを叶うために出陣するとしよう」


 バサッと着物の裾を翻し、威風堂々に霊獣運輸サービスに向かって歩みだす菫。ふわっと菫の顔付近を旋回する仔猫の幽霊は心なしかご機嫌に見えた。


 俺はクサモチの肩を叩き返し、暴れん坊なBGMを出しているような歩き姿をする我らが侍の後ろに続いた。

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