第10話 実況プレイという拷問の新ジャンル.3

「ええええええええ」


 ショックを受けるクサモチを尻目に、移動を開始する俺たち。


「ちょちょちょ待って待ってくださいお願いします」


 正直、ギャラが出るし、相手も動画撮影の過程で礼儀を尽くす誠意は見せている。


 俺のコミュ障は訳あって女の人に殊更ひどいんだが、男と話す分は相手に悪意がないと確信さえできればそれなりにできる。


 なので、金額と動画のテーマ次第でまんざら興味がない訳ではない。


「ごめんなさい。理由があって、公衆の面前に出たくありませんので」


 だが、今の俺たちは公衆の前に出るのは避けたい。


 確かに、城外広場で毎日のようにPVPの練習をして、声かけられる度にフォーメーションHで逃げている俺たちは悪目立ちし始めていると聞き及んでいる。


 だが、ファラー城周辺では、デュエルルールでリスクなくPVPの練習ができる場所はあそこしかないし、噂にされているのは一部のPVP好きプレイヤーだけだと思う。デュエルルールで遊ぶか観戦するかしないと、正直そこでたむろする意味はない。


 だが、百万再生を叩き出している投稿者の動画に出るのは別の話だ。


 不特定多数に曝け出されたら、変なのに絡まれる確率は激増する。


「IDは当然出しませんし、変装とか手助けも是非させて頂きます。このゲームのプレイヤーは数億人いるって話です。そうそう身バレはしません」


 それでも、リスクは存在する。


「変装に使う装備も、そのまま差し上げよう!サルカス医師のマスクとか!」


 おっと。


 サルカス医師のマスクとは、赤銅色のペスト医師のマスクのような見た目をしているレア装備だ。


 結構ホラーなクエストで、殺人鬼のサルカス医師との超絶怖い鬼ごっこを最後までやり遂げる者のみ手に入れるアイテムで、付けると恐慌状態と毒状態に三分間完全無効にできるスキル「ブラックデスサバイバー」が使えるようになる。


 使い方次第で、いろんなクエストで役に立つ有能アイテムだ。


 ……あと見た目がかっこいい。中二心をくすぐられる。


「そうだ!先日天狐の緋袴も偶然手に入れました!」


 ピクリと菫の耳が動いた。


 おい。


 99レベルまで使える有能防具で、見た目がかわいいからって騙されるな。お前らの安全が掛かっているぞ。


「あ……この際、本当の話をします」


 硬い意志を見せた俺たちを目にし、意を決したようにクサモチは話す。


「動画投稿者和菓子の人っていうのは会社が作り上げたイメージです」


「会社?」


 思わず俺は歩みを止めた。


「はい。この会社聞いたことあります?」


 出された名刺に、見覚えがあるロゴが描かれていた。


 ゲーム攻略サイトとかを経営して、ゲームデバイスの販売や広告で生計を立てている会社で、俺も数回か攻略サイトを見たことはある。


「実家がボンボンとかも嘘です。会社の資金から出させて貰ってます。ただの貧乏社畜です」


「いや、だからそれ、俺たちとは関係ないですし」


「最近……動画の再生数が本当に芳しくなくって……馬車馬のように働いていますけど、上司に怒られっぱなしで」


 苦笑しながら、肩をすくめるクサモチは、


「なんか……髪……めっちゃ落ちてまして。僕、二十三なんですけど」


 と、切ない眼差しで語った。


 それは男として末恐ろしいことではある。


 同情はする。けど……


「ごめんなさい。俺にとってこいつらのことが最優先ですから」


 俺の言葉に、すこし沈黙するクサモチ。


「ごめんなさい、迷惑な話をして。そうですね。僕も、最初は友達が欲しくて実況を始めた身ですし。身内を守るのが最優先ですね」


 なんだか吹っ切れた顔を見せるクサモチだが、話の内容が若干気になる。


「友達が欲しくてってのはどういうことですか?」


「えっと。こう見えて、気心が知れたゲーム友達、一人もいなくって」


「有名実況者なのに?」


「有名実況者だからかもしれませんね。寄ってくる人、僕という人間にはさして興味がないように思える方がほとんどですね。あるいは僕がお金持ちと勘違いしている方とか」


 ああ……それは辛そう。


「お時間を取らせてすみませんでした。でも、さっき歌った時乗ってくれて本当にありがとうございました。お陰様で楽しかったですしちょっと気が楽になりました」


 何となく、俺はこいつから、


「実は数回か城外デュエル、拝見したことがありまして。なかなか見事なプレイスキルでしたし、組み合わせも本当に面白かったです。もし機会があれば、ラグナロクアリーナで是非対戦しましょう」


 菫たちがまた存在していない時の、友達が欲しくてたまらなかった自分が見えた。


 周りを見ると、「しょうがないなー」みたいな顔で俺を見ている仲間たちがいる。


「……あのさ」


 哀愁漂う男の後ろ姿に、


「俺たちが動画に出たら、君の頭頂部は救われるのか」


 俺は言葉を投げかけた。


 ◎


「皆々様ご機嫌よう、和菓子の人です。今日の企画はなんと!例の今話題の方々を、ゲストとして参加させて頂くことになりました……」


 緊張しすぎて、耳元で響いているクサモチの声がどこ吹く風と聞き流してしまう。


 多分その直後に俺は他の四人と一緒に自己紹介したんだが記憶にない。


 目の前には浮いているシステムカメラしかいないが、どうしても不特定多数に向けて発言している感じが抜けないので、テンパってしまう。


 設定上、外面が一番奥手そうなセツカが率先して「話をするのは苦手」と切り出してくれたので、座ってなんか会話をしているだけの動画にはならなかったが。


 クサモチ曰く、リスナーからのハーレム野郎である俺や美少女軍団に対する関心は高いらしいので、色々イジリやツッコミを入れないと動画として成り立たないが、そこら辺は大丈夫でしょうかと聞いてきた。


 動画アップ前は内容をチェックさせてくれる話になっていたので、せっかくだからとことんお人よしになる覚悟で全オッケーにした。


 十分後に死ぬほど後悔する事態になることなど、その時の俺は知る由もなかった。


 相談の後、動画のテーマはチーム分けPVPにすると決めた。単純なデュエル形式だとすぐに終わるので、話をする時間をとるためサバイバル形式に決定。


 そしてさっき釣り餌として出した装備二点だが、クサモチの私財であり、会社が準備した物ではないらしいので、ギャラも受け取る予定の身としてそこまでしなくともいいと断った。


 だがクサモチは感謝の気持ちとして受け取ってくれないかと俺に説得を試み、最終的には勝者の戦利品という位置に落ち着いた。


 俺が何のリスクも負っていないと勝負に緊張感が出せないので、俺が負けた場合は罰ゲームをしようと自分から言い出して、クサモチもそれを了承し、罰ゲームの内容は勝った方が決めていいと両方の合意を得た。


 最後のルールとしてレベルが高いクサモチはハンデとして、開始後五分は動かないという制限を設け、ランダムにチームを分けた。


 クサモチ、ギルフィーナ、アガタがチームAで、俺、菫、セツカがチームBとなり、開始のゴングと同時に、対戦地図上のランダム座標にテレポートされた。

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