第17話 スライムクッキング


「オ帰リナサイマセ。魔人サマ」


 カケルが転移魔法を抜けてまず目に入ったのはジャックだった。出迎えをしてくれた事に少しだけ喜びを感じていると、無数の気配に囲まれている事に気が付いた。彼の周りを囲んでいるのは大勢の魔物だ。現在村にいる魔物達ほぼ全員がこの場に集まっていたのだ。

 この提案をしたのはジャックだ。七日振りに戻ってくる自分たちの主を皆で出迎えたいという、彼の想いがこの案を生み出した。

 カケルはその光景に圧倒されていた。この場にいるのはスライムやトレントの当初に出会った魔物から、この一週間に依頼で出会って勧誘した魔物達まで。総勢そうぜいで200名近い魔物が集まっていたのだ。


「あ、ああ。ただいま」


 我に返った所で返事を返す。するとギリガル・ビートル等の昆虫系の魔物が奇声のような鳴き声を上げる。するとそれに触発された他の魔物達が一斉に沸いた。

 目の前で沸く魔物達の声。ただ単に帰ってきただけのカケルは珍しく、気恥ずかそうに空笑からわらいをして収まるのを待った。

 しばらくすると魔物達は落ち着きを取り戻す。カケルは出迎えてくれた事に対して皆にお礼を言った。そしてまた沸いてしまう前に解散するように言った。

 魔物達はカケルの言った事に素直に従い、村の各地かくちに散らばっていった。


「魔人サマ。コレカラコノ七日間デ行ッタ事ニ付イテ報告ヲシテモヨロシイデショウカ?」


「いや、まずは家に帰りたい。荷物もあるしな。少ししたら報告を聞きに行くから待っててくれないか?」


「ワカリマシタ。デシタラ私ハ果樹園ノ所デ作業ヲシテイマスノデ、イツデモオ越シクダサイ」


「了解だ」


 この一週間の事も気になるがそれよりも一旦自分の家で一息を付きたかった。

 カケルは家に着くまでに変わった村の様子を軽く流し見しながら歩いて行った。


「わが家だ」


 自宅へと返ってきたカケルはそのまま倒れ込んだ。もちろんカーペットや布団なんてものは無いのでカケルの受け止めたのは硬い木の床だ。

 木の臭いが肺一杯に広がる。しばらくそれを楽しんでいると右手に動くものを感じた。感触ですぐには分かったが一週間振りだ。人違いならぬ魔物違いがないよう確認の意味も含めて目を向けた。そこには俺を常に誘惑してくる魔性の身体。水のように透き通った青い色のボディがそこにはあった。


「マサムネ・・・」


 自分が名付けた名前を呼ぶ。そして体を起こし胡坐あぐらをかいた姿勢になった。

 カケルはマサムネを胡坐をかいた足の上に乗せる。マサムネは特に嫌がる様子はなく、されるがままだ。

 そして一週間振りのボディタッチ。撫でまわす様で揉む様な触り、その豊満な身体をカケルは一周間振りに堪能していた。

 気づけば小1時間程、マサムネをいじくりまわしていたのだった。





 一週間振りにマサムネと触れ合い、心身しんしん共に癒されたカケルはジャックの報告を聞くために果樹園に来ていた。果樹園とはジャック達トレントの主な仕事場で基本的に食用の果物を栽培している所だ。トレントという種族の特性や得意とする"木"属性魔法のおかげで短期間で効率よく果物を栽培できている。

 ジャックから受ける報告の内容はこの一週間で何がどう変わったのか、今取り組んでいる事がどこまで進んだのかというものだ。実は彼がハンターとしてお金を稼いでいる時にやってもらいたい事を思いついた事があり、ジャックにいくつか追加で頼んでいたのだ。


「新シク加ワッタ者達ノハマダデスガ、ゴブリン、スライム、トロル達トイッタ元々居タ魔物達ノ住居ハ全テ完成イタシマシタ」


「そうか!なら新しく来た魔物達にも住居を作ってやってくれ。住居の仕様は本人達に確認して何か要望があればその通りに頼む」


「ワカリマシタ」


「ソレト先日言ワレタ食料庫モ完成シマシタ」


 食糧庫はカケルが追加で頼んでいた物の一つだ。この世界には冷蔵庫やクーラーボックスといった物がないので食料の長期保存ができない。そのため今までその日に獲った物をその日に食べるという事をしていた。しかしそれでは効率が悪い、だが解決できる案が浮かぶわけでもない。とりあえず畑を作る関係や将来的にも食糧庫はあった方がいいと思いジャックに相談を含めて頼んでいたのだ。


「ソレト食材ヲ冷ヤス方法デスガ・・・」


「ん?何かいい案があったのか?」


「ハイ。アイススライム等ノ氷属性ノスライム達ニ頼ンデオリマス。」


「氷属性・・・」


「現在ハマダ食料ノ備蓄ヲ始メテイナイノデ試験的ニ魚ヲ木箱ニ詰込ミソレヲ冷ヤシテ貰ッテイマス。今後食糧ノ備蓄ガフエレバ"氷"属性ノ魔法デ食糧庫全体ヲ冷ヤス予定デス」


「魔法で、でっかい冷蔵庫を作るってことか」


 つくづく魔法という力は便利だなと改めて思いつつ、自分の浅はかな知識からここまでの事を考え付いた事に感心する。


「そういや新しく来た魔物達は何をやってるんだ?」


「現在アンデッドトゴーレムハ種族的ナ特性カラ疲労ヒロウガ存在シナイ為、他ノ魔物ガ体力ヲ必要トスル作業ヲ主ニ行ッテイマス。次ニビートル族デスガ、彼ラハ機動力ガ優レテイルタメ周辺ノ警備ヲ頼ンデアリマス」


「なるほど」


 新しくこの村に来た魔物達もしっかりと彼らに合った仕事を行っているらしい。素晴らしい事だ。魔物にも得意、不得意が存在するし、種族の特性を利用した方法を考え作業を任せている。

 すでにカケルがあれこれ指示しなくても自分たちでより良くしている事を嬉しく思った。


「そうだ。あの国で色々と道具を買ったんだ。後でどういう道具なのかを教えるから適した仕事の奴に分配を頼む。まぁ今回は畑用の道具ばっかりで使い方が難しいという事はないと思うから心配ないと思うけどな」


「ワカリマシタ」


「それとジャック。以前に頼んでいた畑に植える物って何かあったか?」


「ソノ件ノ事デシタラ、ゴ心配ナク。魔人サマノ要望通リノ物ヲご用意シマシタ!」


 少し興奮気味にジャックが言うと、枝の手を頭の枝に突っ込みあるものを取り出した。

 それはバカでかいだった。その大きさはハンドボール並で手の平から余裕でハミ出る程だ。直径20cm以上はある。


「これは何の種なんだ?」


「コレハ"ミートフラワー"トイウ植物ノ種デス」


「ミートフラワー?」


「ハイ。真ッ赤ナ大キイ花ガ咲キマスガ、ソレガシボミ実ニナルト動物ノ肉ノ様ナ果肉ニナル植物デス。」


「まじか」


 そいつは凄い。実は肉食の魔物が増えて来たら家畜かちくを育てる事を検討けんとうしていたが、もしこのミートフラワーの事が本当なら肉には困らない事になる。本当にそんなものがあってもいいのだろうか。いや、ここは異世界なのだ。何があってもおかしくないだろう。

 そうと決まれば早速そのミートフラワーとやらを畑で栽培することにした。


「その調子で他にも食料になりそうな植物があったら畑で栽培してくれ」


「ワカリマシタ」


 どんどん村が発展していく。これはすごく喜ばしい事だ。それは俺の力ではない。彼ら魔物達がやった事だ。俺はやることを指示しただけだ。それ以外は全て彼らの力だ。

 そうやって少し自分が情けなく思うカケルだったが彼らになんでもかんでもやってもらう訳にはいかない。

 だからここは俺も彼らの為にできる事をしよう。


「今日は俺が旨いものでも作ってやるか」





 俺は早速準備に取りかかった。俺が選抜したスライム数名と、アドルフォン王国で購入した大きな鍋を用意する。

 まずスライム3名に水を汲みに行ってもらう。その間に俺は倉庫に向かった。

 食糧庫に着くとそこには先ほどジャックから話を聞いた通り正方形の木箱がポツンと一つだけ置かれていた。木箱からは冷気が白い煙となって溢れており箱の中が冷やされているのだと確信させる。


 ―――プルプルッ


「なるほど、君か。お勤めご苦労様」


 木箱を開けるとそこにはスライム達が取ってきた魚と一人のスライムが入っていた。

 アイススライムとは君の事だったのかと一人で納得しつつ、アイススライムの影響えいきょうでカチカチにこおっている魚をを何匹か取り出す。

 そして最後に労いの言葉を言い、食糧庫を後にした。


「これをうまい具合に解凍・・・じゃあ分からないか。んーっと氷だけ溶かして欲しいんだけどできるか?」


 魚は凍ったままだと捌けない。そこで登場するのがファイアスライムだ。前に一度だけ料理を手伝って貰った事がある為このスライムの特性は良く分かっている。ファイアスライムは言うなればさっきのアイススライムとは逆の特性。加熱する特性がある。

 その特性を使って魚の解凍をしようと思ったのだ。

 ファイアスライムは俺の質問に頷く様に体を揺らしているので凍っている魚をファイアスライムの中に入れていく。しばらくするとファイアスライムから解凍された魚が吐き出された。


 そこにちょうど水を汲みに行っていたスライムが返ってきた。解凍の作業が終わったファイアスライムに更なる仕事をお願いする。ファイアスライム上に鍋を乗せて鍋を加熱かねつしてもらうのだ。

 そしてその鍋にスライムが汲んできた水を入れてもらう。水を含み二倍ぐらいの大きさになったスライムから水鉄砲の様に水が鍋に向かって飛んで行く。水を全て吐き出すとスライムはすっかり元の大きさに戻った。

 少し勿体ない気がするが、別に今じゃなくても後で触ればいいだろう。俺は気を取り直して料理に集中する。

 鍋の水が沸騰ふっとうするのを待っている間に俺は魚を捌いていく。

 そして鍋が沸騰するとその、さばいた魚入れる。だが、それは一瞬だ。魚の表面が白くなったら鍋から引き上げ、もう1人の水を汲んできてタプタプになっているスライムの中に入れる。

 これはしもふりという処理だ。


 霜ふりとは魚を熱湯に一瞬着けて表面が白くなったら冷水に落とし、表面のヌメリを流水りゅうすいで流しながら落とす処理の事だ。

 この処理を行う事で魚の生臭なまぐささをかなりおさえる事が出来る。

 今回はボウルやもう一つ鍋がないのでスライムの体の中で後半の処理を行ってもらう。


「もう一度頼むな」


 そしてその処理が終わると鍋に入ったお湯は一度廃棄はいきする。そこにもう1人のスライムが水を入れて、またファイアスライムに鍋を加熱してもらう。

 沸騰すると先ほど霜ふりを行った魚をを入れていく。


 今回は魚を使った鍋だ。調味料ちょうみりょうなどはないため味付けは味の濃い果物を使う。果物を入れてしばらく煮込むといい香りが辺りに漂った。

 そして完成した鍋は塩の辛味と甘みが効いた和風っぽいものに仕上がった。


「よし、出来た」





 日が落ちてきた頃に村の全員を呼び、鍋を振る舞った。もっとも肉食なのは今のところゴブリンと、トロル、ビートル族そして俺だけで、他のスライム、トレント、アンデッド、ゴーレム、は食えないそうだ。

 スライムは液体しか飲まないそうなので鍋の汁をつぎ足ししてスライム達全員に行き渡るようにすることでスライム達にも振舞う事が出来た。

 軽く魔物の事について話をしながら騒がく食べる。食べてない魔物も食べてる魔物も全員が楽しそうに話していた。

 魔物からしてもここまで大勢で食事をする事はなかったからなのだろうか。そもそもこんなにも様々な種族が入り乱れて集まるがなかったからだろうか。どちらにしても今は魔物達も大いに楽しんだ時間だった。

 だがそういう時間に限ってあっという間に過ぎていく。


 食事を終えた俺は自宅へと戻る。

 明日にはあの国に戻る予定だ。ここに布団などは無いため俺はマサムネを抱き締めて目をつぶり先ほどの事を思い出す。

 あんなににぎやかで楽しい食事は初めてだった。2人以上で食事をしたのは何年振りだったか・・・。

 今後、俺が返ってきた時は必ず今日と同じように賑やかな食事を行おう。

 そしてそんな日々が長く続くことを俺は願い、眠りについた。



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