第18話 暗躍する者

 

 その建物は人目につきにくい森の中に存在していた。みすぼらしい外見をしているが中は綺麗に整えらている。

 その建物の一室。部屋の中心には大きな円形のテーブルがあり、そのテーブルを加工むようにイスが均等に配置されている。そんな部屋の中を照らすのは数本の蝋燭ろうそくのみ。普通に生活するには十分と言えない光量の中に8人の男女がいた。

 配置されたイスに座っている8人はそれぞれが黒いフードを深く被っており、顔はハッキリとは見えない。


「それで・・・は出来たのか?」


「ああ、既に完了している。いつでも大丈夫だ。問題はの方だ」


 男の質問にこの中ではひときわ身長が小さい女性が質問に答えた。その身長は140cmほどだろうか?明らかに子供の様な身長だが、その口調は子供らしくはない。


「場所か・・・王国から近すぎる場所でなければどこでもいいが・・・」


 机には王国周辺の地図が広げてあり、この場にいる全員がその地図を見つめている。


「それならここ何てどうかしら?」


 そこに先ほどの女性とは別の女性が、広げられた地図に書いてある村に指を指して提案した。


「それはどういった理由じゃ?」


「私の記憶が確かならこの村は他の村より大きかったはずよ。村が大きいってことは・・・」


「その分人口が多い・・・か」


「そういうことよ」


 身長が低い女性はその提案を聞いて少し考える。その間にも色々な意見が飛び交うが彼女はその意見も聞きながら、どこにするかを考えていた。


 (ここは少し王国から近いが・・・確かに人の数が多いのは大きいメリットだ。小さい場所をいくつかヤるより一つの大きい所をヤった方が貯まり安いか・・・)


 ほかにも候補をいくつか考えるが最初に提案をされた場所が一番いいと判断した。


「"メリダ"の言った通りここにする」


「なら、決まりだな」


「いつ実行するのだ?」


「善は急げだ。これから直ぐに行う」


「ハハッ!相変わらず行動が早い」


「では、今回はこれで解散とする。君のを楽しみにしているよ"ジュディア"」


「ああ、任せておけ。全ては魔王様の為に」


「「全ては魔王様の為に」」


 8人が揃ってそのセリフを言ったあと、全員椅子から立ち上がり順番にその部屋から出て行った。


「さて、早速やろうか」


 最後に建物から出たジュディアと呼ばれる少女はニヤリと笑うと一つの魔法を唱えた。

 魔法を唱えるとジュディアの体は宙に浮き、そのまま飛んで行ってしまった。


 彼らは魔王教と呼ばれる存在。魔王を再びこの世界に降臨こうりんさせようと企む集団だ。





 その日のドカセン村は平和そのものだった。

 村人はいつものように畑をたがやし、水を汲み、村の特産品である珍しい薬草を取っている。子供は外で走り回っており、時々親に注意される光景が微笑ましい。

 もちろんそれだけではない。

 それぞれがそれぞれの日常を満喫まんきつしている。

 ありふれた日常、いつも通りの毎日。


 そんな平和な時間が壊されたのは、村の見張りをしている者が非常用のかねを鳴らした時だった。


「なに!?アンデッドの大群だと!?」


 この村の村長の家から村長である男の低い大きな声が家の外まで漏れる。それは驚きと焦りが入り交じった声だった。


「はい!多すぎて正確な数はわかりませんが恐らく数百はいるかと・・・」


「数百ッ・・・!」


「アンデッドは突然現れ!東の方向からすでそこまで来ております!」


「な、なんということだ!急いで住民を避難ひなんさせろ!そして自警団じけいだんは少しでも長くアンデッドを抑えるんだ!」


「はい!」


 報告をしていた男は急いで返事をすると直ぐさま村長の家から出ていった。

 残されて家に一人になった村長は盛大に顔をゆがめていた。

 アンデッドの大群に襲われるなど初めての事だ。この村も他と同様に魔物に襲われた事は当然何度かある。だがそれもせいぜい十体前後の規模だ。その度に自警団の男たちが必死に何とかしてきた。もちろん自警団だけでは無理な時もあった。その時にはハンターに依頼して対処してもらってきた。

 しかしそれらの問題が解決できたのは時間があったからだ。自警団で時間を稼げる程度だったからだ。今回は違う。数百なんて規模の魔物をたかが村の自警団程度が抑えられるはずがない。

 

「くそっ!一体なんなんだ!」


 村長は誰もいない家の中で誰に対してでもない文句を叫びながらも、部屋の隅にある箱から一冊の分厚い本を手に取った。


 それは魔法が込められている本。"魔道書まどうしょ"だ。これは一見するとただの本に見えるが、これは魔法を込めることにより使用者が魔法を使えなくても込められている魔法を使う事が出来るという物だ。

 ただ何度も使える訳ではなく魔導書には使用できる回数が決まっており、決められた回数使用すると魔導書は燃えて灰になってしまう。そんなマジックアイテム。


 なぜ村長がその魔導書を持っているかと言うとこれはハンター組合から支給された物だ。

 通常は依頼を申請しんせいする際、直接王国の組合に出向いて行わなければならないものだ。しかしそれは通常の場合。

 緊急性きんきゅうせいが高い依頼の場合はわざわざ組合に直接出向くなんて時間がない場合がほとんどだろう。

 そのため王国の組合は緊急事態に対して、組合に直接連絡を取れる手段として連絡ようの魔法が込められた魔導書を王国周辺の各村々に配布しているのだ。


 村長はその魔導書をさっそく使用する。

 魔導書が開き、本が光る。5秒もしないうちに連絡魔法が発動し、組合の連絡部署へと繋がった。


「ハンター組合か!ドカセン村の村長だ!緊急事態だ!村が大量のアンデッドに襲撃しゅうげきされていてもうそこまできている!早く!出来るだけ早くハンターを寄越よこしてくれ!!」


 村長の必死の叫びは王国のハンター組合にしっかりと伝わり、緊急依頼として受理された。








「はい。これでこの依頼は終わりです。次、行きます?」


「ああ、よろしくたの―――」


 カケルが今日の2つ目の依頼を終わらせた所に、彼の言葉を遮ってある男が話しかけてきた。


「少しいいか?君が噂のブラックボルト。カケル・サカシタ殿でいいかな?」


「・・・はい。そうですが」


  カケルとしてはいつの間にかそんな異名が付いているのに少しだけ不満があるため「違う」と言いたいところだった。しかし使っている偽名を出されては違うとは言えなかった。

 その男は筋肉質の身体をしているがどこか年老いて感じる。だが武器や防具を装備していないのでベテランのハンターとい訳ではなさそうだ。防具の代わりに少し高そうな服を着ている初老の男は真剣な顔でカケルに軽く頭を下げた。


「すまないカケル殿!直ぐにコチラに来てくれ!」


 男の迫力に押され頷くと、すぐに別室べっしつへと連れられた。訳が分からないまま連れてこられたカケルは椅子に座る様に進められ、高そうなソファの様な椅子に腰を下ろした。

 部屋にはカケルと先ほどの男がいるだけで他には誰もいない。男もカケルが座ったのを見るとその対面に座った。


「まずは自己紹介をしよう。私はここの組合長"ベトラン・リドシップ"だ。この度は急に呼び出してすまない。どうしても君に頼みたい事があったのだ」


 丁寧に頭を下げたベトランを見つめたままカケルは彼の話の続きを黙って聞いた。


「先ほどドカセン村という所から緊急の連絡が入った。村が突然現れた大量のアンデッドに襲われてるらしいのだ。しかしその村はこの国から馬を走らせても1日程掛かる所にあるため、とても今直ぐには行けない。そこで、君だ。君の噂は聞いている。1日に複数の依頼を受け、全てをその日の内に終わらせると。君にも言いたくない事があるだろうからこの際どうやって移動しているのか等は一切聞かない。ただ今すぐにその村に行けるのはおそらく君だけだ。どうかこの依頼を受けてほしい」


 言い終わるのと同時にベトランは頭を下げた。魔物の大群が村を襲っている。そう聞いたカケルは少しだけ顔つきを変えた。


「その村の場所を教えてください」


「ああ、もちろんだ。ここに地図がある」


 ベトランは地図を広げると村の場所を説明する。組合長である彼はカケルの専属の受付嬢から事前にある程度の情報を貰っており、カケルが文字を読めないという事は知っていた。

 そこはこの国の西南西辺りにある村で、魔物に村を襲われ居場所をなくした人たちを多く受け入れている村だ。そのため他の村より大きく、人も多い。


「わかりました、引き受けます」


「おお!引き受けてくれるか!ありがとう!」


「では、俺は直ぐにでも出発しますので面倒な処理などはそちらでお願いします」


「ああ、そちらに関しては任せてくれ。報酬もしっかりと用意させてもらう」


 ベトランの言葉に返事をする間もなく、カケルは組合を出て行った。そしてすぐにアドルフォン王国もでてドカセン村に向かう。今回は緊急ということもあり本気で走る。

 走っている最中、煙が見えた。恐らく例の村から上がった煙だろう。煙を確認したカケルは速度を上げた。



 カケルは村の柵と一緒にいくつかの家を飛び越え、上空からあたりを見渡す。このあたりの村人は避難したのか、争った形跡や血痕などは見当たらない。しかし遠くの方でうごめく物を見つけた。

 アンデッドの大群だ。村の一角がアンデッドの波に飲み込まれているのだ。その光景を見た瞬間、そこに向かって跳んだ。

 だんだん鮮明になってくるアンデッドの大群の中、アンデッドではない者を見つける。アンデッドと戦っている数人の村人とその場所から必死に逃げようとしている村人だ。

 ハンターの物に比べたら質素しっそな鎧と剣を握りアンデッドと戦っている。


 彼らはこの村の自警団。逃げ遅れた村人の為に必死に時間稼ぎをしているのだ。しかしアンデッドの数は全く減らない。自警団が相手にしているアンデッドの後ろに何百という数のアンデッドが絶えずに向かってきている。少なくとも自分は助からない。まさに絶望的な状況だ。

 そんな絶望的な状況のなか何かが彼らとアンデッドの間に落ちてきた。


「俺はハンターだ。ここは俺に任せてお前達は避難しろ」


 "ハンター"という言葉を聞いて自警団の面々は一瞬希望に満溢れた顔をするが、直ぐにそれは一変する。

 それはカケルが1人だったからだ。

 この緊急事態にこんなにも早く駆けつけてくれたのは本当にありがたい。だが、1人ではこの数のアンデッドは無謀すぎる。幸い突然現れた男にアンデッドも驚いているのか急に動きが止まったが、すぐにまた人間を襲い始めるだろう。


「お、おい、あんた!他に仲間はいないのか!?」


 この場に居ないだけで彼の仲間が近くにいるかもしれない。その可能性を考え、自警団の一人がたった1人のハンターに質問した。


「俺、1人だ。」


 だがカケルは事実を返す。

 1人しかいないのなら仕方ない。ここは協力してもらい、住民が避難する時間を少しでも長く稼ぐしかない。そう考えた自警団の一人はカケルに提案をする。


「すまないが、1人でこの数を相手にするのは無理だ!ここは協力してこいつらを―――」


「いいからお前達は避難しろ!ここは俺だけで十分だ!」


 自警団の男の声を遮ってカケルが叫んだ。

 その発言に込められた威圧感に自警団は言葉を詰まらせる。


 自警団に所属しているとは言え、彼らもただの村人だ。魔物を倒す事を専門としているハンターとは違い、魔物に対して通用する技術も力もあるとは言えない。それにできる事なら自分達も命がおしい。

 自警団はたった一人のハンターの自信とハンターという職業を信じ、彼の言うとおりここは彼1人に任せて自分は住民と一緒に避難することに決めた。


「わかった!頼むぞ!!」


 自警団は戦う事を止め、怪我人を背負い、一目散に走って行った。

 彼らが走って行き、姿が小さくなった所でカケルは一つため息を吐いていた。


「さて」


 カケルは大量のアンデッドの方に向き直る。

 自警団と会話してた時には既に気が付いていたが、アンデッド達は先ほど自警団が戦っていた時が嘘のように動かなくなっている。彼らも焦っていたのが幸いしたのか、アンデッド達が動かなくなっている事を不信に思われなくてよかったと今更ながら思った。


「どうするかな」


 彼らが襲っている理由はなんなのか、何か目的があるのか。

 これだけの数をそろえて襲っていたのだから計画的な物だろう。


「とりあえず」


 色々と考えるが事実を知るためには本人達に話を聞かないといけない。その為にはまず、話せるアンデッドがいるかどうかが重要になる。ジャックを呼び出せば通訳をしてもらえるのだが、毎回彼を頼るのは気が引ける。それにこれだけの数がいるのだから一体くらいリックの様に話せるアンデッドがいるかもしれない。

 期待を持って誰か話せるアンデッドがいないか聞こうとする。


 しかしカケルが口を少し開けた瞬間。目の前にいた全てのアンデッドが一斉にひざまづいた。

 数百体のアンデッドが同時に跪いた事により、跪く時に発せられる小さな動作音は何倍にも大きく、誰もいなくなった村に響いた。




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