第37話 繋げる命

  

「どけ!!!」


 カケルから怒号どごうにも似た、リックの魔法の爆音にも負けない程の大きい声が突然、発せられた。

 周りの人間はもちろん、アンデッドと対峙していたハンターまでもその声に驚き動きを止める。やがて人々は大きい声が発せられたであろう方向を探すが、誰が発した声なのかはわからない。

 そして再びハンターと周囲の人間の目は侵入してきたアンデッドに向くが―――


「え!?」


「い、いない!?」


「どこ行った!!」


 そこにいるはずのアンデッドは影も形もなかった。

 ハンター達は先ほどのアンデッドが逃げたと判断し、周りの人間達に注意を呼び掛ける。

 周囲の人間達はハンターが魔物を取り逃した事に不満ふまんを抱きながら、再びパニックになって逃げ惑った。


「大丈夫か!?」


 パニックになっている人々を他所に、門の上ではカケルがリックを抱えて立っていた。

 あのとき大きな声でリックから注意を逸らし、その間にリックを抱えて門の上まで飛び上がったのだ。

 自分が出せる最速で動いたため誰にもカケルがリックに接触した事はバレてはいない。


「ハ、イ・・・」


 リックから力ない返事が帰って来た。

 もうボロボロだ。見た感じだと意識が朦朧もうろうとしているのだろう、目がうまく見えていないようだ。

 リックをこんなにした奴らに怒りが込み上げるが、今はそれどころではない。

 リックはバカじゃあない。こんな行動をしたのは理由があるはずだ。


「リック、何が・・・」


 リックに聞こうとするが、途中でやめた。こんな、少し考えれば解る事を聞くのは時間の無駄だ。

 リックが命の危険を犯してまで、この国に来た。この事実があれば解る。


(村でなにか、あったんだな)


 何か予期せぬことが、村の魔物達では対象できない緊急事態があったからこそ、リックは俺を呼ぶ為にここに来た。

 だからリックに聞かなければいけないことは、何があったか?ではない。


「リック、転移魔法はどこだ?」


 一刻も早く、村に戻らなければならない。

 何が起こっているかはわからないが、とても大変な事が起きているのだろう。

 もしかしたら、既に・・・

 いや、やめておこう。後で、嫌でも解る事だ。


「アチラノ・・・森ノ所・・・デス」


「分かった」


 リックが方向を指差す。

 カケルはリックを抱えて、転移魔法が展開されているであろう場所に全速力で走っていった。



「師匠?」


 その光景をたまたま見ていたのはエリカだった。

 エリカは待っていろと言われたが、気になって少し近づいていた。それに加えカケルの特訓により動体視力が上がったエリカはカケルの動きをかろうじて捉えてしまったのだ。そのためカケルがアンデッドを抱えて森の中に入っていくのを目撃してしまったのだ。


 しかし当の本人はそんな事を気にしている場合ではない。エリカの事に気付かず、カケルは転移魔法の中に入っていった。





「イツキの方は楽しそうだね?」


「そうね」


 メグミとアユミがアンデッドを倒しながら、軽く話している。

 アンデッドの前には既に亡き者となったオーガ達とゴーレム達が倒れ伏している。

 あれだけいたアンデッドはだいぶ減ってしまった。しかし、メグミ達はいまもアンデッドの死体を増やしていく。


 アユミは自分のスキルを使い、弱い範囲魔法に状態異常を付与して放つ。それを食らったアンデッドはダメージは少ないが、付与された状態異常の効果により動けなくなってしまう。

 これによりアンデッド達、というか魔物達は2人に近づけないでいた。

 そしてメグミがまるでシューティングゲームのように動けなくなったアンデッド達に魔法を撃っている。

 そうやって死んだアンデッドの死体がどんどんと地面に増えていっている。


 イツキの方は聖剣の力で何とかをリビングデッドと行っている。

 だが、やはりリビングデッドの方が余裕があるように見えるのは技術の差によるものだろう。

 イツキは中々倒せないリビングデッドにイライラしながらも、どこか歯ごたえがある敵がいることに喜んでいた。



 マサムネは何とか時間を稼ごうと魔物達に指示を与えるが、あまりにも戦力差がありすぎる。

 スパーダが1人を抑えている為こちらは残り2人だが、その2人に手も足も出ない状況だ。

 もう既にたくさんの死者が出ている。

 このまま仲間の命を代償だいしょうに時間を稼ぐ事しかできないのか?

 この村を魔人様がいない間を任された身としては、非常に情けない気持ちでいっぱいだった。


「こんな雑魚相手にしてないで、私達もイツキが相手をしているリビングデッドの所に行かない?」


「うーん、それもいいかもしれないわね。イツキはずいぶん楽しそうだし、私達だけこんな雑魚ばかり相手にさせられるのは納得いかないわね」


「じゃあこっち側はさっさと片付けちゃお!」


 2人は何やら会話をしながら、片手間でアンデッド達を蹴散らしている。

 2人のその会話が終わると、1人は今までより広範囲な魔法を使ってきた。


「《前兆の風/オーバー・ウインド》!あーんど、スキル!《状態異常付与バリエーション・ギフト麻痺パラライズ》」


 その魔法はダメージこそないが効果が広範囲に広がる魔法だった。本来状態異常と無縁の存在であるはずのアンデッドすら麻痺させるその魔法の範囲はアンデッド達の後ろにいた、トレントやトロルといった後方支援を行っていた魔物までに及んだ。もちろん、マサムネまでもだ。

 離れて戦っているスパーダ以外、生き残っている全員の魔物が麻痺して動けなくなってしまう。


 そして、もう1人が魔法を唱えた。


「《氷山の一角/アイス・ヴィレッジ》」


 その魔法はデカイ氷塊ひょうかいを上空に生成した。

 そのまま上空の氷塊は独りでに動き、少し砕ける。デカイ1つの塊ではなく、いくつもの大きい氷の塊になったそれは、見るから異常な冷気をまとっている。

 マサムネはその魔法で我々を押し潰し、凍り付けにでもするのだろうと理解した。

 そしてこのまま死んでしまうのだろうと未来を悟ってしまう。

 周りで同じように動けなくなっている者も同じ事を考え、思っていることだろう。


(ここまでなのか・・・っ。申し訳ございません。魔人様)


 上空から氷の塊が降ってくる。マサムネは謝罪の言葉を心の中で述べ、ないはずの目を閉じた。


「・・・なに?」


「え!?」


 しかしいつまでたっても体に衝撃はない。

 理解できない人間の言葉が短く聞こえたが一体、なにが起きているのか。

 恐る恐る周りを確認すると、そこには―――

 魔人様が立っていた。





 薄れゆく意識の中"ダニー"は心の中で独り言を言っていた。


(はっ・・・情けねぇ。自身満々で突っ込んだ挙句・・・この様か)


 身体の半分以上がない状態でまだ生きているのは流石昆虫系の魔物と言える。

 しかし生きてはいるがそれも後わずかだ。


(このまま死ぬのか・・・オレは)


 意識が薄れていく中で死を実感する。

 そんな中で思い出すのは初めて魔人様と出会った時だった。


 それはダニーがまだ名もないギリガル・ビートルだった頃。

 ただただ退屈な毎日を過ごすばかりだった。やる事と言えばたまに襲ってくる人間と戦い、逃げて仲間の数を減らしたら、また増やす。それを繰り返すだけだった。

 そんな日常を壊してくれたのが魔人様だった。ダニーは一目見た時から魔人様を魔人様だと感じ取り「やることがないなら一緒に暮らして、村作りを手伝って欲しい」という言葉に涙すら流した。

 随分と昔だが"魔物は元々何者かの為に働く事を生きがいとし、幸せを共有する存在だった"。いつの間にか魔物と呼ばれているが、根本は今も何も変わっていない。

 人間にはわからないかもしれないが、誰かの為に何かをできるというのは魔物からすれば大きな幸せなのだ。


(そういや・・・まだ、何も恩返しができてねぇ)


 魔人様の事を思い出していると、急に悔しさが込み上げてくる。


(せめて、せめて、一矢報いなきゃ、死んでも死にきれねぇ!)


 何もできないままこのまま死ねる訳がない。魔人様に救ってもらった人生、最後の最後まで魔人様に尽くさなきゃ恩返しにならない。

 ダニーはボロボロの身体を何とか起こし、村の方に向かう。



 時を同じくして"ザイル"もダニーと同じく薄れゆく意識の中で後悔していた。


(駄目だ、これ。死ぬな)


 同じように死を悟り、走馬灯の様に今までの思い出を掘り起こす。

 

 ザイルはありふれたサンド・ゴーレムの1人だった。

 他のサンド・ゴーレムとは何も変わらない見た目、何も変わらない声、何も変わらない命。

 ザイルは「自分は一体何なのか」という悩みをずっと抱えていた。

 そんな時に魔人様と出会いその後、名前を貰った。それによりザイルは自分が何者であるかの答えを貰ったのだ。


(そうだ・・・あの時は嬉しかった)


 自分はただ一人。世界中を探してもサンド・ゴーレムのザイルは自分ただ一人だ。

 その事を実感したことがたまらなく嬉しかった。そんな思い出だ。

 

(ここでの生活は幸せだった)


 種族の違いなんて些細な物だと言わんばかりにみんな分け隔てなく接してくれた。

 自分をザイルだと認めてくれた。

 そんな彼らに今、危険が迫っている。


(駄目だ、このままだと他と変わらなじゃないか。俺はザイルだ。俺がザイルなんだ!他と一緒じゃあ、終われないっ!!彼らに、魔人様に恩返しを!)


 ザイルは最後の力を振り絞り、原型が残っている体の一部を砂に変えた。






 カケルが村についた時に見たのは魔物達に迫る、デカイ氷の破片はへんだった。

 カケルはすぐ何らかの魔法だと断定し、刀を抜刀ばっとうするがいくつかは落ちる速度が速くギリギリ間に合わない。


(クソ!もっと早く!!)


 全速力で走るが、これ以上は早くは走れない。

 カケルが全員は守れないかもしれないと苦渋の判断をする直前―――

 氷の塊が落下する速度が一瞬だけ減速した。

 

(間に合え!!)


 何とか自身の射程範囲まで近づいたカケルは具現化した殺気を用いて、その氷の破片を細かく切断。

 落下してきたのは現代の日本の冷凍庫で作られている氷ほどの大きさになったメグミの魔法だった。


「!?・・・なに?」


「え!?」


 その光景を見ていたアユミが驚きの声をあげる。

 カケルはその2人の女性を見るが、それよりも目についた光景はたくさんの魔物が倒れている光景だった。



 彼らは知らない。氷塊が減速するときダニーがメグミに向けて小さな毒針を放った事を。

 彼らは知らない。ザイルが自分の砂で氷塊を僅かながら受け止めた事に。

 だが誰も知らなくても構わない。結果的に二人の行動のおかげでカケルが間に合ったのだ。それだけ分かればもう何も心配はいらない。

 最後にカケルの事を一目見ながら二人は人知れず力尽きていった。



「お前らッ・・・大丈夫か?」


 カケルが後方にいた魔物達に問いかける。体は動かないが、話す事は何とか出来た。

 マサムネのすぐ傍に居たジャックとダストがカケルに向けて、謝罪の言葉を口にした。

「申シ訳ゴザイマセンデシタ」と。

 カケルはその一言で全てを理解したのだ。


「動ける奴はいるか?」


 声をかけると、魔物達は何とか動こうとしているが誰も動けそうにない。

 そんな中、2体のアンデッド・ナイトが何とか立ち上がった。


「お前達は動けるのか?」


 すぐにそのアンデッド・ナイトの所に駆け寄り、声を掛ける。

 とりあえずこの2体アンデッド・ナイト達は動けるようだ。


「ソウカ!魔人様・・・貴方ノ力ヲアンデッド達に・・・!」


 それを見たジャックが何かに気が付いたようだ。カケルはジャックの言う通りに殺気を倒れて動けなくなっているアンデッド達に送る。

 殺気の力を送るなんて試したことはなかった。だがやるしかない。


「動けるか?」


「オァァ」


 倒れていた一体のアンデッドが起き上がると次第に他のアンデッド達も立ち上がって来た。


「お前らは他の動けなくなった奴らを連れて向こうのパブル達の所に行き、転移魔法で避難しろ。後のことはパブルに伝えてある。わかったな?」


「オァァァァ!!」


 カケルの指示を聞いて復活したアンデッド達が他の動けなくなっている魔物達をなんとか連れていく。

 動けなくなった魔物も多いが、まだアンデッドの方が多かったため、なんとか全員を避難させられそうだ。


「魔人サマ・・・ドウカゴブシデ」


 アンデッド・ナイトに持ち上げられ、連れて行かれているジャックが最後に言った。


「・・・ああ、任せろ」


 カケルはその返事を短く返した。

 その目はジャックではなく、2人の女の方を睨み付けてたままだ。

 動けるようになったとしてもアンデッド達の傷が治った訳ではない。それなのに彼らが全力で魔物達を非難させてくれた為、すぐにその場から魔物達の姿は消えた。

 今ごろ魔物達はリックと最初にあった荒野に避難しているハズだ。


「あえて、黙って見ていてあげたけど、あなた何者?」


 カケルと対峙している、メグミが言葉を掛ける。

 メグミの口振りはわざと、避難する魔物を見逃したように言っている。

 隣にいるアユミもどうやら同じらしい。


「なるほど」


 カケルは目の前の人間の見た目と、先ほどの質問で相手が何者なのか大まかに理解した。


「これが"殺意"か」


そして初めて心に渦巻くこの感情について、前に師匠から聞いた事を思い出す。


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