第21話 リビングデッド

 


「この辺のハズだが・・・」


 カケルはヒエロ高原こうげんに来ていた。

 草が生い茂っていた大地が突然終わり、別の大地を後からくっ付けたように始まる平坦へいたんで緑が少ない大地。標高が高い場所なのだが果てしなく続くような広い大地だ。

 ここは昔に戦争の舞台ぶたいとなったことがある場所だ。はるか昔、魔王の軍と人間達による大規模だいきぼな戦争がこの地で行われたとされている。

 戦争の舞台だった為かここで生まれるアンデッドは多いという情報がある。しかし今回のターゲットであるリビングデッドの様な上位のアンデッドではなく下位のアンデッドばかりだ。


 カケルがヒエロ高原を見回し例のアンデッドを探す。平坦な大地が続いているので見通しは良いものだ。すると少し遠くの方に影を見つけた。

 カケルがとりあえず近づいてみると正体が明らかになる。

 それはアンデッドだった。体格が大きいアンデッドで十中八九今回のターゲットであるリビングデッドだ。

 そのアンデッドは特に徘徊するわけでもなく、棒立ちの状態で動かない。カケルの方に背を向けながらただただ立っているだけだ。

 カケルはいつの間にかそのリビングデッドのすぐ近くまで来ていた。カケルはいつものように警戒を解いて近づいている。今回もいつもの様に自分を見た瞬間に跪いてしまう。そんなことを思っていたからだ。

 ―――だが、今その動く死体アンデッドは今までの魔物とは違っていた。


「すまん、少しいいか?」


 後ろから、気さくにリビングデッドに声を掛ける。

 声を掛けると、リビングデッドはカケルに気が付いたようで声に反応してゆっくり体の向きをカケルの方に向けた。


 そのリビングデッドは体長は3m程もある。

 これはアンデッドなら別におかしい事はない。アンデッドは生まれる際は生前の体が変化して生まれる為、体格はアンデッドよってバラつきがある。基本的には人と同じ位の体格と身長だが、希にだが人以上に大きい体格アンデッドも現れる。


 そのリビングデッドはボロボロのマントを身につけていた。

 これもアンデッドとしてはおかしくはない。アンデッド化する時に生前に着ていた服もそのまま魔物化し、そのアンデッドが身につけていることは良くある。下位のアンデッドは生前が弱かったせいなのか生前の物を身に着けている事は稀だが、中位のアンデッドになってくるとその現象が良く見られる。

 アンデッド・ナイトが何故か剣や鎧などと言った装備を身につけているのはそのアンデッドの元になった者が生前に身に着けていたものであり、それが魔物化したからだ。

 だから上位のアンデッドであるリビングデッドが服や武器といった物を身に着けているのはおかしい事ではない。


 そのリビングデッドは隻腕せきわんだった。これもアンデッドしてはおかしくはない。

 例えば死ぬ間際まぎわに腕を切られてそのまま死亡したとしてもアンデッド化する時に近くにその切られた腕のパーツがあればくっ付き、五体満足ごたいまんぞくの状態で生まれてくる。

 だが、その切られた腕があまりにも遠くにある場合、もしくは切られて何年も経過し、その傷が完全に塞がった後に死亡した場合。

 その場合は体の欠損けっそんがあるアンデッドが生まれてくるのだ。このリビングデッドもその二種類のパターンのどちらかだろう。


 そのリビングデッドはを持っていた。


「なにッ!」


 カケルは驚いた。その刀を見た時に思わず声を出してしまうほどだ。

 何故ならその刀をカケルは良く知っていた。その刀は初めて見たときに大いに魅了さえれた事がある。だが、その刀は自分の物だった訳ではない。

 それは別の人物が持っていた物だ。カケルが、いやさとるがよく知る人物の持ち物だったハズなのだ。そしてその人物がその刀を手放す訳がない事も知っていた。


「お前、何故その刀を持ってるんだ」


 言葉は何とか落ち着いて発せられたが、心は落ち着いていない。悟はかなりあせっていた。その刀を何故持ってるか、何も知らないからこそ色々な可能性が浮かぶ。中には最悪な可能性も含まれているが色々な可能性がある以上、カケルが思っている最悪の可能性だけではないのだ。

 故にリビングデッドに問うた。


「お前、おかしな事を聞くな」


 リビングデッドから返って来た返事はうめき声ではなかった。どうやらこのリビングデッドは話せるようだ。それもジャックやリックが喋れる少しカタコトの日本語ではなく。とても流暢りゅうちょうな日本語だ。


「これは私の物だ」


 そう、リビングデッドが言った瞬間。逆手さかて持ちで刀を握り、そのまま縦方向に居合いあいを放った。


「っ!」


 悟は紙一重かみひとえで回避する。だがそれは今の動きを、いや今の技を知っていたからだ。


(今のは《瀧逆そうげき》!?)


 今のは悟の師匠が好んで良く使っていた技だった。殺気を一切出さずに呼吸するように繰り出す逆手持ちでの居合。正面での不意打ち時に使う技だ。これは悟の師匠が生み出した技の一つ。殺刀気真流の技の一つだ。

 その技を目の前のリビングデッドは使用した。


「今のを避けるか・・・奪ったとったと思ったのだがな」


 リビングデッドは逆手持ちから通常の持ち方に刀を持ち直す。そしてリビングデッドからは先ほどと打って変わって強い殺気が放たれた。


「お前・・・その技術わざとその刀をどうしてお前が持っている」


「やはりおかしな事を聞くな、お前。先ほども言ったハズだこれは私の物だ。私が持ってるのだからこれは私の物だ」


「・・・一応聞くが話し合いで済ませる気はあるか?」


「逆に質問してやろう。お前も感じているはずだ、私のこの力の高ぶりを。こんな状態の私が話し合いをすると本気で思うのか?」


 リビングデッドの殺気が一段強くなった。殺気を意識して変化させることが出来る、これで似た流派の剣術という線はなくなった。目の前のアンデッド確実に殺刀気真流を使える。


「そうか。・・・なら、力ずくだ。俺が勝ったら色々と話しを聞かせてもらうぞ」


「いいだろう」


 悟は刀を抜刀し、かまえた。この世界ではまだ1度もしたことのない本気の構えだ。


「・・・!!ほう、私と同じとはな」


 悟の構えを見てリビングデッドも構える。

 両者ともまったく同じ構えだ。手の位置も、刀の握り方も、重心の位置も全て同じ。


「いくぞッ!」



 瞬間、常人には消えたようにしか見えない速度でカケルは間合まあいをめた。

 これは縮地しゅくちという技。本来、縮地というのは土地自体を縮める事で距離を接近させるという仙人せんにんが使うとされる術だ。だが、仙人ではない悟は土地を縮める何て事はできない。これはその現象を人力でそれっぽく見せている技である。構えの姿勢しせいのまま体を一切動かさずに、脚力と技術でリビングデッドの目の前まで移動した。第三者から見ればカケルが瞬間移動したように見えるだろう。


 そして急接近した悟はそのまま斬りかかる。


「甘い!」

 

 縮地による急接近での最速の攻撃。人間の反射では間に合う事のない攻撃だ。

 だが、リビングデッドはそれを読んでいたのか自身の刀その攻撃を受け止めた。


 そのまま接近戦でのやりとりが続く、片方が斬りかかると片方がそれを刀で受け止める。

 しばらくやり合っているとカケルが動いた。

 相手より小柄こがらな事と素早さを生かして相手の左右上下、様々な箇所を狙って攻撃を行う。

 だが、それにもリビングデッドは対応して見せた。

 左右上下、様々な箇所を狙われているからといって焦って下手に動いてはいけない。リビングデッドは落ち着いて下手にその場から動かずに悟が行う全ての攻撃に対応して見せた。


 アンデッドの動きは本来にぶいものだ。人間でない分、些細ささいな動きや細かい動作などが出来ない。生前にいくらそれにけた者がアンデッドになってしまってもそれはくつがえらない事だ。

 だが、このアンデッドは違った。刀をあやつる技術がとてもアンデッドとは思えない程に精巧せいこうなのだ。だからこそ殺刀気真流の技を繰り出せるのだが―――


「ちっ!」


 攻撃が一度もまともに当たらない悟は思わず舌打ちをした。一見、実力が拮抗きっこうしている様に見えるが、スピードは悟の方が上。それ以外はリビングデッドの方が上だ。

 加えてリビングデッドはアンデッドなので体力が無限に等しい。このままでは悟の方が不利だ。だから、戦い方を変える。


 悟はこの世界に来てひそかに練習していた。変わってしまった自身の殺気さっきの使い方を。

 この世界に来て悟の殺気は具現化ぐげんかするようになってしまったが、それは必ずではない。

 具現化するか、しないかはカケル自身でコントロール出来るのだ。仕様しようが変わってしまい、殺気を操作する難易度なんいどは跳ね上がったが、今までのように具現化しない殺気も扱う事ができる。


「はっ!」


 それが意味するのは悟が得意としていた、殺気で翻弄ほんろうする戦法せんぽうが使えるということだ。


「っ!?」


(完全に死角しかく!取った!)


 悟はリビングデッドに殺気を放ち、攻撃する箇所を誤認ごにんさせた。そのすきに悟は死角から攻撃を行う。

 これは完全に決まっていた。


―――それが人間だったらの話だが


「なに!?」


 悟の攻撃は防がれた。リビングデッドの刀が悟の刀を流す。攻撃を流され、体勢が崩れた所でリビングデッドはカケルを蹴り飛ばした。


「ぐはっ!!」


 腹を蹴飛ばされて吹っ飛され、地面を少し転がる。だがカケルはすぐに起き上がり刀を構えなおし態勢を立て直した。


(くそ。読まれていたのか?いや、読まれない様にしたハズだ。だが何故・・・)


 カケルは先ほど失敗した攻撃について考える。

 そして気づいた。相手がアンデッドだと言うこと。相手が人間ではなく魔物であり動く死体であるアンデッドだという事に。

 そう、相手には目といった器官が存在しない事に。


(まさか、俺は勘違いをしていたのか?本来、目玉があった位置が目の位置だと思い込み、そこには人間と同じ視野の広さと死角があると思い込んでいた。なるほど、今考えればおかしな話しだ。目という外部の映像を取り込む器官や、それを処理する脳がないのにも関わらずアンデッド達は目が見えている。恐らく奴は目というものではなく、別のでものを見ている。そしてその視野は俺が考えているよりずっと広い!)


「くそっ」


「どうした?まさか今ので終わりとは言わないな?」


 リビングデッドはカケルに挑発的ちょうはつてきな態度をとる。だが、カケルも今のだけで全てではない。

 この世界に来てから変わってしまった殺気のもう1つの方があるのだ。


「いや、まだだ」


「そうか!お前とはまだ楽しめそうだな」


(奴が蹴り飛ばしてくれたおかげで距離ができた。実戦ではまだ使った事はないが、やるしかないか)


 カケルは刀に殺気を具現化させて込め始めた。具現化した殺気が刀にまとわり付いていく。それはやがて刀を覆い尽くし、刀身が見えなくなった。

 そしてその状態の刀を上に大きく振りかぶる。


らえ!!」


 そして大きく振り下ろす。たてに放った禍々まがまがしい殺気は万物ばんぶつを切り裂く飛ぶ斬撃ざんげきとなり、大地を切り裂きながら一直線にリビングデッドに向かって行った。そして

 

(例え未知の技だろうがこんな大ぶりな攻撃をまともに受けようとするハズがない。多少は混乱するだろうが必ず避ける。そして具現化した殺気の陰から避けた所を狙う!)


 悟が狙っているのはこの攻撃のだ。相手の動きを予想して先に動く。

 剣術や武術を修めた者にとって基本中の基本。だからこそ必ずそれを考え、乱してはいけない。

基本を乱した者が先に敗ける。悟の師匠が良く言っていた言葉だ。


 だが―――


「うおぉぉぉおおおお!」


 ―――それはされた。


「なッッ!?」


 リビングデッドは襲来しゅうらいしてきたものとを放って相殺したのだ。


「ははは!つくづく私とだな、お前!」


 リビングデッドの持つその刀には。

 悟と様に、具現化した殺気で覆われていた。



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