第28話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.4
霊獣運輸を使い、俺たちは巨大な亀に乗り、ファラー城の隣の運河へと潜り、川底にある裂け目を通じて「獣神の里 ガリア」に一番近い地点である「オケファラス山脈」へと一飛び。
この近くに人気のレベリング地点である「琥珀の洞窟 キンカロック」という元鉱山がある。
七十レベル前後の様々なアンデッドモンスターが出没し、且つドロップする金貨が単純に多い琥珀の洞窟は有名な場所であり、俺たちのチームも世話になった場所だ。
それと比べ、反対方向にいる獣神の里は無名の地とは言わないが、限られた職にしか用がない場所であり、何より交通は不便極まりないので、人気は少ない。
オケファラス山脈の……駅?から出て、徒歩で三時間ぐらい歩き、俺たちはようやく獣神の里の姿が見えた。
三角屋根の小ぢんまりとした石小屋が並び、新緑、臙脂色、レンガ色と胡桃色。そんな目に優しい色合いで作られたほのぼのとした山村景色。
村に外壁どころか、柵のようなものもない。建築物の間に木々や田んぼが点在し、まさに人類と自然が共生する教義を体で表すようなところだ。
普段なら俺もこの景色を称賛しながら楽しんでいるところだが……
隠しクエスト故、時間制限があるかどうかすら分からないのだ。一路俺たちは急行し、肉体的にも精神的にも少し疲弊している。
流石に遠すぎる。
高レベル冒険者である我々が急ぎ足で三時間も掛かった。日本にいたら新幹線を使うような距離。それを徒歩しか選択肢がないというのは辛い。
「あ、お前さん!どこへ行くのじゃ?」
里が見えた途端、仔猫の霊は何かに怯えるように空の彼方へと急上昇し、村の上空を切って森の方へと姿を消した。
「これって案内役としての役割を果たしたから消えたってことですかね?」
「さぁ……」
クサモチの質問に答えられる人はいなかった。
「妾には何か事情があるように見えるのじゃが」
「……菫」
「何じゃ?」
「頭」
話題を無視し、菫に指差すセツカに言われ、俺たちは菫の頭に目線をやると、何と髪色は銀色に変化し、耳も生えてきた。
菫もようやくそれに気付いたようで、身を翻しチェックしたところ、やはり尻尾も出てきた。
いつもの妖狐に憑依している時のあれだ。
「憑依スキルを使った?」
「いや。ロザリアン殿も見ていたじゃろう。使っておらんぞ」
「だな。これは多分クエストの影響だ」
「タマっち殿は返事をくれぬ。やはり異常じゃ」
「タマっち殿って誰?」
「ああ、お前は知らんからな。菫と契約している獣霊って会話出来たりするものなんだ。で、妖狐の名前はタマっち。ちなみに俺たちが命名した訳じゃないぞ。多分システム的にランダムなんだが……」
「菫さんのキャラとは合いませんね……」
皆まで言うな。俺たちだって残念だ。
眉を顰めながら、菫は歩幅を広げ、里へと歩いていく。俺たちはその後に続いた。
入口付近まで来たら、年を取っている大きな狸が見えた。
いや、それしか形容の仕様がないのだ。
何だか人間的な白髪と髭を生やしながら、杖を手にしている人間サイズの狸。仙人のような、一本に繋がった濃い眉毛。
絶対クエストNPCだ。賭けてもいい。
「完、完全なる憑依じゃ!この方はもしや、選ばれし巫女様ではござらぬか?」
やはりと言うべきか、菫を一目見ると、こけそうにしながら駆け寄る狸に、俺は一応警戒したが、続く菫の言葉に臨戦態勢を解いた。
「も、もしや長老?!」
「いかにも。儂はこのガリアの里の長を務めるものじゃ」
いかん、のじゃじじいキャラだ。菫と会話したらややこしくなる。
「菫、こいつは?」
「ジョブチェンジした時の重要人物じゃった。温厚なご老人と記憶しておる」
菫は俺の目を深々と凝視した。
「人間の、な」
「やっぱりか」
つまりこの獣化というか、人間が獣に似た姿形になる現象はやはり普段からのものではなかった。
狐耳を生やしている菫に詰め寄る村の長老。
「選ばれし巫女である神使さま!どうかこの里の者を救っていただきたい!」
そう言い、長老はその狸のまんまるな腕を伸ばし、村の方を指した。
目を凝らし、指された方向を見ると、俺は息を呑んだ。
見渡す限り、菫と違って、人の形を保っていない者が多い。菫は尻尾と耳を生やし、髪色などが変化するが、ちゃんと人間の体裁は守っている。
だが里の者ともは、獣化がさらに深刻に進み、口唇が犬や狐などのイヌ科動物のように出っ張り、全身がモフモフになっている人や、下肢の関節が人間とは逆方向になっている人もいる。
さらに奥を見ると、上半身は人間のままだが、下半身が馬や鹿などの動物になっている人もいる。いわばケンタウロス的な奴だ。
「見てください!みんなあのような、半端者の無様の姿に!」
必死に訴えてくる長老。
里の者の姿を見た俺たちは、
「緊急会議!」
ラグビーの試合開始前、掛け声をする時のような円陣を組んだ。クサモチは入れないが興味津々に見ている。
信頼できる仲間たちの目を見て(菫は何故かキョトンとしているけど)、俺と同じ気持ちであることは強烈に伝わってくる。
「じゃせーので言うぞ」
「「「うん」」」
「え?」
「せーの」
「「「「正直あり」」」」
「え?」
一人何故かノリに付いていけてなかった菫がいるが、まあ自分の故郷と言っていい場所だ、見慣れていた分俺たちと若干受け取り方が違うのもおかしくはない。
「すっー」
俺は深く息を吸い込んだ。
「み○ね先生ありがとう!」
と、キャラデザインに関与していてもおかしくはない、とある神絵師の方の名前を叫んだ。
「それ危ない!人様の名前叫ばないで!」
ギルフィーナがツッコミを入れてくれた。理屈は分かるが叫ばずにはいられなかった。
このゲーム最高だぜ。
「ケモナーとは業が深い」
呆れるクサモチだが、チラチラとたわわな果実が実っている若いケンタウロスの娘を満更でもない表情で見ている。素直になればいいのに。
「これはもう過疎化を辿る一方の山里の人口復興を手伝うしかないですねえ」
「そういうクエストではないのじゃ!落ち着いておれ!みんな困っておる!助けてあげないと!」
「おだまり!こんな素敵な
俺が謎の口調で逆ギレすると、菫は困り果てた表情を見せた。
そうか。クエスト片付けないと、報酬も貰えないし、仔猫の件もうやむやになるもんね。
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