第26話 「人間の傲慢、美しく見せようぞ」.2
「まさかあんな約束をまた覚えていたなんてな」
「何を言いますか師匠。覚えているに決まっているじゃないですか」
「だから師匠はやめろと」
普段通りに貿易区の広場で軽食を買い食いしながら仲間たちを待っていたら、なんとクサモチから連絡がきた。
俺たちが出会えた教会区の噴水広場で顔を合わせたら、いきなりまた一緒に動画を撮りたいと申し込んできたクサモチ。
先日の動画は思いのほか反響がよかったらしく、是非業績を救ってくれとのことだった。
第一反応は当然ノーだ。当たり前だ、セツカに詰られたばかりじゃないか。昨日の今日で同じ間違いを繰り返す俺ではない。
だがクサモチは、その憎たらしい程に爽やかな笑顔で、「そういえば罰ゲームってルールを設けたのでしたね」と言い出した。
約束を背負う身として、前回のように「だが断る」を繰り出す訳にもいかず、俺は苦し紛れに「では勝ったアガタとギルフィーナはどうなる」と聞いたら、彼女たちも負け犬である俺らBチームに罰ゲームを要求する権利は当然あるとクサモチは答えた。
つまりそれは俺らの間の私事でありクサモチとは関係はないと。筋は通っているので反論はできない。
最後に、前に約束していたアイテムの数々を今度こそ渡すと条件を上乗せるクサモチに、一存では決められないから一緒に仲間たちを待とうと半ば俺が折れた形で話はついた。
「ロザリアンさんたち本当に仲いいですね。羨ましい限りです」
目の前のウズメの扇子から水が噴出しているという噴水の彫刻を見ながら、クサモチは突然そんなことを言った。
「言うほど仲がいいように見えるのか?」
「そりゃもう。実は自覚あるでしょうに」
「あはは。まあ、古馴染みだからな」
「そこなんですよね。どんな環境でどんな因果があって、あんなに都合よく美人四人とゲーム仲間となれたのか男として好奇心を禁じえません」
俺のお花畑のような脳内という環境で、ボッチと童貞を拗らせたという因果の元、あんなに都合よく美人四人とゲーム仲間となれたんだよ。
勿論素直にそんなことが言える訳もなく、俺は誤魔化すよう苦笑いを見せるしかなかった。
最近あいつらとつるんで行動することが当たり前のようになりつつも、俺は自分たちが隣から見ればどういう状態かは理解しているつもりだ。
数か月前の俺なら、こういう人間を見たら絶対爆発しろと念じたに違いない。
それでもハーレム自演は彼女たちを守るための手段として、みんなで決めた一応現在取れる最善策だ。やめるという選択肢はない。
「今日は何をするご予定ですか?」
「いや、別に……」
俺の答えに何故かひどく驚いた顔を見せるクサモチ。
「何も約束していないのに、当然のように合流しようとするロザリアンさんたちは仲がいいってレベルを軽く超越していると思いますが」
彼の言葉で気付かされた俺は、しばし沈黙し、思慮に耽った。
朝起きたら、仲間たちが待ってくれて。いつものところで合流し、楽しい一日が始まる。
何の疑いもなく、そのことが明日にも起きると信じて。
俺はいつの間にか感謝の気持ちを忘れていたのだろうか。
今となっては信じられる。あいつらも、俺とつるんで遊ぶこと自体は楽しいはずだ。
それでも、それがどれだけ得難いことで、今のこの環境ががどれだけ恵まれているのかを認識するべきだ。
数か月前、俺はそれをちゃんと心掛けていた。
二度とそれを忘れまい、あいつらが何か困っていたら絶対に助けよう。俺は胸の内に密かに誓った。
「お、お見えになりました。お宅の美少女軍団です」
頭を上げれば、意気揚々とみんなを率いる菫が見えた。
身長が高い菫は普段の着物と日本鎧を合わさったサムライ装束を着ている。今日も今日とてサイドテールと凛然たる表情をビシッと決めている。
こう見ると、菫は本当に男勝りな英姿をしている。まあ、実際男なんだが……
肩のあたりに、何故か仔猫の幽霊みたいなのが浮いている。新しいプット的なオブジェクトには見えないが、何かのクエストの影響だろうか。
そんなことを考えていると、アガタは真っ赤な顔をしながら、下を向いたままスタスタとこっちに歩いてきては、いきなり俺の胸倉を掴んで引き下ろした。
「き、昨日のアレは事故。私はただのロールプレイに囚われた被害者。絶対に他意はない。いいね?」
「アッハイ」
「本当だよ!みんなも言ってやって!」
「ホントウダヨー」
後ろからギルフィーナの棒読みが飛んできた。何なんだろうこの茶番。
アッハイと答えてあげたじゃねえか。それとも「欺瞞!」と叫んだ方がよかったのか。女心は分からねえ。こいつ男だけと。
「本当は突然肘ドンをかましてきたロザ君を折檻してやりたいところだけど、昨日のアレはお相子ってことにしてあげる」
「アリガトウゴザイマス」
「ふんっ!」
謎のツンデレを披露したアガタは首を振るい、髪を靡かせ、両手を腰に当て堂々とした体勢を取った。
そしてようやく隣にクサモチがいることに気付き、「ハッ」という表情で再び赤面した。
「今のはどういう斬新なイチャイチャ方法なのかお聞きしても?」
「イチャイチャしてない!ていうかクサモチちゃん何でいるの?!」
呆然としていたクサモチの質問にアガタは取り乱し、つい本音が出た。
クサモチがアガタ姉妹に今日の動画撮影協力への希望を説明している間、俺は菫に朝の挨拶を済ませた。
「隣に浮いているそのかわいいのは何?」
指で指したら、仔猫の幽霊は怯えて菫のうなじの後ろと髪の間に隠れた。つぶらな瞳には恐怖の色を示している。人間が余程苦手なのか。
「妾もそれを調べようとしているのじゃ。何やら『カクシクエスト』的なやつのようじゃとみんなが言う。『カクシクエスト』とは何かはよう知らんが、この子を助けたいのじゃ」
左手の人差し指、中指と親指で仔猫の頭をモフモフしながら、菫は返答をくれた。接触できるのかこの子と。
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