第11話 実況プレイという拷問の新ジャンル.4

「よし……何にせよ……」


 地図でチームメイトの座標を確認し、


「勝ちにいくか」


 俺は息巻いていた。


「こちらロザリアン。川筋にテレポートされたのが俺だ」


「了解じゃ。森の入り口は妾じゃ」


「了解……です。森の中に……います」


「じゃ手筈通りに」


 サバイバル形式の戦いはそこまで経験がないが、今人気の対戦の仕方で、もう色々と定石が出来上がっている。PVP好きとして、うちのチームは当然研究している。


 今回のサバイバル対戦の内容はこうだ。


 ファラー城外近隣の森の入り口近くのフィールドをシステム的に隔離された空間として切り取り、切り取った空間を対戦のマップとし、対戦者を全員放り込む。


 マップ上にはチームメイトが青いポイントとして表示されるが、具体的な情報は一切出ない。敵は視界内に確認したら、赤ポイントとして表示、チームメイトにも情報は行く。


 勝敗の決し方は至ってシンプル。


 敵を全員薙ぎ倒して、最後まで一人でも生存いているチームの勝ち。


 ちなみに倒された者の体はその場で放置され、三分間チームメイトの視界を共有し戦場を見ることができる。


 三分間内ならヒーラーによる復活魔法は有効、三分経過後は体が消失し退場。


 で、だ。


 このルールで、チーム分けはチームBのこっちが有利な結果になっている。


 第一、クサモチは五分間動けないハンデを背負っている。さすがに攻撃されたら反撃していいという条件が加えられたが、五分内にこっちから仕掛けて、優勢をみすみす手放すことは当然しない。


 なら、五分間限定だが、二対三の戦いになるし、相手側はギルフィーナ姉妹。


 第二に、序盤で敵チーム最大の戦力であるギルフィーナは動きつらい。


 どこに敵が潜んでいるか分からないこの対戦方式で、ギルフィーナのステルス能力と索敵能力が厄介なのは当然だが、単純な移動速度なら俺と菫の方が早い。


 俺と菫の移動スキルは全部加速系か、目標がない時でも使える手軽なスキル。


 ギルフィーナも戦闘になると全職の中の瞬間移動系スキルで一番クールダウンが短い『シャドーダイヴ』というスキルを持っている。


 それは、敵味方関係なく、フィールド上のプレイヤーの影の位置にジャンプし、その後の一撃目は絶対にクリティカルヒットになるという、強力な後衛殺しのスキルになっている。


 この『シャドーダイヴ』スキルこそ、シャドーハンターが「魔法職絶対許さないマン」と言われる所以である。


 だが、この強力なスキルも、移動距離はおよそ菫の『縮地』の七割しかなく、目標がないと使えないという制限を負っている。


 総合的に見れば、足込みでむしろこっちの索敵の方が効率的にできるかもしれない。


 そしてギルフィーナは俺や菫に先手で戦闘を仕掛けるとして、前衛である俺たち二人は早々倒されることはないし、もう一方は加速系のスキルを使い加勢に行ける。


 二対一の戦闘になることを恐れ、最初からアガタを連れて一緒に行動すれば、それこそギルフィーナのステルススキルは意味を為さなくなり、自分の持ち味を放棄することになる。


 そしてアガタ。


 アガタの職、ファントムウィスパーはヒーラーというカテゴリー内でも生存能力が高く、攻撃能力を有している特殊な職とはいえ、ワンオンワンでこっちのメンバーを倒すことは、ダメージリソース的な意味で不可能に近い。


 一番紙防御のセツカに先手を取り、前鬼後鬼合わせて攻撃を仕掛けたとしても、瞬殺する火力がない以上、『テレポートシュート』一発で距離を取られ、そのまま『パラライズドシュート』、『フロストシュート』でカイトされる(凧揚げの字面通り、距離をとられながら一方的に攻撃される)ことになる。


 なので、序盤としてこちらが不利になる展開は一つしかない:セツカが逃げ場のない位置でギルフィーナに捕まれ、俺や菫が助けに行く前に倒される。


 当然、そんなことはさせない。


「妾じゃ。セツカ殿を目視できる位置に来たぞ」


「私は……作戦通りにいきます」


 作戦はこうだ。


 セツカと菫は森の周辺を一緒に探索し、俺は川筋を沿って、猛ダッシュで反対方向の平野方面に行く。


 戦略目標はとりあえず、アガタを取ること。


 相手も序盤は動かず、クサモチが戦闘に加入できるまでは逃げ回るか、精々小突くレベルの牽制しかしてこない筈だ。


 こちらの裏をかくために、あえて全力でセツカを取りに来る場合に備え、セツカと菫はお互いに向けて移動スキルを使用すれば大体届く距離でカバーし合う。


 合流せず一人索敵に行く俺は、クサモチの位置を特定できれば、アガタの姿があるのか確認する。


 アガタもいれば、三人まとめて固まっていると見ていい。


 どうしてかっというと、序盤の数的不利戦闘を回避する一心なら、三人とも合流するのが一番確実である。


 乱戦になると、あちらがセツカの遠距離攻撃スキルをうまくクサモチに誘導すると、攻撃を受けたクサモチは反撃に出られるようになり、数的不利は解消される。


 ギルフィーナだけ遊撃に出させることはしない筈だ。さっき言ったように、大確率で俺と菫に挟み撃ちにされる。


 そして、クサモチの周辺にアガタの姿が確認できないのであれば、今度は三人バラバラの状態だと思っていい。


 ギルフィーナだけステルス状態に入り、クサモチの付近で待ち伏せするというは基本的にありえない。


 そんなことして、違う場所でうろついているアガタが俺や菫に捕まっちまったら相手にとっては大惨事だ。


 パタンA、相手は三人とも固まっている状態なら、俺はセツカに座標を送り、『絶技アーク』でクサモチに当たらないように周辺を絨毯爆撃してもらう。


 パタンB、相手三人バラバラになって探索している状態なら、座標を記憶し、こっちのチーム三人ともクサモチの位置を中心に放射状に散開し、アガタを探す。


 五分内にアガタを取れるのであれば、こっちは圧倒的に有利になる。それこそ必死にセツカを守れば後は自然と勝てる。


 逆に五分内に誰か一人でも取れない場合、こっちはジリ貧になる。


 ヒーラーの有無はともかくとして、相手には99レベルのクサモチがいる。


 対戦系動画を上げている有名投稿者だ。言われずとも上手いに決まっている。しかもレベルはこっちより9レベルも上だ。


 クサモチの職はパワードクルセイダー。最高ランクの防御力を誇る複合職である。


 彼を倒す算段は一応つけているが、三対三に持ち込まれたら勝ち筋はかなり薄くなる。


「あーあー、テステス」


 疾走する俺が全精神を集中して敵の姿を探している最中、突然公衆チャンネルからギルフィーナのマイクテストらしい声が聞こえた。


「みんな公衆チャンネルに切り替えてねー」


 なるほど。いつも使っているフレンドチャンネルで会話したら、クサモチは会話に入れないので、こんな回りくどいことをしているのか。


 動画撮影だし、両方会話しないままただ殺し合うのも、俺たちを誘った意味がなくなるし、当然といえば当然だが。


 俺は嫌な予感がした。


「みんなのお姉さんである菫ちゃんへの日頃の感謝の気持ちも込めて、私とお姉ちゃんが今日一緒にお風呂に入って背中を流そうかなーって思う、今日この頃」


「うぇ?!」


 思わず上げたであろう菫の素っ頓狂な声。


 一瞬だがキャラすらも忘れた模様。


 そ、そうか!


 菫も中身は俺だ!


 色仕掛けが効かない訳がない!


「耳を傾けるな菫!悪魔の囁きだ!」


「悪魔だなんてひどい、小悪魔だよ♥」


 あとで思い出して死にたくなるのにそのキャラを貫き通すギルフィーナは真の漢だと思う。皮肉だけど。


「卑怯だぞお前ら!菫の純情を弄ぶな!」


 吠える俺に、クスクスと嘲笑いを送るダークエルフギャル。


「卑怯じゃないよね、お姉ちゃん?ただ感謝の気持ちを述べただけなのに」


「そだよー」


 く、悔しい!


 傍から見ればただの百合営業なのに内容のひどさは俺しか分からない!


 そしてどう足掻いても俺はその輪には入れねえ!


「ロザ君。精神攻撃は……基本。動揺したら……思う壺です」


 セツカの冷静な声に、俺はハッと我に返った。


 そうだとも、この対戦は罰ゲームが掛かっている。みんないつもよりやる気なのは当たり前のことだ。


「でも菫ちゃんはさあー」


 今度はアガタの声だ。


「恥ずかしがり屋さんだから自分から何もできないかもしれないけどー、私たちがロザ君にアプローチかけると、ひょいっと乗ってくるあたりズルイ女だと思うんだー」


「え?!」


「なので菫ちゃんこそ私たちの背中を流すべきだと、お姉さんは思うんだよー」


「んな?!」


 だめだ、菫はもう当分は使えない。


 菫は俺と一緒にいる時間が一番長かったし、メンバー一号だ。そして他のメンバーの誕生も一緒に見守ってきた。


 この四人の中で、最後に生まれたギルフィーナとは対照的に、菫とは何となく一番男友たちの感覚が強い。


 いつものフォーメーションHの時も、あまり恥ずかしい発言は控えている。キャラがキャラだからって言ったらそれまでだけど、いつも一番際どい役をやらされている末っ子姉妹からすればズルイのかもしれない。


 そのちょっとした意趣返しだろう。


 でもさ。アガタ、ギルフィーナ。


 君らこんなこと言ってて、それが爆弾付きのブーメランってことに気付いていないのか?


 他人もいるんだよ?


 自分にも後々絶対ダメージくるのに何でこうもノリノリなんだ。


「何の話なんだ?」


 二対一の口撃にやられっぱなしの菫を見かねて、俺はあえて鈍感難聴系を演じた。


 なに、すこし泥を被るだけさ。これも親友のためだ。


 シーンと静まる公衆チャンネル。


「つかぬことをお聞きしますが、ロザリアンさんからすれば、あなた方はどういったご関係で?」


「うん?仲のいいゲーム仲間や幼馴染だよ。全員長い付き合いだからさ」


 ふたたびシーンと静まる公衆チャンネル。


「なるほど。なんとなくあなた方の関係性が分かってきたような気がします」


 とても冷めたクサモチの声に、この世の理不尽さを感じる。


 待って。


 俺なんも嘘言ってないよね?


 むしろギルフィーナたちがやってる大袈裟な演技の方が全然事実とかけ離れていて、俺はただ真相を語っているだけなんだよね?


「分かりますかクサモチさん。私たちの苦労が」


「分かります」


「分かってくれますよねー、クサモチちゃん。お姉さんたちは大変なのです」


「分かります」


 ここぞとばかりに俺を口撃する姉妹に、俺は反撃に出ることにした。


「何でだよ。一緒に住んでるとこの家賃とか俺が払ってるだろ。君たちの身の回りの世話も俺がやってるだろ。苦労なのも大変なのも、俺じゃないのか」


「ほう」


 すかさず俺が提供したネタに食いつくクサモチ。


 いやらしい言い方ってのは自覚している。


 あいつらが稼いた金は使えない。そういうコンセンサスだ。


 だが基本的に、あいつらの生活環境を整えているのは俺だ。あいつらの本体である開発ツールが搭載されているマシーンも当然俺が点検している。


 なので俺の言葉は一部とはいえ真実も入ってる。


「ちょっと?!私たちをとんでもない悪女みたいに言うのやめて!事実は全然違うでしょ?!」


 焦るギルフィーナ。ふふ、ざまあ見やがれ。


「ではどういった経緯でご同居を?」


「私が今晩泊めてっていったら、お姉ちゃんは抜け駆けは許さないとか言って乱入して、気が付けば五人で同居してました。そしてその男は毎日仲間とゲームが出来て幸せとか言っている」


「ほう」


 またしても態度を変えるクサモチ。


 ……なるほど。


 実に上手い切り替えしだ。


 俺と同様一部真実を織り交ざって発言していて、そして話を俺が鈍感難聴系主人公ってところに戻してる。


「大丈夫……ロザ君は……よく頑張ってくれてますよ」


 何を思ったか、俺へのフォローに入るセツカ。


 ちょっとホロリと来たところに、


「あ!一人こっそりロザ君にいい顔して!そっちがそういうことするならお姉さんだって考えがあるんだからね!」


「え、え?」


 珍しく慌てふためくセツカを尻目に、アガタの容赦ない暴露話が聞こえてくる。


「前日私が掃除してたらね、この子はね、ベッドの下に――」


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


 気付けばセツカの『絶技アーク』は俺の頭上に降ってきた。


 ◎


「ロザ君」


「はい」


「何で……動画……見返すんですか」


「そうだな……何でだろう」


「バカ……なの?」


「もうその誹りは甘んじて受けよう」


 今は、キャビンでみんなが疲れてちょっと寝ている夕暮れ時。


 俺はセツカと二人で自分たちの動画を見ている。


 客観的に見て、これはひどい。完全に痴話喧嘩と夫婦漫才だ。


 だからこそ事情を知っている俺たちは羞恥で死にそうになる。


 自分に対して何を言っているんだ俺は……


 あの実況プレイはもう二日前のことだった。


 動画のコメント欄で、一番多く高評価が押されている数個のコメントの内に、「対戦動画と言い張るハーレム茶番」ってのがある。


 そう言われるのも無理はないと思う。


 その後、動揺しまくった俺たちBチームはどうにかしてハーレムラブコメの体裁を保ちながらAチームと言い合いを続けた。


 クサモチの「はい、じゃ五分経過しましたので僕は動きますね」という一言で我に返るが、時すでに遅し。


 メイン火力のセツカの『絶技アーク』すら無駄に使った俺たちBチームはボコボコにされて終わった。


 俺が真剣に考えた作戦はなんだったのか。


「そういやさ、セツカ」


「うん?」


「クサモチってさ。俺たち身内以外で、はじめてフレンド登録できた人だよな」


「……ふふ。そう……ですね」


 優しく返事してくれたセツカの横顔を覗き見ると、ちょっとだけ嬉しいそうにはにかみながら微笑みを浮かべていた。


 それがどことなく儚げで、ちょっとだけドキリとする。


「あとさ、セツカ」


「なに?」


「アガタが言ってたベッドの下の……痛い痛い」


 セツカはジト目をしながら俺をボカボカ叩いた。


 魔法職だからか、実際はそんなに痛くはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る