第9話 実況プレイという拷問の新ジャンル.2

「あはは、ありがとうございます。僕の場合は趣味だから練習も苦になりませんし、稽古さえ積めば誰だってある程度歌えますから」


 ほうほうっと適当に相槌を打ちながら、


「フォーメーションH!」


 俺はすぐさまチームチャンネルで秘匿メッセージを発信した。


「フォーメーションH……って……何ですか?」


「ロザリアン殿。意味不明な言葉を発して現実逃避するのは何の解決にもならぬ。ちゃんと他人と向き合うがよいぞ」


「何でH?エッチってこと?ロザ君頭大丈夫?」


「ロザ君、ちゃんとした日本語を使わないと、お姉さんたちには伝わらないよ?」


 こ―い―つ―ら―!


「いつものハーレム自演フォーメーションHで追っ払ってくださいお願いします死んでしまいます」


 秘匿メッセージでのイジリの数々を耐えながら俺は腰を低くして今日も生きている。


「しょうがない…ですね」


「しょうがねえやつだなMJD」


「仕方がないリーダーじゃ」


「もう、ロザ君ってば甘えん坊さんだねー」


 振り返らなくともこいつらのニヤニヤ顔が目に浮かぶ。後で覚えていろよ!


「もう用事がないなら、このアホとこの後デートではぐれジェリースライムパフェを奢ってくれる予定あるから失礼しまーす」


 俺の左腕に絡んで来て、さり気なく見返りを要求するギルフィーナ。


 はぐれジェリースライムパフェって経験値も入るからめっちゃ高い奴じゃん!


 あとおっぱい当たってるから!


 こいつのは柔らかいだけの雄っぱい。そう、雄っぱいだ。


 自分を催眠しつつ冷静を保っていると、


「ああっ!フィーナちゃんまたお姉さんを出し抜こうとしてる!そういうの許さないからね!」


「私……も……ついて行って……いいですか?」


 頬を膨らませながら俺の右腕を掴んで上下に揺らすアガタと、弱弱しく上着の裾を握るセツカも参戦。


 ビジュアル的にすごくウラヤマけしからん状態である。


 全員俺だけどな。


 正直に言って美少女ポイント35億点です。ごちそうさまでした。


 全員俺だけどな。


 我ながらいい演技力だ。


 これ流石にホモ疑惑なのでは?


「三人とも落ち着きたまえ。ロザリアン殿が誰かを仲間はずれにする筈がなかろう」


 しっかりと話しに乗ってくる菫。恥ずかしい芝居をしないのに同じく見返りを要求している一番ズルイ奴。


「まあ……いいけど」


「「やったー!」」


 ギルフィーナ姉妹が騒ぐ中。


 ……でかこれ、全員に奢る流れでは?


 こいつらが稼いて来ているゲーム貨幣を使うと、それこそチートしてるので良心的にできない。故に、世のロリとショタが健やかに成長できるよう祈りを込めて、全部孤児院に寄付してる。


 ゲームデバイスを追加で4人分買った出費と、こいつらの住処としてファラー城郊外に買ったゲーム内キャビンで俺の貯金は吹き飛んだし、今俺が稼いているゲーム貨幣は自分含めて五人を養ってる状態なので、現実の俺の食費とかいろいろギリギリなんだけど。


 一つ食べたら数時間のレベリングの効果と同様な経験値が入るという、あの悪名高きはぐれジェリースライムパフェを四つ買ったら俺、何週間ぐらいモヤシライフを送らなければいけないのでは?


「あ……ああ!」


 目を見開いて、現実に存在しているとは思えないような最悪のハーレム野郎を目撃したショックで思考停止したと思われたクサモチさんだが、何を思い立ったのか、声を上げながらポンっと手を打った。


「あなたはもしや今ちょっと有名になっている、PVPの腕が立つ美少女軍団を率いるヒモの王ですか?」


「ヒモじゃないやい!ってか俺がこの非生産的な奴らを養ってるよ!お陰様でもう一週間肉食ってないよ!」


 思わずツッコミを入れたが、まずい。会話が続いてしまった。しかも余計な情報を与えてしまった。


 そしてこの男、なかなかにやるおるマンだ。俺だったらドン引きして速攻逃げるのに。コミュ力の化身かな?


「なんと……それは失敬。卿は男の鑑ですね。師匠と呼んでいいですか?」


「絶対にやめてくれ」


 卿って何。しかも初めて会った相手に随分な言いようなんだがこの野郎。


 気付けば、俺は何故か薄く笑っていた。


 どうやら俺はこいつのこと、そんなに嫌いじゃないらしい。


 どうしてなんだろう。めっちゃ馴れ馴れしい失礼な奴なのに。


 コミュ障の俺にとって天敵みたいな奴なのに。


「折り入って頼みがあります師匠」


 聞いてねえし。


「実況出演してくれませんか?僕、こういう者でして」


 おもむろに魔水晶鏡を出すクサモチさん。いや、こいつはもうクサモチでいいや。


 ちなみに魔水晶鏡はこの世界におけるスマホである。ちゃんとネットに繋げられる。


 見せられたのは世界的に有名な動画サイト。


 そこには、生き生きとして何かを喋っているクサモチの姿が、動画として流れている。


 動画再生数……ヤバ?!


 百万ってなに?!


「あ……道理で見覚えが」


 アガタの声に我に返る俺。


 そうだ。


 俺はこいつに印象がある。


 前にネタ動画を適当に観てる時に、こいつの動画を見た覚えがある。


「ミーチュバーの和菓子の人?」


「あ、もしかして僕の動画見たことあります?ありがとうございます」


 和菓子の人って言えば、E-スポーツ実況やらしょうもないネタ動画を上げている有名な「クロノスリベレーター」プレイヤーだ。


 喋り方が爽やかでありながら毒がある人で、視聴者を選ぶかもしれないけど俺は嫌いじゃない。


 各マイナー職のスキルを掛け合わさって、珍妙なコンボを作りPVP場でそれを試す動画を一連上げている。


 確か、大金を注ぎ込んている重課金プレイヤーで、複数の合法アカを持っている廃人中の廃人。実家はボンボンとか言ってた気がする。


「僕を知ってくれている方なら話が早い。もうずっと前から、噂になっている君たちのことが知りたかったんです!動画に出演してもらえませんか?プライベートを絶対に侵害しないし、動画で出していい部分とNGな部分があれば、絶対に遵守します。何なら目の前で動画の編集とアップしますから。もちろん、ギャラもちゃんと出しますから!」


 キラキラした目で、満ち溢れる善意を向けるクサモチ。


 俺は、にこやかに、彼の肩を叩いた。


「「「「だが断る」」」」


 そう、仲間たちとハモりながら、当たり前の回答を送ってやった。

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