第18話 みんなの優しいお姉さんアガタちゃんは今日もしっかりみんなの面倒をみるよ!.6

「どうやら毎日割っている薪のようにオークの頭蓋骨を割ろうとしている心強い助っ人を見つけてきたらしいね、ワカメさん」


 ワカメさんは恥ずかしそうに薄く笑いながら、黒縁メガネを外し、少し泣き腫れている瞼を擦った。


 難民農村にくる前に、俺はワカメさんにクエストの解決に、俺たちは直接手を貸さないと伝えた。


「別にワカメさんを見殺しにするとか、スパルタ教育として一人でオークとのリベンジ戦を強要するとか、そんなんじゃないから」


 捨てられた子犬の目で俺を見るワカメさんに、俺は苦笑交じりに解釈する。


 確かに、バードは直接戦闘には向かない。


 攻撃力が皆無という訳ではないが、ジョブチェンジもまた済ましていない、たださっき買った武器によって仮スキルが登録されている初心者に、オーク三体は荷が重い。


 だが大前提として、このゲームの初期のクエストは全て一人でクリアできるように設計されている。


 第一、俺たちが出しゃばってオークを瞬殺するとしても、ワカメさんのためにはならない。


 ワカメさんが自分で解決しないと、トラウマは多分そのままだ。


 あくまでも俺たちはアドバイザーの立ち位置に徹底する。


 もしもワカメさんの頑張りむなしく、オークの毒牙にかかりそうな時は、俺たちが戦闘を引き受けて、ワカメさんを逃がす。


 そして敢えてオークを倒さずに、遠くへ移動しその追撃範囲を離れれば、ワカメさんはもう一度挑戦することが出来る。


 幸い、ここはゲームの世界だ。何度だってやり直せる。


 そこで、「これはゲームではなく、実際に起きている出来事だとしたら」、ワカメさんはどう解決するのか。


 そんなアドバイスを与えられ、ワカメさんは村のNPCの協力を仰ぎ、死んだ村娘さんの仇を取るという答えを出した。


 俺から見れば満点に近い答えだった。


 他にもファラー城の衛兵に通報するとか、綿密な作戦を立ててオークたちを罠に嵌めるとか、先人たちは様々な答えを出していたが、ワカメさんの案にはまさしくこれから上級職になるまでサポートとしてやっていくプレイヤーが持つべき心構えが窺えた。


 バードはサポート。だからどうした。


 自分で直接敵を倒せなくとも、仲間の力になり、冒険者としての本分を全うすることはできる。


 妻を失った哀れな青年の敵討ちを手助けするぐらい造作もない。


「お見苦しいところを見せてしまってすみません」


「そんなこと……ないですよ」


「妾たちだって初めの時はワンワン泣いたのじゃ」


「……えっ、本当なの?」


「いや、せいせいテンションが下がった程度じゃった。今のは言葉の綾じゃ」


「もうっ!菫さん!」


 菫にからかわれて、プンスカと頬膨らませたワカメさんは俺たちに笑われながらも、湿っぽい空気を仕舞って、ヤル気に満ちた表情を見せた。


「仮スキルのリストは確認したか?」


「あ、はい。『復讐の詩ニーベルンゲン』、『不滅の刃デュランダル』と『切り裂く八分音符エイトスノート』が書いているんだけど」


 色が継ぎ接ぎのおんぼろバイオリンを取り出し、ワカメさんはシステムメニューを見ながら答えた。


「あつらえ向きだな。それぞれ攻撃、防御を上げるバフと基本的な攻撃魔法の筈。試してごらん」


 ワカメさんはとりあえず頷いたが、すぐに首を傾げて俺を見た。


「その……試すってどうやって?」


「スキル名を唱え、何となくでいいから弾いてみて。対象は俺に設定しよう」


「あ、うん、分かった。えっと……『復讐の詩ニーベルンゲン』」


 弓を構え、スキルを唱えたワカメさんは稚拙ながらもバイオリンを弾く試みをした。


 すると、自然な指使いと共に、数節の音符が意気軒昂に奏でられ、俺の体に赤い光が灯った。


 ステータスを確認したところ、物理攻撃と攻撃速度が少し上がっている。


「わわ、で、出来た!あ、でもこれ……っ!」


「そう。音ゲー的な指示が弦に表れているだろう?それは楽器を握っているワカメさんにしか見えないものだ。それを上手くクリアしないと……」


 赤い光が霧散するのをワカメさんが視認出来たのを確認し、俺は両手を広げて、肩を竦めた。


「このようにバフはすぐに切れる。逆に、曲を完璧に演奏出来たら、バフの持続時間と数値は跳ね上がる。バードとはこういう職だ」


「す、すごい……音ゲー要素だ……」


「冒頭から気を張って、一回通していこう」


「はい!」


 その後、何回か躓いたが、ワカメさんは短い『復讐の詩ニーベルンゲン』をマスターし、勢いのいい熱い曲を披露した。


 俺にかかった赤い光は一回り増大し、閃光と共に旋回する透明の帯となり、やがて俺の両腕のどころで安定していた。


「これで一曲目はパーフェクト。バフ値はさっきの三倍だ。それより、楽器をいじった感想はどうだい?」


「本当に……本当に自分が演奏したような感触だった……」


 放心状態のワカメさんを見て、アガタがちょいちょいと手招きし、屈んだ彼女の額にハンカチを当て、興奮して出てしまった汗を拭った。


「よかったねー。楽しかったー?」


「はい、とっても!」


 ワカメさんは紅潮した顔を綻ばせ、春に咲くチューリップのような、慎ましやかでありながらも朗らかな笑顔を見せた。


「これこそがこのゲームの醍醐味だよね、マジで」


「おめでとう……ございます」


「これでオークなど軽く捻ってやれるぞ、ワカメ殿」


 俺の仲間たちの祝福を受けて、少し感極まっているワカメさんに、俺は親指を立てた。


「これで勝てる。俺が保証する。行ってこい」

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