第26話 力を伝えるには


 師匠じじいは自分の流派りゅうは後生こうせいに残していきたいと思っていた。

 そのために俺を誘拐ゆうかいし、強制的きょうせいてきにに俺に殺刀気真流の全てを教え込んだ。

 そして見事、俺は師匠じじいの思惑通りにその流派を完全に体得たいとくしたのだ。


 だが俺はこの流派を次に残そうとは思っていなかった。

 教えるのが面倒だったり、と個人的な理由は色々ある。だけど1つ、大きな理由を上げるしたらそれは俺以外の人物がやると思っていたからだ。

 俺は師匠じじいが俺とは別にもう1人、誰かに教え込むのではないか?と思っていた。

 師匠じじいの願いは自分の流派を伝えていく事だ。それは俺1人に伝えた所で、俺が次に残すとは思わないだろう。師匠じじいは俺がそういうことをしないとわかっていたハズだ。

 だから俺以外の弟子でしを俺が去った後にでも取るものだと、俺は思っていた。


 しかしどういう理由か知らないが俺はこの世界に来てしまい、師匠じじいの死体と出会った。

 あの師匠じじいの死体を元にしたアンデットと戦った後、思った事がある。師匠じじいは元の世界では自分の願いを叶えられなかったのではないか?と。

 師匠じじいが一体どのタイミングでこっちの世界来たかはわからない。

 もしかしたら俺が去った後で新しく弟子を取っていたかもしれない。だが元々、高齢だった事を考えると例え新しく弟子を取ったとしても殺刀気真流の全てを伝えられているとは思えない。

 もし俺が誰かに師匠じじいの流派を誰にも伝えなかったら師匠じじいの願いはここでついえる事になってしまう。


 世界は変わってしまったがこの世界でもし俺が師匠じじいの流派を、師匠じじいの強さを、師匠じじいの願いをつなげれば、それは師匠じじいへのになるかもしれない。


(だが本当に目の前の少女に教えていいものか・・・)


 教えるのは、まぁいい。だが、実際に教えた後はどうなる?

 今現在、この世界での力の使い方の大半は魔物を殺す事に使われているだろう。

 この少女が力を付ければその分、魔物が殺されることになる。


(ダメだな、この少女に教えるのは。いや、人間に教えるのは止めておいた方がいいかもしれない。別に教えるのは人間じゃなくても、村のアンデット達でもいいんだ。いや、それがいいかもな。戦力増強にもなるし一石二鳥だ。そもそも既に師匠じじいのほとんどを受け継いでいるアンデットがいるんだ。あいつにやらせとけば俺がいない間、だって大丈夫だろう。というか、それだと俺が教える必要ないんじゃないか?)


 村に戻ったらやる事を頭のなかで整理すると、目の前の少女と目が合う。彼女はひとみふるわせ、俺の答えを待っていた。


「ダメだな」


 しばらく考えていた俺が返事を返すと、俺の答えを待っていた少女は目に見えて落胆らくたんした。

 肩を落とし、少し涙目にもなってしまっている。


「そ、そうですか・・・」


 落胆してる緑髪の少女に変わり、黒髪の少女が返事を繋げた。しかし緑髪の少女は納得いってないのか黒髪の少女の言葉に続けて口を開き、すこし震えた声で質問してきた。


「そ、その・・・どうして、ですか?」


 どうして。それを言われると俺は返事に悩む。

 理由は魔物を少しでも死なせない為に、彼ら魔物と敵対している人間に力をつけさせたくない。と言うのが本心だ。だが、正直にそんな事を言ったら面倒なことになるだけだろう。

 俺は上手い受け答えを考えるが、なかなか良いのが浮かばない。そこで俺は彼女の質問に質問で返す事にした。


「逆に聞くが、お前はどうして俺に剣術を教わりたいと思ったんだ?剣士のハンターなら他にいくらでもいるだろう」


「それは・・・」


 今度は少女が言葉に詰まる。

 どういった理由で俺の事を知ったのかは知らないが、剣術を教えるのは別に俺じゃなくてもいいだろう。

 なぜ俺なんだ。まさか、彼女はあの力の事を知っているのか?いや、それは流石にないか。俺があの力を誰かに見せたのはまだ2回だけのハズだ。


「そ、それ、それは・・・っ!」


 緑髪の少女が必死ひっしになにかを言おうとしてる。

 黒髪の少女もそれをかなり心配そうに見守っている。そして彼女は言葉を途切とぎらせながらも、俺に教わりたい理由を口にだした。


「ひ、ひひ、一目惚れしたからっ!・・・です・・・」


「・・・えぇぇぇ!?」


 隣にいる黒髪の少女は、緑髪の少女がそこまで言うとは思ってなかったのか物凄く驚愕した表情だ。

 そして、緑髪の少女の理由・・・

 なるほど。俺に恋愛感情があるからか。それは盲点もうてんだった。確かにその理由なら、この国に数いる剣士の中から、俺に教わりたい理由になる。


「なる、ほど・・・」


 少女は先ほどの発言がよほど恥ずかしかったのか、顔をリンゴのように真っ赤にしている。黒髪の少女もなぜか顔が赤い。彼女達は混乱しているようで「どどどどどうしよう」「どどどどどうしましょう」と言った言葉を発し、慌てふためいている。


「ああ、あ、あ、ああ、あのっ!さ、さっきの言葉はなんというか・・・言葉のあや、というか、なんとか・・・その・・・」


 緑髪の少女が慌てながらも何か言っているが、俺はその言葉を遮って1つ提案をする。


「1つ・・・条件じょうけんがある」


「はい!・・・え?、条件・・・ですか?」


「そうだ。その条件を守れば俺がお前に剣術を教えてやる」


「本当ですか!」


 緑髪の少女は俺の話に飛ぶように食いついた。


「ああ、本当だ。そしてその条件は、魔物を殺さない事だ」


「「え?」」


 俺の話を聞いていた2人の少女の声が重なった。


「俺が一人前いちにんまえになったと、認めるまで魔物を殺さない事、魔物に攻撃しない事。それを守れるって言うなら、教えてやる」


 俺の提案を聞いた2人の少女はお互いに顔見合せ、考えている


「答えは別に後でもいい、決まったら伝えに来い」


 俺はそう言って席から立ち上がり、そのカフェを後にした。

 そのテーブル席に残ったのは1つの空のカップとまだ半分ほど紅茶が残ったカップが2つ、そして悩む少女が2人だけだった。









(なぜ、あんな提案をしたのか・・・)


 俺は大通りを歩きながら先ほどの自分について考える。俺のこの力は人間に伝えるべきではないと、一度結論が出たハズだ。

 なのに、なぜあの提案を持ちかけたのか。なぜ条件を飲めば教えると言ってしまったのか。


(かなり複雑な感情だな。自分でも把握しきれない)


 おそらく、あの少女が俺に教わりたい理由を言った時にこの複雑なものは生まれたのだろう。


(恋愛か・・・)


 今、思えば俺が提案した条件は穴がある。俺が認めるまで、といったが認めてその条件から外れた後に少女が魔物を殺そうとすれば意味がないじゃないか。


(なにしてるんだ、俺は)


 明らかに動揺している。そして原因となっている感情は言い表せないときた。

 俺はしばらく悩みつつも普段より少し早歩きで宿屋に向かった。



 その日。寝る時にはその複雑な考えはいつの間にか無くなっており、彼女にどう教えていくかのプランを考えていた。

 そしてこの日を境に俺の頭の中の片隅かたすみには緑髪の少女が居続けるようになったのであった。





「行ってしまいましたね・・・」


「・・・」


 あの後、残されたカエデとエリカはしばらくカフェの席に残っていた。


「どう・・・しますか?その、先ほどの話」


「どうするもなにも、あんな条件・・・無理だ」


 カケルが出した、剣術けんじゅつを教える為の条件。彼が一人前と認めるまで、魔物を攻撃、殺さない事。

 それはハンター稼業で生計を立てている彼女達からすれば難しい話だ。

 ハンターは主に魔物を討伐する仕事。それを一時的とはいえ止めろと言われているのだ。もちろん二人ともある程度の貯金がある為しばらくは働かなくても大丈夫なのだが、その状態がいつまで掛かるかもわからない。


「私は、あの条件を飲んで剣術を教えてもらった方がいいと思います」


「え?」


 悩んでいるエリカをしり目にカエデが自分の考えを口にした。


「ど、どうしてだ?しばらく、ハンターとして活動出来なくなるんだぞ?」


「それでも、です。ハンターとしてしばらく活動出来なくなったとしてもエリカは彼から学び、強くなってください」


「でも・・・っ!」


「ここで力を付けなければ、私たち"リリーハンガー"は先に進めません。エリカもそう思ったのではないですか?」


「それは・・・そうだけど」


「私なら大丈夫です。エリカが強くなるまで待ってますから。この2年間でお金の方も余裕よゆうがありますし、しばらく何もしなくても問題ありません」


 エリカはなやんでいた。別にカケルに教わらなくても良いのだ。

 彼がダメだったら他の人に頼もうと思っていた。元々はダメもとでカケルに剣術を教えてほしいと頼んだのだ。

 しかしパートナーであるカエデが自分の事を想ってここまで言ってくれている。

 エリカは人生で一番、悩んだ。

 自分の欲求よっきゅう。自分の未来。カエデの想い。カエデの未来。自分達、リリーハンガーの未来。

 そして決めた。


「・・・わかった。オレ決めた!彼に教わってくる!」


「エリカ・・・!」


「カエデには待たせちゃうけど・・・」


「私なら、しばらく大丈夫ですから!・・・でもなるべく早くお願いしますね♪」


「ああ!わかってる!できるだけ早く、強くなって帰ってくる!」


「その時は、彼とどこまで言ったか聞かせてくださいね?」


「ん?どこまで・・・?」


 エリカはカエデの言葉を理解するのに時間が掛かる。そして、カエデの言葉の意味を理解すると、エリカの顔は赤く染まっていった。


「これは・・・あまり期待しない方がいいかしら?」


「えっ!?」


 その後も恋愛関係の事でカエデがエリカをからかい、エリカが顔を真っ赤にして言い争っている状況が続いた。

 しばらくすると2人とも落ち着いたのか静かに顔を見合せ、笑った。


「では、返事を言いに行きましょうか」


「おう!」


 そう言って2人はカップに残っていたものを同時に飲み干した。


「すっかり冷めてしまってますね」


「そうだな」


 2人は仲良さそうに笑いあっていた。




 カフェを後にした2人はカケルに返事をしようと思い歩いていた。

 そこで2人はあることに気づいた。

 それは待ち合わせの場所や時間などを指定されてなかったのだ。どこでどうやって会えば良いのかわからない。2人は考えた結果、とりあえずハンター組合に向かう事にした。


 しかし、組合のどこにも彼の姿は見えなかった。

 組合内でカエデが今朝けさに出会った気持ち悪い男に再び出会う、というトラブルがあったが今回は近くにいた二人の女性ハンターがその気持ち悪い男をボコボコにしてくれたので大した事はなかった。


 その後、組合を出た2人は大通りに出てカケルを探し回った。

 道中、待ち合わせの指定などをしなかったカケルに対して「以外と抜けてる所もあるんですね」と2人が少しバカにしたように話していた。


「今日は一旦、宿屋に戻りましょうか。また明日、探しましょう」


「そうだな」


 結局カケルは見つからず。2人はいつもの宿屋、"ブリスロード亭"に戻って来た。


「えっ!?」


 彼女達が受付に行くと受付に1人の男が立っていた。それは彼女達がさんざん探し回っていた人物。カケルだった。

 偶然にもカケルもこの宿屋を利用していたのだ。


 このブリスロード亭は安い事を売りにしているごく普通の宿屋だ。もちろん安いため品質ひんしつは値段相応だ。ブリスロード亭のように安い宿屋は駆け出しのハンター達が良く使っているが、Bランク以上になってくると報酬の額も上がるため寝床も高い品質の場所を求めて、値段が高くても品質が良い宿屋に移るものだ。それに高いランクのハンターが低い品質の宿屋に泊まっていると、ケチ臭いと思われる風潮ふうちょうがある。これも品質の高いハンターが宿屋を品質の高い宿屋に移す理由の1つだ。

 だからSランクハンターであるカケルがこの宿屋を利用している事に、2人は驚いた。

 自分らと同じ格安の宿屋を使っているとは思わなかったのだ。


 カケルとしては寝床の品質などはどうでもいいに等しいため、ただ単に安いから利用しているだけだったりする。


「あ、あの!」


 エリカがカケルに話掛ける。カケルは声に気がつくと2人の方に向く。カケルは特に表情を変えずに返事を返した


「ん?・・・お前らか。返事は決まったのか?」


「はい!」


 エリカ決意した表情で、カケルに自分達の答えを言った。


「オレはあなたに認められるまで魔物を攻撃しないし、殺しません。だからオレに剣術を・・・いや!オレを強くしてください!」


 エリカの答えを聞いたカケルは特に驚きもせずに、表情も一切変えなかった。だが―――


「わかった。明日から始める。今日は休んでおけ」


 そう言ったカケルの言葉は何処か嬉しそうだった。

 その後それぞれが明日にそなえて、部屋で深い眠りについた。



 翌日、エリカはいつもより早く目が覚めた。

 今日から始まる特訓の事を楽しみにしており、そのため目が覚めてしまったのだ。

 エリカがふと、ベットを見ると隣でカエデが寝ている。

 しばらくその整った容姿を眺めていると、カエデも目を覚ました。

 お互いに「おはよう」と挨拶をする。

 その後カケルとの特訓が始まるまで色々と雑談という名のカエデによるエリカいじりが繰り広げられるのだが、実はエリカ本人はこのやり取りを気に入っていたりする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る