第19話 魅了


 カケルはひざまづいたアンデッド達に対して事情聴取じじょうちょうしゅを行っていた。結局アンデッド達の中にカケルと話せるアンデッドは居なかった。そのため今回も小さいジャックを呼び出し、通訳してもらっている。


「で、何でこの村を襲ってたんだ?」


 カケルがアンデッド達に問いかけるが帰ってくる答えはうめき声のようなもの。これは魔物には言葉に聞こえるのかも知れないが、残念ながらカケルはそうは聞こえない。そこですかさず小さいジャックが通訳を行ってくれる。


「魔人サマ。ドウヤラコノモノ達ハアヤツラレテイタヨウデス」


あやつられていた・・?今は操られてないのか?」


「魔人サマヲ一目見タ時ニ目ガ覚メタヨウデス」


 自分にそんな効果があったとは・・・。一体魔物から俺はどう見えているのか?と疑問に思うカケル。だがその話はまた別の時に掘り下げよう。今はこのアンデッド達だ。


「操られていたというのはやっぱり魔法、か?」


「コノアンデッド達の証言ショウゲンヲ聞ク限リデハ魔法カト」


 魔物を操る魔法。そんなものがあるのか。カケルは一気に不安になった。

 何故なら、村の魔物が操られてしまったら・・・。と想像してしまったからだ。

 もしジャックが操られてしまったら・・・

 もしリックが操られてしまったら・・・

 彼らだけではない。パブルが、グレムが、村にいる皆が操られてしまったら・・・

 もしもマサムネが操られてしまったら・・・

 最悪を考えてしまい、思わず殺気が漏れそうになる。だがジャックが「魔人サマ?」と声を掛けてくれた事でハッとなり、カケルは瞬時に頭を振りその嫌なイメージを消滅させた。


「お前らを操った犯人はわかるか?」


「人間ノ少女ノヨウナ人物ダッタト言ッテイマス」


「少女?」


 少女。つまり子供。

 子供がアンデッドの大群を使って村を襲わせている?しかしイタズラにしては度が過ぎてる行いだ。実際に死人も出ている。それほどこの村の住人に恨みでも持っていたのだろうか。

 少女だと聞いてカケルが犯人の動機どうきについて考えていると―――


「お前!そこのお前!!何者だ!」


 少女ような子供特有の高く、幼さが残るような声が聞こえて来た。

 カケルは声のした方向を見てみる。

 そこには黒い服を着た空を飛ぶ少女がこちらを睨み付けていた。 





 カケルが村を襲うアンデッド達に接触する少し前。

 村の近くの岩影いわかげに1人の人物が身をひそめていた。


「順調だな」


 彼女は名前は"ジュディア"。

 彼女は手には透き通った透明の水晶玉があり、それをながめながら嬉しそうに微笑んでいる。その水晶をよく見てみると、中心にはの炎の様なものがある。そしてそれはほんの少しずつだが大きくなっている。


「ふふっ」


 彼女は水晶の黒い炎が大きくなっているのを見て、思わず微笑む。余程嬉しいのかその後、鼻歌まで歌いだす。

 これを誰かが見たら、キレイな水晶に見とれて鼻歌を歌っている可愛い少女にしか見えないだろう。


(ククク。怯えろ、恐怖しろ。そうすれば普通に死んだ時より多くの"魔の力マリス"が溜まる。村人が逃げようが問題ない。人間と違って疲労のないアンデッドは止まることはないからな。すぐに追いつく。さらにこのこの村の近くに他の村はない。奴らに逃げ場などないさ)


 彼女の作戦通りに事が進み、思わずクククと笑い声がもれてしまう。

 だがその浮かれた状態は突然、終わりを告げた。


「ん?どうした?」


 先ほどまで順調に大きくなっていた水晶の炎だが、だんだんとその成長がゆっくりになりやがて止まったのだ。見間違いかと思い、目をこすって改めて見ても成長が止まっている。どれだけ目を凝らして水晶を見ても大きくなることはなかった。


(一体なにが起きた!?アンデッドが村人を全て殺したのか?いや、それなら村人の人数からしてもっと炎が大きくならないとおかしい。なら村人に逃げられたか?いや、あの村の自警団程度ではろくな時間稼ぎにもならないハズだ。だとしたら・・・私のアンデッドの軍に何かあったとでもいうのか!?)


 自分のアンデッド達に何かあったのなら自分で様子を見に行くしかない。彼女はすぐに魔法を唱える。


「《飛行/フライ・アップ》!もうっ、せっかく順調だったのに!一体なんなんだ!」


 ぶつぶつと文句を言いながら彼女は自分のアンデッドの軍勢の元に全速力で飛んで行った。

 彼女が隠れていた場所はドカセン村からさほど離れていない。

 その為すぐに村が見えて、自分のアンデッド達に起きている異常を見ることが出来た。


(なっ!?一体なにが起きている!何故、私のアンデッド達があの男に跪ついている!?あの男は一体なんなんだ!!)


 その光景を見たジュディアは混乱していた。

 何故か自分のアンデッド達が、1人の男に対して跪ついてるという驚きの光景。

 様々な考えが頭の中で浮かんでは消えていく。

 そして彼女はたまらずその男を睨み、声を荒らげて質問した。


「お前!そこのお前!!何者だ!」


 男は飛んでいる彼女を見上げる形で両者の目が合う。


「お前こそなんだ?」


 男は彼女を見つけると返事を質問で返してきた。だが、こちらから聞いといてあれだが、彼女は男の質問に答える気は全くなかった。自分の事を、魔王教の事を、魔王教自分達の企みを知られる訳にはいかないのだ。


「答える気がないのなら結構!アンデッドども!その男を殺せ!」


 彼女の言葉がアンデッド達に伝わる。だが、アンデッド達は全く動かない。男の前で跪ついてる状態からピクリともしない。


「ちっ!《死者限定誘惑/アンデッド・テンプテーション》!その男を殺せ!!」


 こちらの言うことを一切聞かなくなったアンデッド達に対して魔法を使用する。

 "《死者限定誘惑/アンデッド・テンプテーション》"これはアンデッド系の魔物を魅了みりょうし自身にしたがわせる事ができる、が使用できる魔法だ。

 彼女はこの魔法を用いてアンデッドの軍勢ぐんぜいを操り、この村を襲撃したのだ。


 現在のジュディアの練度ではこの《死者限定誘惑/アンデッド・テンプテーション》で操る事が出来るアンデッドは中位まで。上位のアンデッド以外は全てのアンデッドを魅了できる。

 彼女もいずれ上位のアンデッドを操りたいと思っているが、なにせ上位のアンデッドは中位のアンデッドよりも個体が少ない。それに加え強さが一定ではないため今のジュディアの練度では上位のアンデッドを操る事は出来ない。

 その為この場に連れて来たのはほとんどが下位のアンデッド。中位のアンデッドもいくらか含まれているが問題ないハズである。この魔法は上位以下のアンデッドを全て魅了する。


 するハズ・・・なのだが・・・。


「な、何故言うことを聞かん!?」


 アンデッド達は一向に動こうとはしない。

 男の前で跪ついたままだ。ジュディアはその事に驚きを隠せない。

 実は彼女の魔法はアンデッド達にしっかり掛かっていた。掛かっていたのだが、彼女では今のアンデッド達を魅了みりょうしきれなかった。それだけだ。


 1人の男がいるとしよう。男の前に世界で一番美しい女性が現れる。そしてその後、世界で10番目だか、20番目だかの美しい女性が現れる。

 その後に男にこう質問する。先ほど現れた2名の女性どちらか一方と付き合えます、どちらを選びますか?、と。

 この場合その男はどちらを選ぶか。

 それは当然、最初に見た世界で一番美しい女性だろう。一部例外を除けば皆同じことを言うだろう。


 つまりはそういう事だ。アンデッド達はすでに従えるべき最高の人物に出会っている。運命の出会いをしたのだ。

 その心は固く決まっており、そんじょそこらの者が魔法やらなんやらで化粧けしょうして誘惑ゆうわくした所でくつがえる事は決してないのだ。


「くっ!こんなはずではっ!」


 こんなはずではなかった。もしこの場所にこんなイレギュラーがいなければ今頃、作戦は成功して魔の力マリスが溜まった水晶を他の仲間に見せびらかしていた所だろう。

 悔しさが込み上げる。


(クソッ!やつが何かしたのか!こうなったら私が自分で戦い、奴を倒すしかない。剣をぶら下げている所を見るとおそらく戦士タイプ。ならこのまま上空から魔法で一方的にいたぶってやればいいだけだ。例え奴が魔法の使える魔法戦士だったとしても、空を飛べる私はいくらでも距離を離せる。遠距離戦で私が負ける事は―――)


 しかしここから考える暇はなかった


「お前が今回の犯人か」


「・・・え」


 ジュディアは今、魔法を使って高さ20m辺りにの所で浮遊ふゆうしているのだ。そこには足場なんて物は存在しない空中だ。そんな状況で何故後ろから声がするのか。その事を考えてしまった為に反応が遅れた。まぁ遅れなかったからといってどうにかなる訳ではないのだが。


「ぐわっ」


 男は片手でジュディアの首根っこをがっしりと掴み、そのまま地上へと引きずり下ろした。


「よっと、お前達を操っていた犯人はこいつか?」


 男は首根っこをもったまま、まるでぬいぐるみでも持っているかのようにジュディアをアンデッド達の前に差し出した。


「オァァ」


「ソノヨウデス」


 うめき声しか出せないアンデッドに続いて、小さい木が肯定こうていした。


(なっ、こいつはトレント!?小さいが確かにトレントだ。森の番人が何故こんな所に!)


 今だ首を捕まれているジュディアがトレントの存在に驚く。

 見た所このトレントもこの男に支配されているようだ。一体この男はどれだけの魔物を支配しているのか・・・。

 自分と男の力の差を思い知ったジュディアはすぐにここから逃げる事だけを考える。

 幸い男は彼女をどうするか悩んでいる様だ。男の口から報告という言葉が出たためこの男も何らかの組織に所属している可能性がある。大方今回の件をどう報告するか迷っているのだろう。


(逃げるならこいつがのんきに悩んでいる今しかない。こんな所で使いたくなかったがやむを得ない!)

 

 彼女は自分の腹にある印に魔力を集中させた。彼女の腹には奇妙なマークが書かれていた。

 これは"術式じゅつしき"と呼ばれるものだ。体に魔法を込めたマークを刻む事で込めた魔法を詠唱なしで、任意のタイミングで発動させることが出来る。だがその魔法の発動は一度きり。一度発動すればその術式は機能を失ってしまう。さらに一度術式を体に刻むと、再び術式を刻む事はできない。

 しかし彼女はそのリスクを負ってでもこの場から逃げ出す道を選んだ。

 彼女の腹に刻まれた術式が光る。服の中で光っているため男に気が付かれることはない。

 そして術式が起動する。次の瞬間、彼女はその場から消え去った。


「なに・・・!?あー、また魔法か?」


「・・・イエ転移系ノ魔法ダトハ思イマスガ、詠唱ガ聞コエマセンデシタ。恐ラク、マジックアイテム類イカト」


「そんなのもあるのか・・・ちょっと魔法って便利すぎじゃないか?」


 男は犯人に逃げられたというのに呑気のんきに小さいトレントと話していた。


「犯人には逃げられてしまったが、仕方ない。次の機会にするか。それよりこいつらをどうするかだな」


 その後しばらくして1人のハンターが避難した村人に安全だという事を説明し、村に人が戻った。そして驚くべきことに村人が村に戻った時には、アンデッドの骨一本もなかったという。





「どうしたのだ、ジュディア。緊急きんきゅう招集しょうしゅうとは・・・よほど作戦が上手く行ったのか?」


 薄暗い部屋の中で8人の男女が集まっている。

 その8人の中で、余裕がない人物が1人。この緊急召集を行ったジュディアである。

 彼女1人だけが余裕のない、暗い表情をしていた。


「・・・まずは結果を言おう。作戦は失敗した」


「なに!?」


 ジュディアが重そうに口を開き発言した。

 そして彼女から放たれた言葉に周りは驚きを隠せないでいた。


「ははっ!あれだけのアンデッドを率いて失敗とか!何をどうしたら失敗できんのさー!」


 1人女性がジュディアをバカにする。

 だが、バカにしていた彼女もジュディアの次の言葉を聞いて黙ってしまう。


「アンデッドの軍か・・・それはうばわれてしまったよ」


「は、はぁ!?」


 いつもならお互いに嫌味を言うハズだがジュディアにはそんな気力は残っていなかった。

 ジュディアは驚いた周りの反応を無視して話を続けた。


「それに、使いきりの術式まで使ってしまった。大損だ」


「ま、まて一体何があったというのだ!」


 1人の男が、この場にいる誰もが聞きたい疑問を口にだした。


「もちろん何があったかは話す。これは私だけの問題ではないからな」


 そしてジュディアは一呼吸おいてから全てを話した。

 何が起こったのか、何をされたのか。

 全て事実の通りに話した。


「話はわかった。しかし、その話は本当か?」


「残念ながら本当だ。そもそもこの場で私が嘘をつく理由がないだろ」


「確かにそうだけど、その話が本当だとするとその男は・・・」


「ああ、そうだ。奴は恐らく、我々より優れた魔物使いだ」


 その後始まった緊急会議は様々な意見が飛び交いいつもより長く続いた。


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