第6話 絶望の歌姫.1
「おっ、聞こえてきたね」
ギルフィーナのテンション高めの呟きを聞きながら、俺たちは目的地の丘を眺め、霧のように優しく流れてくる朝日の光が顔を温めるのを感じた。
ギルフィーナはダークエルフ特有のアサシンとハンターを複合した高級職、シャドーハンターだ。ハンターの特性である、五感による索敵範囲上昇はしっかりと残している。
よく見たら、何故か俺たち以外のプレイヤーは見当たらない。
近づくにつれ、俺を含め、残りのメンバーも段々と断片的な歌声を拾えるようになった。
高レベルプレイヤーの間に有名な観光名所である、「歌姫の丘」。
そこには一人、悲しい歌を毎朝一時間に渡り、朝日の光とともに国境線に向けて、祈りのように捧げるNPCが跪いている。
ボロボロのドレスを身にまとい、金色なロングパーマは朝日の光を反射し輝いている。何かを握りながら、目を閉じ一心不乱に歌を歌う彼女は、聖女のような清く美しいオーラを放っていた。
「帰らぬ騎士を待つ歌姫 ライネ」。
名前欄にそう書いてある。
元、ファラー公国、つまり俺がキャラ作りの時に選らんだ、主神が一番無難そうな国の最上位貴族の娘で、国民的アイドルのような立ち位置だったそうだ。
士気向上のため、軍の装置のように働かせられ、あっちこっちに軍の中でライブを開いていたという。ここら辺の情報は第一章のメインストーリークエストで把握済み。それ以外の情報は、徹底的なネタバレ防止に注意しながらやってきたので、一切分からない。
俺たちの主神は「凱旋の歌の神 ウズメ」って名前で、もしかしなくでも日本神話が元ネタだろう。
先日ようやく九十レベルに上がった俺たちは、強制的にCG動画のような演出を見せられて、その演出の中で女の人の声が思わせぶりな恥ずかしいポエムを詠んでいたので、ざっくり解読したところ、この歌姫のライネが第二章メインストーリークエストの開始地点らしいことが分かった。
「何度聞いても良い歌じゃ」
「綺麗な……声」
「うんうん。ちょっと悲しいけど」
「うーん。何とか騎士のためにウズメに捧げる歌じゃね?」
チームの四人の会話を聞き流しながら、こいつら本当に役に慣れたなと感嘆せざるを得なかった。
「今日からお前はクソハーレム野郎だ」というアガタの一声から始まった自演生活。
区別がつくように、それぞれが自由にキャラを作って、喋り方とかもこだわってみた。
うっかりポロを出さないよう、人前だけでなく、こういったプライベートもキャラの個性と言動は守る。
菫は見た目通りの謎の「妾じゃ」キャラ。戦闘狂だが、戦闘以外は割と良識人、とのことらしい。くっころとか言いそう(本人より)。
セツカはおっとりとした無口な大和撫子。むっつりスケベだそうな。一番メインヒロイン臭がするおいしいポジション。いやこの際逆においしくないか……
アガタはあざとい合法ロリキャラ。バブみも出せるよう頑張っている。ギルフィーナの実姉の設定もそこから来た。
最後には外見通りのギャルキャラに挑戦するギルフィーナ。逆に攻められると弱い、外見だけエロいお色気担当のテンプレである。ギャル語は点で分からないので時々ちょっと使う程度。
……うん、分かってる。
自演にここまで凝った設定を作って、そしてそれを一日中やる。
それが頭の温かいヤバイ奴ってことぐらい分かってる。
でもロールプレイ楽しいじゃん……正直俺も可哀そうって思いながらちょっとウラヤマ……コホン。
そういう訳で。この数か月は無事に過ごしてきた。正直最近こいつらの演技力を見ると、多分これからもバレないという自信はどんどんついてきた。
レベルカンストまであと九レベル。ここからの経験値必要量は跳ね上がり、そしてストーリーを進まないと上限がロックされる。
早くレベルをカンストして、PVPの殿堂であるラグナロクアリーナに行きたい気持ちもあるが、ゆっくり物語を楽しみたい気持ちもある。ジレンマだ。
「あ……展開くるわこれ」
ギルフィーナの声に現実に引き戻された俺は歌姫の方を見ると、名前欄が変化していた。
「絶望の歌姫 ライネ」って書いてある。今まで観光しに来た時なかった展開だ。多分俺らのレベル依存で発生するイベントだ。
「千回……ここで歌を捧げたわ。一度も返答がなかった」
ライネはそう言い、黒く濁る瞳を俺に向けた。
「強き力を持つ冒険者の方。教えてください」
お、悪堕ちかな?好物です。
「神は……いないのですか?」
「いるよ。先日恥ずかしいポエムでクエスト開始時点を教えてくれたあの方多分神だから」
俺がそんな適当なことを言っていると、ライネは強く唇を噛み、赤い雫がその口角から流れ、やがて壊れかけのドレスの襟を黒く汚した。
「……嘘よ。神などいないわ。でないと、なぜあの方は帰ってこられなかったのですか……!」
「敬虔なる国教徒であり続け、身を粉にして国に奉仕しながら……愛する人の最後を看取ることさえ許されなかった私は……!」
「神など……ファラー公国など……私が呪おう」
ドレスに付いた黒い染みはやがって広がり、
「千の祈りが千の呪詛に変わるまで、私の絶望の
ライネの装束全体を黒く染め上げ、いかにもな悪魔チックでセクシーなドレスに変化した。
碧く湛えていた瞳は赤く燃え上がり、金色の髪は光を吸われたように色褪せていき、銀色になった。このゲームの魔族のスタンダード色である。
同時に、「絶望の歌姫 ライネ」の頭上からライフポイントのバーが出現し、レベルも九十二と出た。
なるほど、いきなりイベント戦か。
「ロザ君が変なこと言うからあの子激おこじゃん。ウケる」
「俺のせいにしないでくれ」
「でもこの変身演出はエモい」
「それはワカル」
「二人とも集中して―ボス戦だよ―」
「「はーい」」
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