第15話 初仕事

 

「これは・・・忘れていたな」


 悟改め、カケルはある問題に直面していた。

 それは文字が読めない事だった。もちろん元の世界の文字ではない。この世界の文字だ。

 リックに翻訳魔法を掛けてもらっているが、それはあくまでも言葉の翻訳だ。相手の言葉が分かるようになりこちらの言葉が相手に分かるようになるだけだ。だから、魔法の効果は視覚までには及ばない。

カケルはたくさんの依頼書が張られているボードから一枚剥がし、依頼書をにらみ付けるがそこにはよく分からない言語が書いてあるのみで読むことはできない。


(どうするか、これではどんな依頼か分からない。受付にでも聞くか?・・・いや、そうだな。ここは適当な理由をつけて受付で聞くのが一番早いか・・・)


 カケルは先ほど手に取った内容も分からない依頼書を受付のカウンターに持っていった。そして受付嬢に文字が読めない事を話した。受付嬢は最初は疑問に思っていたが文字が読めない人がたまにいるらしく、カケルが話した「もの凄い田舎の出身で文字が読めない」という理由に納得してくれた。


「では、説明します。こちらの依頼はファトス村のヘカッド・ヘッジ村長からの依頼になります。依頼の難易度はB。内容は数日前に村の墓地ぼち付近ふきんで目撃された"アンデッド・ナイト"2体の討伐になります」


「なるほど。因みにそのファトス村はどちらにありますか?」


 カケルにこの世界の地理の知識などあるハズがない。故に村の名前を聞いてもピンと来ないのは当たり前の事だった。

 普通、ハンターならその程度の情報は自分で集めるのが常識だ。しかし今回の場合は例外にあたる。

 受付嬢は目の前の文字の読めないハンターを見て「文字が解からない田舎者がこの辺の地理を知らないのは当たり前か」と察し、心の中でため息を吐く。そして何処からもなく地図を取り出すと受付のカウンターに広げ、口頭で説明をしはじめた。


「こちらの南門から出て北西ほくせいの方角に徒歩で1日半、馬だと3時間ほど掛かる場所になります」


「・・・なるほど。では、この依頼を受けたいと思います」


「わかりました。ではこちらの依頼で受注手続きをおこないます」


「よろしくお願いします」


「移動には馬を使いますか?よろしければ手配しますが」


 その提案にカケルは少し考える。

 カケルは自分の記憶をさかのぼるが、もちろん馬に乗った記憶はない。さらに馬をどう動かすのか、馬をどう操ればいいのか等の知識も当然なかった。それに馬のレンタルだって無料ではないし、馬に怪我や馬が居なくなるなんて事があれば賠償金を払わなければいけないだろう。元の世界での車のレンタルと同じだ。

 おそらく馬に乗れない事はない。だが色々と万が一のリスクの事を考えると今回は止めといた方がいいだろう。それに

 考えた結果、馬はいらないという選択になった。 


「いえ、馬は結構です」


「わかりました。はい、受注完了しました。」


「ありがとうございます」


 カケルは受付嬢にお礼を言い、組合を後にする。そしてすぐに南門へ向かった。

 普通は受注した依頼内容によって情報や道具、場合によっては装備などを準備をするため出発まで1日前後は掛かるハズだ。魔物との命のやり取りをするのだから準備を徹底するのは当たり前の事だ。

 しかしカケルにはハンターの必須アイテムである"ポーション"や様々効果がある"マジックアイテム"などの知識はあるはずもなく。装備も自分の愛刀から変えるつもりは微塵もない。

 特に準備をする事はなかったカケルはそのまますぐに南門に向かい、アドルフォン王国を出発した。





「馬で3時間って言っていたが・・・どういう計算の仕方なんだ?」


 受付嬢から聞いた話では徒歩で1日半、馬だと3時間ほど掛かる場所との事だった。だが身体能力が異常なほど高く、達人級の技術を持っている人間が走った結果。1時間ほどで目的地のファトス村に到着したのであった。

 馬は確かに早い。しかし馬は休憩させなければいけないのだ。受付嬢の言った時間は馬の休憩を含めた上での掛かる時間だったのだ。当然そのことを知らないカケルは疑問に思う。


 カケルの目の前にはファトス村がある。木製の家がいくつもあり、離れた場所には畑が見える。一般的な開拓村だ。

 村に入ると村人に自分が依頼を受けたハンターであることを伝えて、村長の家まで案内してもらった。


「おお、あなたが今回の依頼を引き受けてくれたハンターですか?」


「はい。早速ですが今回の件の詳しい場所を聞いてもよろしいですか?」


 村長の家を訪ねると中からは少し太った、丸い体形をした中年の男が出て来た。この男が今回の依頼主であり、この村の村長である"ヘカッド・ヘッジ"村長だ。


「もちろんですとも!場所は少し離れた所にある墓地です。このままここを真っ直ぐ行った所にあります。近くの村との共同墓地なので普通より大きいからすぐにわかりますよ」


「分かりました。では行ってきます」


「よろしくお願いいたします」


 カケルが一人で共同墓地に歩いていくのを村長は頭を下げて見送った。





「あれか」


 村長に聞いた通りに歩いていると墓地が見えてきた。そしてそこには今回の依頼の目的である2体の動く死体が徘徊はいかいしていた。

 そのアンデッドは皮膚や筋肉などが一切存在しない骨だけの体で人間より一回り大きく、体長は2mほどある。錆びたボロボロの防具を部分的に装備しており、一体は全長1.2mほどで普通の剣より長い柄と両刃が特徴のロングソード一種"バスターソード"を手にしている。もう一体は、全長80cmほどで柄の部分に籠状かごじょうの保護具が特徴の剣"ブロードソード"を持っている。


 その容姿を見てカケルは恐らくあれがアンデッド・ナイトだろうと断定だんていする。さらに観察していたカケルの達人としての目があることに気が付いた。2体とも違った武器を手に持っているが、いい加減に持っている訳でなくそれぞれの武器にをしているのだ。その事に気づき無意識に少しだけ警戒を強めた。

 2体のアンデッド・ナイトは墓地の付近をウロウロと目的もなく徘徊しているだけで特に何かをする様子はない。


「話ができると一番いいんだが・・・」


 カケルは2体のアンデッド・ナイトに近付いて行く。ある程度の距離まで近づくとアンデッド・ナイト達もカケルの存在に気付いたようで、カケルの方に向かって歩き始めた。

 カケルは一応最低限の警戒はしているが、基本的に何もしないつもりだ。

 そしてアンデッド・ナイト達とカケルとの間の距離が5m程になった所で―――


 ―――アンデッド・ナイト達はその場でひざまづいた。


 それを見たカケルは前に見た光景だな。と、トロル達に出会った時の事を思い出す。

 そして2体のアンデッド・ナイトに声を掛けた。


「どっちか喋れたりするか?」


 カケルの知り合いのアンデッドはリックだけだが、リックは一応喋ることができた。アンデッドという種族で前例があるのでもしかしたら目の前のアンデッド達も喋れるのではないかと考えた。

 しかしアンデッド・ナイト達はお互いに顔を見合わせ、首をかしげた後「オアァァ」という2体分うめき声を返すのみだった。

 その返事にカケルは「そうか」と返して、一本の木の枝を取り出した。

 この枝はジャックの枝だ。この枝を地面に差せばジャックと会話できるのだが、今回はそれを利用してジャックに通訳をしてもらうつもりだ。


「オ呼ビデショウカ。魔人サマ」


「ジャック。すまないが彼らの通訳をお願いできるか?」


「通訳デスカ?」


 地面から生えている小さなジャックは自分の体を器用に回転させ、自分の後ろにいた2体のアンデッド・ナイトの方を確認した。


「ナルホド、ワカリマシタ。オ任セクダサイ」


「よし。ではアンデッド・ナイト達、少し話そうか」


 カケルはその場で2体のアンデッド・ナイトと話をした。近くの村から依頼を受けて討伐しに来た事と村を作っている事について。そしてこの場所から移動してもらわなければいけない事を話した。

 話した事でこの場所から移動してもらえることになったが、彼らに行く当てはないらしい。そこでカケルは自分たちの村に来ないか?と提案した。


「もちろん強制してるわけじゃない。お前たちがよければだが」


 アンデッド・ナイト達は再びお互いに顔を見合わせると、同時に声を出した。

 

「そうか、なら歓迎するよ。これからよろしくな」


 カケルはアンデッド・ナイト達と握手をするために手を差し出す。それを見たアンデッド・ナイト達はどうすればいいのか解からずオロオロと戸惑った様子を見せたが、カケルが説明したことで無事に握手を成功させた。 

 こうしてアンデッド・ナイト達はカケルの村に行く事になった。場所はジャックから口頭で説明を受けたため問題ない。カケルはこの後にまだやることがあるのでアンデッド・ナイト達とはここで別れる事になる。


「あ、ちょっと待ってくれ」


「オァ?」


 カケル達の村に向かおうとした彼らをカケルが呼び止めた。


「お前達の一部、その鎖骨の部分をもらえないか?さっきも言ったようにここにはハンターとして討伐依頼を受けてきている。お前達が村に向かうことになった事で討伐する必要はなくなったんだが、それでは依頼が失敗してしまう。そこで討伐したと虚偽の申告をするためにお前達の一部が欲しいんだ」


 話を聞いた二人はお安い御用とでも言うように自身の鎖骨を外してカケルに手渡した。


「すまんな」


 例えアンデッドだろうが、自分の体の一部が無くなるのは嫌な気分だろう。村に着けばリックが治してくれるはずなので一時的ものなのだが、カケルは少し申し訳なく思う。

 こうして魔人カケルの配下になった2人のアンデッド・ナイトは無事に村の墓地から離れ、カケル達の村へと歩いていった。


 2人を見送った後、カケルはファトス村に戻った。

 そのまま村長の家まで行くと家の前に村長がいた。どうやらハンターであるカケルを心配していたようで、カケルを見つけると不安そうな表情が安心したものに変わった。


「おお。ハンター殿!ご無事で何よりです!」


「依頼は無事に終わりました。一応こちらが証拠です」


「確かに。ありがとうございました。それでは報酬をお渡ししますので中にどうぞ」


 村長の家に入ると報酬として依頼書に記載されている"依頼報酬"の欄と同じ額が入った革袋を受け取り、今回の件の依頼書にサインを貰う。

 これで依頼は完了だ。こうしてカケルのハンターとしての初仕事は終わったのだった。

 出ていく際に村の人々にお礼を言われながらカケルはファトス村を後にした。



 アドルフォン王国に帰還したカケルは依頼完了報告をするべく真っ先にハンター組合を向かった。

 ハンター組合に行くと受付のカウンターに依頼を受注する際に話した受付嬢を発見し、彼女なら話が早いだろうと思ったカケルはその受付嬢がいるカウンターに向かった。


「依頼の完了報告に来ました」


「・・・え?」


 目の前に依頼書と魔物の骨を出してきた男の一言に受付嬢は声を漏らした。何故ならつい数時間程前に依頼を受けたハンターだと受付嬢はわかっていたからだ。文字が読めないので代わりに説明するという面倒な出来事が彼女にとって印象的だったため記憶に残っていたのだろう。

 だからこそ驚いてしまった。本来1日以上掛かる依頼なはずなのに、徒歩だと片道で1日半、馬だと3時間は掛かる距離の仕事なのに、目の前の男は3時間程で依頼の完了報告をしに現れた。

 しかもしっかりと依頼書にサインと村のハンコが押されている。どこからどう見ても完了した依頼書にしか見えない。


「た、ただいま依頼主に確認してきます」


 受付嬢は困惑したが、ここは仕事のマニュアルにしたがって依頼主に確認を行うことにした。

 確認方法はである連絡魔法を使用する。この魔法は遠く離れた者と会話が出来る、いわば電話みたいなものだ。電話と違うのはそれが魔法だということ。受話器や電話線など存在せず、ただ魔法を唱えるだけだ。だが、その魔法を誰でも使用できるという訳ではない。この魔法は儀式魔法であるためある程度魔法に長けた魔法使いが複数人集まってようやく発動できる。その為、使い勝手がいいとは言えない魔法だが、他に代案だいあんがなかったハンター組合はこの方法を採用したのだった。

 受付嬢は依頼書を片手に、連絡魔法用の部署の部屋を訪れた。


「あの、この依頼主に完了の確認をお願いします」


「場所は・・・ファトス村ですか。分かりました」


 彼らの制服である、緑と黒が貴重のローブを着た人だらけの部屋のなかで入り口付近にいた男に依頼書を手渡す。受け取った男は依頼書を確認すると、同じローブを着て円を組んでいる者の一人に口頭で伝えた。その後すぐに円を組んでいた魔法使い達が同時に何かを唱えると魔法陣が現れる。そして一人がまるで誰かと会話している様に話し始めた。

 その会話は数秒で終わり、魔法陣が消えると先ほどの男が受付嬢の元までやってきた。


「完了の確認はとれました」


「そ、そう・・・ですか」


「ん?どうかしましたか?」


 男が受付嬢の口ごもった返事を疑問に思う。


「い、いえ何でもないです!」


「そ、そうですか」


 慌てた為つい声を荒らげて返事をしてしまう。少し大きな声を出して注目を浴びてしまった彼女は少し恥ずかしくなり、視線を振り切るように受付のカウンターへと戻っていった。


「お、お待たせしました。確認は取れましたのでこれにて依頼は完了です。お、お疲れさまでした。こちらが"討伐報酬"になります」


「ありがとうございます」


 

 実は依頼の報酬は組合が出す"討伐報酬"と、依頼主が出す"依頼報酬"の二つに分かれている。依頼報酬は名前の通り依頼主が直接出す報酬の事だ。今回カケルが村長から貰った報酬がそれに当たる。そしてたった今受け取った討伐報酬についてだが、これは場合によって報酬額が増減する。減る場合は主に討伐対象の指定部位がなかった場合だ。この場合討伐したかどうかの確認方法が依頼主の証言だけになってしまうため不確かなものになるからだ。他にも様々な理由で減額が起こるが、基本的には魔物の討伐に関係する。増減の場合は逆で依頼にはない魔物の討伐などで増える。現在の依頼の報酬の仕組みは基本的にこのようになっている。

 カケルは受付嬢から討伐報酬を受け取ると、再び彼女に話しかけた。


「すみません。お願いがあるのですが、いいでしょうか?」


「え!?あ、はい。何でしょうか?」


「いえ、前に言いましたが自分は文字が読めません。その為、依頼書を見ても依頼内容を確認できないのです。ですので、貴方に依頼を見繕みつくろって欲しいのですが・・・」


「わかりました。そういうことでしたらお受けします。何か依頼の条件などはありますか?」


「それでしたら難易度は問わず、比較的場所が近い依頼をお願いします」


「わかりました」


 カケルの代わりに依頼書が貼ってあるボードに向かった彼女は少しして一つ依頼を持ってきた。

 内容はサンド・ゴーレムとロック・ゴーレムの群れの討伐、または撃退。依頼の難易度はB。場所も先ほどの村と大体同じくらいの距離との事だ。

 内容を聞いたカケルはその依頼を受けることにした。


「では、受注手続きを行います。移動は・・・どうしますか?」


「今回も馬は結構です」


「そ、そうですか」


 「馬を使わずどうやって片道1日半掛かるハズの道のりを短時間で移動したんだ!!」と言いたい受付嬢だったが、今は仕事中のためそんな事は言えず。今回も馬はいらないという答えに苦笑いをするだけだった。


「戻ってきたらまた報告します」


 そういってカケルは再びハンター組合から出ていった。


 それから4時間程たった頃またもその彼が先ほどの依頼の完了報告をするべく彼女の所に来た。前回と同じように確認作業をして報酬を渡し、また依頼書を見繕う。そしてまた依頼に向かう。

 その受付嬢はその後1日中、苦笑いがえなかった。


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