第35話 特訓の成果


 アドルフォン王国に戻ったカケルはハンターとしての依頼を受けずに、エリカの訓練の方を積極的に行っていた。


「・・・一回模擬戦もぎせんやるか」


 戻ってきて4日目。エリカの訓練の区切りが良いところでカケルはそう言った。


「え?それはちょっと早くないか師匠」


 以前に下手な敬語はやめろと言われてからは彼女らしい口調でエリカは話していた。

 タオルで汗をぬぐいながらカケルの提案に疑問を投げ掛ける。

 模擬戦をする理由がわからないがエリカは生まれて初めて誰かに剣術を、強くなる方法を教わっている。素人の自分がわからないだけでこのタイミングで模擬戦をやる必要があるのかもしれない。

 思わず反射的に何故か聞いてしまった後で、エリカはそう考えた。


「エリカの成長速度が想定よりずっと早いからな。ここらで一回、実戦形式の戦闘をはさもうと思っただけだ」


「え?」


 エリカの疑問の答えは意外なものだった。カケルはエリカの成長速度は早いと言ったが、エリカにはその自覚がなかった。

 基礎トレーニングと素振り等の基本とも言える物しかやっていない。それに訓練をつけてもらい始めて、まだ数日しか経っていない。

 いくらなんでも人がそんなに早く成長する訳はない・・・ハズなのだ。


「どうした?」


「え、あ、いや、オレってそんなに成長してるかなーと・・・」


「まぁそれを確かめる意味でも1度、模擬戦をやるぞ」


 カケルはエリカから少し距離を取ると木刀ぼくとうかまえた。

 エリカも疑問が残るが、言われた通りやるからには全力でやる。木刀を軽く握りカケルと対峙する。

 少しの沈黙の後、カケルの方から動き出した。

 斜め下からの攻撃。エリカはそれを避けると攻撃を仕掛ける。

 そこから始まった攻防は時につばぜり合いを混ぜながら、模擬戦は続いた。


 エリカは一生懸命にカケルの攻撃を避けるか防いだりして、隙を見つけては攻撃を仕掛ける。

 最初は余計な事を考える事すらできないやり取りだったが、どういう訳か段々と余裕よゆうが産まれてきた。

 カケルの動きの予備動作や視線で次にどんな攻撃をしてくるかが、考えるより先に体で解るようになっているのだ。

 そして自分の攻撃もどのように、どのタイミングで、どこを攻撃するべきか、それらが頭で考えるよりも早く体を動かす事が出来る。

 産まれた余裕は少しずつだが段々と大きくなり余裕が自分の体を動きを、相手の動きを見る事をより一層、鮮明せんめいにする。


 そしてエリカのその余裕がカケルの大きな隙を見つけた。エリカはカケルの攻撃をいなし、その首元に木刀を放った。

 しかしエリカの木刀はカケルの首に触れることなく、カケルが素手で難なく受け止めていた。


「・・・終わりだな」


 カケルが模擬戦の終了を告げる。するとエリカは思い出したように荒い呼吸をし始めた。

 汗は吹き出し、手足が震えている。

 エリカは荒い呼吸をなんとか整えて、先程のやり取りを思い出す。


「うそ・・・」


 自分があそこまで戦えた事が信じられないとばかりに、思わず言葉が出てしまう。

 それもそのはず。数日前、訓練をつけてもらう事になった初日に1度模擬戦をやっているのだ。

 その時は木刀ではなくいつも使っていた真剣だったが、その時の事と比べると異常なほど戦えているのだ。


「人間が出来る動きは限られている。がやっていた素振りは動きを体に覚えさせる為だ。どうゆう態勢たいせいからどういう動きが出来るのか、莫大ばくだいなパターンがあるように見えて実は人間が出来る動きはそんなに多くない。そして相手の動きに合わせて、こちらはどういった動きをすれば良いのか、あの素振りは体にを覚えさせる為のものだったんだ」


 エリカは全身を落ち着かせながらその説明を聞いて感動していた。

 全く凄い内容だ。言われた通りにしっかりやっていたが、こんなに意味があるものだとは夢にも思わなかった。たった数日で、今までの自分の遥か先に進む事が出来たのだ。


「戦いってのは基礎をより固めている方が勝ちやすい。今のがこれまでの訓練の意味であり、その成果だ」


 同時にエリカは心底、彼に頼んで良かったと思った。

 深い水中で、左右上下もわからない自分をしっかりと引き上げてくれる。

 エリカは彼に対する尊敬や信頼、愛情と言った感情が確実に上がったのを感じた。


「今日はもう疲れただろ?明日からは訓練のメニューを少し変えるから、今日はもう終わりにするぞ」


 落ちているエリカの木刀を回収して、カケルは借りている宿屋に戻るべく歩き出す。

 エリカは未だ震えている手足で何とか立ち上がる。


「ちょっと!師匠!待ってくれよ!」


 そして、フラフラしながらもカケルの後を追いかける。その様子はまるで犬のように見えた。



 そして次の日。

 いつもの宿屋の一室で寝ていたエリカはふと目を覚ます。外はまだ薄く暗く、起きた時間帯が日の出前だと理解する。

 早く起きてしまった理由は昨日はいつもより早く訓練が終わったため、就寝時間もいつより早くなってしまったからだろうか。


「んー、どうしようか」


 日が昇るまでまだ時間があるが、1度覚醒かくせいしてしまったためどうにもすぐには寝付けない。

 しょうがないと思いエリカは木刀を手にし素振りを始めた。

 カケルも昨日、基礎が大事だといっていたしやり過ぎなんてことはないだろう。

 この素振りの動きの1つ1つが自分の力になっていると思いながら、しばらく素振りをしていた。


 少し体を動かしたからか再びまぶたが重くなってきた。それを気に自分の借りてる部屋に戻ろうとすると、ついカケルの借りている部屋が目に入る。そのとき、ふとある考えが頭をよぎる。

 ウトウトとしながらも働きが鈍くなっている頭の中でその考えはイメージ化され、それを実現するまでの様々な葛藤が生まれる。

 するとぼーっとしたエリカは何を思ったのかフラフラとカケルの部屋に入っていった。


 ベッドで横になり寝息を立てて寝ているカケル。エリカはそのベッドに近づいて、上からカケルを見下ろした。

 そしてぼーっとしながら1分ほどカケルの寝顔を堪能すると、何を思ったのかカケルのベッドに潜りこんだのだ。ベッドに潜りこんだエリカは横になっているカケルの胸側に自身の背中側を向けてベッドに入っていた。

 そしてそのまま寝息を立てて寝てしまった。



 彼女が目を覚ましたのはそれから3時間後。すでに日は昇り、外は明るくなっている。

 自分の体に違和感を感じたエリカは再び目を覚ました。


「んっんん~」


 軽く欠伸をすると頭が段々と鮮明になってくる。そこで体の違和感に改めて気づいた。

 背中と胸に違和感がある。はてなんだろうか。

 違和感の正体を確かめるため、エリカは自分の胸に目を向けた。

 そこに手があった。胸を包み込むように手が置かれていたのだ。


(なんだ手か)


 違和感の正体が自分の見知ったものである事に安心感を覚える。

 だが、何かおかしい事に気づく。エリカ1度、自分の両手を確認する。自分の両手は確かに存在し、確認できた。

 だったらこの胸を鷲掴わしづかんでいる手はなんなのだ?

 若干の恐怖を感じながら、首を後ろに向ける。


 そこには、カケルの寝顔があった。するとこの手はカケル手である事が解る。

 つまりこの状況がどういうことかと言うと、自分はカケルと一緒に寝ており、カケルの手がエリカの胸を鷲掴んでいる状況だ。


(え?)


 状況を整理してしまったエリカは、驚きを隠せない。

 この状況を理解してしまったため、混乱し始めてしまった。


(な、なんで!?オレが師匠と寝ているんだ!?)


 混乱しながらも時間を掛けて落ち着きを取り戻し、こうなった経緯を思い出そうとした。

 眠たくてうろ覚えだが確かに自分からカケルの部屋に入り、布団に潜り込んだ記憶があった。

 自分でやったことなのに混乱していたのはその時は寝ぼけていたからなのだろうか。

 エリカは大胆な事をやってしまったと、顔を赤くするが、顔を赤く染めただけでこの現状を何とかする様子はない。

 カケルの部屋からはもちろんベッドからも出ようともせずに、ある意味この状況を楽しんでいた。


 エリカの胸がカケルの手から解放されたのはそれから1時間後。

 カケルが目を覚ましたからだ。


「お、おはよう、ござい、ます。師匠・・・」


「・・・・」


 目を覚ますとエリカの顔が写った。

 カケルは一瞬で覚醒すると女子特有の匂いに包まれた布団をはねのけて、部屋の番号を確認しに行った。

 扉を開けて部屋の番号を確認する。そこは間違いなく自分が借りている部屋だった。


「え?なにしてんの?」


 カケルの口からでる当然の疑問。

 今自分たちがいるこの部屋は間違いなく自分の部屋だ。ベッドの傍に置いてある愛刀と自分の荷物、そして部屋の番号その証明だ。

 つまり、エリカがこの部屋に侵入。さらにベッドにも侵入してきたことは火を見るより明らかなのだ。


「えっと。その。これはなんというか・・・そのぉ・・・」


 エリカはばつが悪そうに人のベッドの上でオロオロしていた。

 ここで、「まぁ、いいか。次から気を付けろよ?」とか「とりあえず、出てくれるか?」とかはカケルは言わない。

 この問題は決してうやむやにはしない。エリカが自分の口からこうなった状況と詳しい理由を言うまで質問攻めをする予定だ。

 カケルが部屋のドアから一歩も動かず、ベッドのエリカを見ているのは逃げ道を塞いでいるからだ。


 部屋の唯一の出入口に陣取り、エリカの答を黙って待つ。カケルは別に怒っている訳ではない。ただ気になるのだ。なぜこんなことをしたか。決してエリカをいじめて楽しんでいる訳ではない。

 そして1時間後。自分のしたことを自分の口から正直に白状したエリカは、羞恥心にまみれた表情でカケルの部屋から出て来たのだった。







「昨日言ったとおり、今日からメニューを変える」


 朝にあった事は全く気にせず、カケルとエリカは今日の訓練を始めていた。

 もっとも気にしてないのはカケルだけであり、エリカの顔はまだ少し赤いままだ。


「とりあえず、新しく始める訓練について伝えるぞ」


「は、はい!」


「新しく始める訓練は"殺気"の訓練だ」


「殺気?」


 剣の訓練で殺気とはなかなか聞きなれない事だ。

 一応エリカも殺気については理解している。魔物と戦っている時に、なんとも言えない鋭い視線のようなものを感じる事がある。それが殺気だと認識しているが、そんなものがどう関係するのか。


「まぁいつも通り、まずは俺が手本を見せる」


 カケルはそういうとエリカに向き直る。

 エリカは思わず身構えるが、特に何も起こらない。

 疑問に思っているとそれは突然、襲いかかってきた。


「ひっ!」


 過去に魔物から受けた事のある殺気に似てはいるが、それと比べると放たれたそれはあまりにも重く、鋭いかった。

 カケルが放った殺気はまず、エリカの背後に現れる。

 まるで真後ろにがいて、そのから殺気が放たれていようだ。エリカはとっさに振り向くがそこには当然、誰もいない。

 次に攻撃。振り返ったエリカはまるで誰かが切りかかって来ているような独特の感覚に襲われる。

 今度もとっさに回避行動を取ってしまう。

 しかし視認できない感覚だけの攻撃を回避しきれず、エリカを切り裂かれる幻覚を視た。

 エリカは切られたと幻視したところを思わず押さえるがそこには当然痛みなんてものはなく、切られてもいない。


「ハアッ、ハァハァハァ・・・」


 エリカは味わったことのない未知の体験をして息を切らす。

 座り込んでしまったエリカにカケルによる先程の現象の説明がされる。


「今のが殺気だ。殺気は必ず感じ取れるものだ。それを利用し、相手の感覚を惑わす。簡単に言うと"相手に無理やりイメージさせる力"だと思えばいい。使い方としては攻撃中にフェイントとして使ったりするのが一番だな」


 使。そんな考えに至り、実行する事が出来る人間は目の前の彼だけだろう。

 エリカは冷や汗と油汗あぶらあせを掻きながら、改めてトンでもない人物に教わっていることを実感した。


「まぁ最初は殺気を意識的に出せるようになるところからだな。それが出来るようになったら強弱の出力のコントロール。それができたら、殺気を飛ばすコントロールだ。それも終わったら次は質を高めていこ―――」


 カケルの説明を中断させたのは爆発音だ。


 そこそこ大きい爆発音がアドルフォン王国の方から聞こえてきたのだ。

 2人とも思わずその爆発音の方に目を向ける。

 するとアドルフォン王国の出入口である門がある付近から火の玉が上空に上がり、花火のように爆発した。


「なんだろう?」


 エリカが思わずカケルに質問するがすぐに返事は来なかった。

 一泊から二拍ほど間を置いた後、カケルから返事が来た。


「一応見てくる。エリカはここで待ってろ」


 カケルはそうとだけエリカに伝えて、門の場所まで走っていった。

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