第7話 絶望の歌姫.2

 ヒーラーのアガタの号令により陣形についた俺たちを睨みながらも、ライネからは攻撃してくる気配はなかった。


 経験上、ライフポイントバーまで出た相手はもう話し合いに応じてくれない。戦闘あるのみ。この場合は突然だから、先手をプレイヤーに委ねるという運営の親切設計だろう。


 俺は先頭に立ち、すぐ後ろには菫がついてくる。ギルフィーナはステルス化した後ボスの後ろに待機。菫の背後にアガタ、最後尾はセツカ。情報のない敵に対するいつもの陣形だ。


 俺の職はブラッドフィスト。中二全開の、ファイターとバーサーカーの複合上級職。


 いやらしいスーパーアーマーの多さと、ライフポイントが減らされる程全ステータスが上昇し、二十パーセントを下回るとスキルも強化される上、詠唱中断技も最高頻度で出せることで有名な、PVPにおいて全プレイヤーのヘイトをもっとも買っている、「アリーナで見たくない職ランキング」堂々の第三位。


 欠点はライフポイントがまた多い時は前衛職の中では出せるダメージは一番低く、スーパーアーマーがついてない時は防御力が低い。武器は籠手なので、攻撃範囲も当然一番狭い。


 この二つの欠点はファイター特有の「受け流し」と軽やかなフットワークで補えるとして、プレイスキルが必要なので、強いのに選択する人が少ない典型的なピーキーな強キャラ。


 対戦大好き勢としてキャラの強さは当然重要だが、最重要ではない。


 この職にはロマンがある。


 性質上、対戦を絶望的に不利な状況から逆転しやすい。


 数パーセントのライフポイントしか残ってない状態で、大幅に強化されたステータスとスキルで、すべての攻撃を避けるか受け流ししながら複数人の敵を屠ることはこの上ない快感である。


 ともあれ、情報のないボスと相対する時、回避と受け流しで様子見出来、そして例えライフポイントが大幅に減らされても一概にデメリットではない俺を先頭に置くのが俺たちのチームの定石になっていた。


「『明鏡止水クリアマインド』」


 精神系攻撃のダメージと異常状態時間を大幅にカットする、ファイターのスキルだ。


 俺がそう唱え、他の四人に目をやる。


 すると前鬼と後鬼の召喚を終えたアガタは頷き、親指を立て、ゴーサインを出してくれた。


 ふうっと息を吐きだし、半身の構えを取り、左肘をライネに向けた。


「『流星鉄エルボーダッシュ』」


 俺の突進技である肘鉄を容赦なくライネのお顔に向けて発動し、戦いの火蓋を切った。


「『金鯉符きんりふ』」


 ぷくっという水音のSEとともに、俺の周りに金色で半透明な鯉が一匹出現した。魔法攻撃を吸収するシールドを生成する、アガタのスキルだ。


流星鉄エルボーダッシュ』は問題なく命中……したように思えた直前、オレンジ色のバリアに止められた。


「万能シールド付き」


 俺はすぐにそう報告した。


「「「「了解」」」」


 今見たバリアは、あらゆるダメージを吸収するシールドだ。


 赤色のバリアなら物理障壁、青色のバリアなら魔法障壁。


 名の通りそれぞれ物理ダメージと魔法ダメージを吸収する。


 ダメージをは大きく分けて三種類。物理、魔法、真実。


 前の二種類は言わずもがな。それぞれ目標の物理防御力と魔法抵抗力と計算した後、ライフポイントに反応する。


 真実ダメージは、相手の物理防御力と魔法抵抗力の数値に関係なく、スキル説明に書いてある数値をそのまま目標のライフポイントに反応するダメージだ。つまりすごく硬いボスだろうと、息を吹きかけば死ぬようなひよこだろうと同じ数値のダメージを出すわけだ。当たり前のことだが、目標が硬い程真実ダメージは強い。


 このオレンジ色のバリアは、真実ダメージをも吸収する。真実ダメージは性質上、PVPなどでタンク職の生存空間を圧迫しないよう、数値が大きく設定されることはない。


 とどのつまり、オレンジ色のこの万能シールドを見たら、真実ダメージを出すスキルを使うと損する。


 理屈は簡単だが、そういうことを一々覚えないと、効率よくダメージを出すことはできない。


 ちなみに、真実ダメージは多くの場合、PVPの時相手のタンク職への最適解となる。


 なので、万能シールドはプレイヤーが使えると極めて強力なものになる。基本ボスしか使うことができないように設定されている。


 ごく少数の職は、『絶技アーク』で万能シールドが出せるって程度だ。


「憑依。『妖狐』」


「『サンダーグレネード』」


「『ワイヤースラッシュ』」


 俺の流星鉄エルボーダッシュに続き、数発のスキルが命中した後、ライネはようやく初の詠唱を終えた。


 だが彼女はスキル名などを唱えることもせず、ただ悲鳴のようなシャウトを俺にぶつけてきた。


 音波攻撃か。俺じゃ防ぎようがないので、攻撃で押し切るしかない。


 ライネをまた観察するところ、次も同じスキルを使ってくるようだ。


 一回で持ってかれるライフポイントは三分の一。ブラッドフィストの俺に当ててそのダメージなら全然大したことない。


 あえてもう一発食らって、ライフポイントを四割ぐらいに調整した直後、


「菫。スイッチ」


「あいわかった、お任せあれ。憑依、『犬神』」


 菫は俺と位置を入れ替わり、仮タンクの役割を果たすよう、相手に与えるダメージの何割かを自分のライフポイントに回復させる吸血能力のある犬神を憑依した。


 菫がしっかりとタゲを取ったことを確認し、俺は『絶技アーク』の口上を切った。


「『脆弱なる人の身から流れ出す激流を見よ』」


「「あっ」」


 俺の意図に気づいたギルフィーナとセツカは攻撃をやめ、見やすい位置に来た。

 みんな同じ記憶を共有しているので、この技大好きなのは当たり前のことだ。


「『斑鎚まだらつち』ッ!」


 この『絶技アーク』は極めて単純である。高速な拳のラッシュ、俗に言う百裂拳ってやつだ。


 使う本人は高速で通常攻撃を往復して使うような感覚だが、傍から見れば派手なエフェクトが付いている。


 攻撃が終わるまではずっとスーパーアーマーが付いているという強烈な特徴を持ちながら、ヒットする回数につれ与えるダメージは幾何級数的に増加し続け、全『絶技アーク』の中でもかなり上位の攻撃力を誇るブラッドフィストの切り札のひとつ。


 デメリットとして、いったん始めたら、マジックポイントが尽きるか目標が沈黙するまで打ち続けるし、移動もゆっくり前進以外できない。PVPではまず役に立たない技だ。


斑鎚まだらつち』を受けて一瞬俺の方を見るライネだったが、すぐさま菫が挑発して向きを変えさせた。


 すると五発打ち込んですぐ、ガラスが割れた効果音とともに万能シールドが四散し、ライネが後ずさり、膝をつく。同時に、『斑鎚まだらつち』のスキルが止まった。


 俺のマジックポイントはまた七割ある。スキルが途中で止まったということは、つまり、イベント戦は多分終了だ。


「てめーは俺を怒らせた」


 テンションが高いギルフィーナはスキルを使った張本人でもないのにノリノリで地面に伏しているライネに名セリフを言った。


「気持ちは分からなくもないが、この子めっちゃ可哀そうな悲劇のヒロインだからその辺で許してやれよ」


 俺があきれながら、気絶しているライネの頬っぺたをつつくために、わざわざしゃがんでいるギルフィーナにそんなことを言った直後、異変が起きた。


 視界にいるすべてが静止し、早朝のはずの世界は紺青に暗転した。


「いつの時代も、飛びぬけた暴力を手にする人類は現れる」


 脳に直接響くように穿ってくる、かすれた渋い男の声。


「うわっ!びっくりした!」


「「「「ギルフィーナ!」」」」


 ギルフィーナの目の前に、上半身裸の大男が突然と現れた。強靭な筋肉の上に、魔術紋章がびっしりと描かれており、顔も左半分はその紋章で埋め尽くされている。


 銀髪の上に、最初からライフポイントのバーがある。


 こいつは敵だ。


 しかも、レベル欄にはドクロが描いてあって、数字はない。システム的に、俺たちのレベルより十以上あると、表示はこうなり、あの程度の情報は遮断される。


 すぐさま俺はギルフィーナの肩を掴んで、俺の後ろに下がらせた。


 シャドーハンターは魔法使い系統の職よりは若干耐久力あるが、ボスの直撃なら即死する可能性は十分がる。


「我が復讐の力の一部を貸し与えた人間の精神を解放できるとは大したものよ」


 なるほど。さっきの万能シールドを砕くのと同時にこいつの影響下からライネを解放したと見た方が自然だろう。シールドが破られると同時にイベント戦終了したのはそれが原因か。


 なら、ライネはまた悪役ポジションと確定した訳ではない。むしろ被害者っぶりに磨きがかかって、第二章のストーリーの中心人物になるだろう。


 で、この素晴らしい筋肉をしているおじさんは多分ラスボス。


 俺が考察していると、後ろから光が差した。振り返って見ると、厳かな着物を着ている美女が空中に浮いていた。


 こっちも見覚えある。ウズメだ。王宮のあっちこっちに壁画とか教会のステンドグラスでいつも描かれている、我が国の主神だ。


「……リベリウス」


「ウズメか。また随分と古馴染みが出てきたな」


「若い芽を摘ませる訳にはいかないわ」


「ほう。貴様も我を前にして言うようになったな」


 女神ウズメは、俺たちを一瞥し、とこからともなく巨大な扇子を二面取り出し、


「逃げよ、私の子供たち。残念ながら、私ではこの男に勝てない」


 沈痛な面持ちを見せた。


「敵の名を記憶しておけ。こいつは……」


「復讐と戦争の神、リベリウス」


 そう言い、女神ウズメはリベリウスへと飛翔していく。


「いつか、きっと。あなたたちなら、この終わらない時の流転を壊すことができると信じているわ」


 巨大な衝突音と眩しい光が炸裂し、いつしか俺たちは元の丘にいて、ウズメもリベリウスも消えた。俺たち以外に残ったのは、気を失っている歌姫ライネだけとなった。


 効果音とともに、クエストメニューが飛び出して、「真実の入り口」というクエストが完了されたと表示されている。


 これは後のクエストはファラー城のウズメ関係のところを一通り洗う必要が出たな。


 俺が心の中に可能性が高い目的地を当てていたら、急にギルフィーナが歩いてきて、


「ロザ君、さっき咄嗟にかばってありがとう」


 突拍子もないことを言ってきた。


「な、なんだよ。急に」


「いーんや。ただ、ちょっと」


「そういうところがかっこいいな、って」


 朝日を背にしているからか、ギルフィーナの屈託のない笑顔はとても輝いて見えた。美少女ポイント五億点である。


 えっ。何でこいつ演技モードに入ったの。


 周りを見渡すと、知らない野良のプレイヤーは見当たらなかった。


「ちょ、な、え。その、何だ。当たり前のことをしたまでだ」


 俺が慌てふためくと、ギルフィーナは噴出した。


「ぷぷぷ、丘の下に別チームのプレイヤーがいるから」


 ……そういやギルフィーナは索敵範囲が広かったな。


 俺より先に他のプレイヤーに気づくのは当たり前のことだ。


「今ドキドキしたでしょ」


 ニヤニヤしながらじりじりとにじり寄るギルフィーナはこの上なくウザかった。


「してない」


「したろ」


「してない」


「『当たり前のことをしたまでだ、キリッ』」


 くっ!


 俺はあまりの悔しさに四つん這いの姿勢で膝をつく。


「あーはっはっはっ。相手の中身を知りながら、すこし色目を使われたぐらいで大いに喜ぶ哀れな童貞君よ。早く次巻の約束のユートピアを買ってくるといいぞ。また褒めて差し上げよう」


 流石にカチンと来たので、俺は立ち上がり、


「『そういうところがかっこいいな、って』」


 さっきの歯の浮くようなセリフを復唱してやった。


「くっ!」


 するとギルフィーナは長いエルフ耳まで真っ赤になって、さっきの俺と寸分違わぬ姿勢で地面に崩れ落ちた。


 今日のところは相変わらず痛み分けだった。

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