第11話 孤独な死者


 次の日。新居しんきょで目覚めた俺は、昨日の寝る前に考えていた事を思い出す。昨日魔物達―――ある事情からゴブリンとトロル達だけだが―――に料理を振舞った。その時に調理器具がない事にかなりの不便さを感じてしまった。もしフライパンや鍋があったら彼らに振舞うことのできる料理が増えるだろう。

 それに昨日。木を切る時はトロルが魔法を使っていたが、なんでも魔法という力は魔力というものを消費して使う力らしい。聞いたところによると魔力は体力に近いもので休めば自然に回復するそうだ。だが回復すると言っても有限ならあまり使わせたくない。特にトロル達が使う転移魔法はいざという時に当てにしている。無いとは思うが、万が一の時は魔法という力を頼る事になる。そのため魔法を使わなくても木を切れる、オノノコギリといった道具が欲しい。

 ゴブリン達による細かい木の加工は彼らが持っていた石の短剣で問題なかったが、もしあれが鉄でできたナイフだったら彼らの作業スピードは二倍になっていただろう。それにこれからも使っていくというのなら耐久面で石では心配がある。他にもこれからやりたい事を思い浮かべると、やはり色々と文明の利器りきがあったほうが効率的かつ便利なのは間違いない。

 だから是非とも色々と道具が必要なのだが、問題はその道具をどう入手するかだ。

 俺はまるで子供が遊ぶボールプールの様になってしまった現在の自宅で大量のスライムに埋もれながら頭を悩ませる。


 から自作するってのもありだが、その為にはどこかで鉄を調達ちょうたつしなければならない。しかし元の世界でもほとんど加工済みの鉄製品しか見たことのない俺が、埋まっている鉄を探せる訳もない。そもそも鉄ってどこにあるんだよ。

 やはり、手っ取り早く完成品が欲しい所だ。もう一度、あの国に行ってみるか?。色々と問題がありそうだが、俺を襲ってきた男の鎧や剣から文明の発展具合を見ると最低限の道具はありそうだ。少しだけの事も気になるしな。問題は言葉が通じない事とこの服装だ。スーツとかいう衣類のオーバーテクノロジーでは目立ってしまうし、面倒な事に巻き込まれる可能性がある。


 とりあえず問題点は言葉、そして服装。この二点を解決できれば何とかあの国に入れるだろう。しかし服装はともかく言葉は・・・。俺がなんとかして覚える他ないのだろうか?。というか、そもそも彼らの中にこの世界の人間の言葉がわかる奴いるのか?。トレントが喋ってるのは何故か日本語だからなぁ。だが、一番可能性があるとしたらトレントだろう。

 俺は早速トレントに確認しに行くためスライムの海を泳ぎ、スライム達が玄関から外に出ないよう器用に自宅から出て行った。





「おはよう。トレント」


「オオ。コレハ魔人サマ。オハヨウゴザイマス」


「・・・少しお前に聞きたい事があるんだが、今良いか?」


「モチロンデストモ!・・・ソレデ私ニ聞キタイ事トハ一体何デショウカ」


「お前、人間の言葉とか解る?」


「人間ノ言葉デスカ?申シ訳ゴザイマセン魔人サマ。私ニハ人間ノ言葉ハワカリマセン」


「そうか・・・」


「オチカラニナレズ申シ訳ゴザイマセン」


「いや、良いよ。謝る事はない」


 ダメ元だったがやはり分からないか。唯一日本語を話せる魔物であるトレントが駄目なら魔物で人間の言葉を分かる奴はいないかもしれないな。俺が自力でこの世界の言葉を覚えるにしても教えることが出来る存在がいなくては不可能だろう。よって俺が一から新しい言語を習得するという案は却下する。いや、けして俺が嫌だからという訳ではなく。仕方なくだ。

 しかし、どうするか。こうなるとあの国に行くという事ができない。


「シカシ魔人サマ、何故ソノヨウナ事ヲ?」


「ん、いやな。今後の事で少し考えていることがあるんだ」


 この世界の知識が乏しい俺一人で考えていても埒が明かない。ここはトレントにも一緒に解決策を考えてもらおう。

 俺は考えている事をトレントに話した。


「・・・ナルホド、ソウイウ事デスカ」


「何かいい解決策とかあるか?」


「ウーム。難シイデスネ」


「そうか・・・」


 流石のトレントもこの問題の解決は難しいか。やはり完成品ではなく、自作するしかないのか?。だとするとやはり素材探しが大変だ。何より時間が掛かる。はぁこうなったら魔法で何とかならないか?鉄を生み出せる魔法とか、鉱石が判別できるようになる魔法とか無いのか?


「ソノ様ナ魔法ハ・・・。イヤ、ソウイエバ・・・」


 どうやら俺の考えていた事が口に出ていたようだ。魔法の事についてほとんど知らないのでそんな魔法があればいいなと思っただけなんだが、トレントの反応からすると・・・まさかあるのか?


「何か、心当たりがあるのか」


「ハイ。アル魔物ガ人間ノ言葉ヲ理解デキルヨウニナル魔法ヲ開発シタト言ウ話ヲ聞イタコトガアリマス」


「ホントか!?そんな便利な魔法が・・・」


 さながら翻訳魔法といった所か。まさかピンポイントで今一番難しい問題を解決できる魔法があるとは・・・。元の世界でそんな魔法があったら、通訳がいらないだろうな。


「タダ、ソノ魔法ヲ使エルノハ開発シタ魔物ダケナノデス」


「そうなのか?ならその魔物は何処にいるんだ?」


「彼ハココカラ少シ遠クノ地ニイマスガ、問題アリマセン。アノ場所ナラトロル達ノ転移魔法デ行ケルハズデス」


「そうか。なら早速行ってみるか」


「ワカリマシタ」


 その魔物に会い、翻訳魔法を使ってもらえるように頼んでみる。もしこれで言語問題が解決できるのなら後は服装だけだ。それにこっちの方は自力で何とか出来ない訳ではない。少し荒っぽいが、服は盗む事もできる。物である分、言語問題よりは解決しやすい。まぁ服装の問題はこの後の結果によってどうするか改めて考えるとして、今はその魔物に会いに行くとしよう。


 俺はトレントと一緒にトロルの達の元に行き事情を説明すると、『任せてくれ!』といったような雰囲気でサムズアップした。その後、ここに来た時と同じようにトロル達が円を描くように並び始める。そして一斉に何かを唱え始め、しばらくすると円の中心に魔方陣が出来上がりその上には白い円が現れる。

 そしてその中に俺とトレントが入ると景色が一変する。



 その場所は緑がほとんどなく大地の部分が所々砂漠化しているような場所だった。

 辺りには岩しかなくこんなところに生物が生息出来るのか、果たして自然にこのような場所が出来るものなのかなど、つい色々な疑問を浮かべてしまう。だがそんな事は今はどうでもいい事だ。今浮かんだ疑問を頭の隅に追いやると、目的の魔物の場所に行くべく俺の先導してくれているトレントの後に付いていく。

 トレントは道案内と通訳をしてもらう為に付いてきてもらっっている。これから会う魔物はどうやら"アンデッド"という、魔物の中でも少し特殊な種族の魔物だそうだ。

 

 しばらく歩るくと大きな岩山が一つ見えてきた。トレント曰くあの岩山が目的地だそうだ。あの岩山には少し離れたところから分かるぐらいの横穴が空いており、洞窟になっている様だ。


「例ノ魔物ハコノ洞窟ヲ拠点トシテイルハズデス」


 その洞窟の入り口はトレントぐらいなら通れる大きさがあるが、奥に続くにつれ人1人が通れるほどの大きさになっていく作りになっている。なんとも不思議な作りだが自然にできたものだとは思えない。例の魔物が作ったのだろうか。

 ここに来るまでにトレントから聞いた話だと、魔法の扱いに長けたアンデッドらしく日々様々な魔法を開発していたそうだ。今回、目当てにしている魔法もそのアンデッドが過去に作った魔法だそうだ。簡単に言うと魔法の発明家だ。


 今回の件は恐らく問題なく協力してもらえるだろうと、トレントは言っていたがどうなるだろうか。答えを知るためにも早速その洞窟に入って行くとすぐに声が聞こえた。


「ダレダ」


 少しかすれた低い声が洞窟の奥から聞こえてくる。その言葉はトレントの様にカタコトだがしっかり日本語だった。どうやらトレントによる通訳は必要なさそうだ。早速俺がアンデッドに返事をしようとすると、その前にトレントが言葉を発した。


「久シブリダナ。異端ノアンデッド」


「トレント?・・・オ前・・・アノ森ノ・・・トレント・・・カ?」


「ソウダ。アノ時以来ダナ」


「・・・ソウダナ」


 両者の会話が一旦終わると、アンデッドが姿を現した。その魔物は茶色いフードのようなものを被り、先端に石の付いた杖を持っていた。ハッキリと姿が見える位近づくと魔物はフードを取った。

 現れたのは人間の頭蓋骨。皮膚は一切無く、完全に白骨化している骸骨だ。眼球がある部分は空洞で、その場所は本来なら頭蓋骨の裏側が見えるハズだが見えなかった。まるで黒く塗りつぶされている様にまっ黒で、闇と言った方がいい色に見えた。


「ソレデ・・・ナンノ・・・ヨウダ」


 要件を聞いてきたアンデッドに対して俺が「ああ、俺たちは」まで言った所でトレントに遮られてしまった。


「オ待チクダサイ。魔人サマ、ココハ私ガ説明イタシマス」


「え?そうか?ならお願いするか」


「ハイ」


 ついでに何か話したい事でもあったのだろうか。俺からすると説明する手間が省けるため楽が出来ていいのだが、これではここに俺が来た意味があるのかどうかわからないな。

 トレントが代わりに事情をアンデッドに話してくれている。アンデッドからは時々「・・・ナニ」「・・・ナント」「ソレハ・・・」等の相づちが聞こえる。だいたい4~5分でトレントは事情を説明し終えた。


「事情ハ・・・ワカリマシタ・・・魔人サマ」


「そ、そうか」


 魔人と呼ばれた事に心の中で「お前もか」とツッコミを入れてしまう。


「伝説ノ・・・魔人サマノ・・・頼ミナラバ・・・喜ンデ協力サセテイタダキマス」


「そうか!礼を言う」


「ソレトモシ・・・人間ノ衣服ガ・・・必要デシタラ・・・アリマスガ・・・ドウデショウカ?」


「本当か!?あるなら是非欲しい!」


「質ハ・・・低イ物デスガ・・・人間ガ着テイタ・・・モノデス」


 一石二鳥とはこのことだ。まさか衣服の問題も同時に解決できるとは・・・。これで問題はなくなった。言葉も通じる様になるし、服もこの世界で違和感の無いものを用意できる。これで俺はこの世界の旅人か何かだと偽り、あの国に入る事が出来る。だが、もしも身分証や入国許可証などが必要だったらどうするか。まぁそれはその時考えようか。


「本当に助かる。ありがとう」


「イエ・・・コノ程度・・・。魔人サマ・・・」


「ん?どうした?」


「モシヨロシケレバ・・・1ツ・・・私の願イヲ聞イテ・・・イタダケマセンカ?」


「ああ、もちろんいいぞ。こっちが何かしてもらうんだから、対価を要求するのは当然だ」


「アリガトウ・・・ゴザイマス。ソレデハ・・・私ヲ・・・魔人サマノ配下ニ・・・加エテ・・・イタダキタイデス」


「ああ、お前もか」


 うっかりツッコミが言葉に出てしまった。正直言ってこのアンデッドが村に来てもらえるのは嬉しい。魔法の専門家がいれば魔法の事を分かりやすく教えてもらえるかもしれない。それにいざと言う時に魔法を開発してもらえる。このアンデッドを村に連れて行くのはこちらとしてもメリットばかりだ。ただ、色々としてもらうのだから他にお礼をしてやりたいところだ。


「いいぞ、そのくらい。というか他にないのか?」


「アリガトウ・・・ゴザイマス。私ニハ・・・コレ以上ナイ・・・幸福デス」


「そうか・・・」


 欲が無いというか。魔物という存在にはもっと自分を大事にしてほしいものだ。人間と魔物では生き物的に根本から違うからなのかもしれないが、もっと我が儘でもいいと俺は思う。


 ともかく、目的は達成された訳だ。俺達は行きより一人増えた人数で拠点へと戻った。

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