魔人に就職しました。

ミネラル・ウィンター

第0話 はじまり

 

 あれは、最上 悟が中学3年・・・中学最後の終業式しゅうぎょうしきの帰りの時だった。





 その日は終業式だった為、午前中に帰路きろに着く事ができた。俺の家に帰るまでには1つ、坂道を通らなければいけない。これがなかなか急な坂で、車は通れない様な細い道だ。歩行者専用と言ってもいい抜け道のような道だが、このルートが最短距離で家に帰れるルートだ。そんな見慣みなれた帰り道をいつも通り進むと、急に"声"が聞こえた。


「まぁ・・・お主でいいか」


 その声は老人の様な声でどこかしぶみとおもみのある声だった。俺は反射的はんしゃてきに声の発生源はっせいげんであろう方向に振り向いた。

 しかしそこには誰もおらず、辺りを見渡みわたしても自分以外に人はいなかった。

 少し考えたが俺は空耳そらみみか何かだと思い込み、再びを進めた。


「こっちじゃ」


 歩を進めた瞬間しゅんかん。次は自分の真後まうしろから先ほどと同じ声が聞こえた。またも反射的に振り返るがそこには誰もいなかった。

 しかし次の瞬間、背後から身の毛のよだつ様な異常いじょう気配けはいおそわれて俺の意識いしきり取られた。





 目を覚ますと俺は建物の中にいた。最初は自分の家だと思ってしまったが意識が覚醒し頭が働き始めた後に改めて見渡すとそこは自分の家ではない事が分かった。だが生活感せいかつかんがあるのでどこかの誰かの家であることは間違いないだろう。今時、めずしいかなり年季ねんきの入った木造の家だ。

 俺は混乱こんらんしつつもこの家を見て回った。しかし人の影はなく、また物音ものおともしない。ここの家の人は外にでも出てるのかと思い、俺は外に出るべく玄関げんかんに向かった。


 ―――ガラッ


 俺が玄関に向かうと、ちょうど玄関が開き老人が現れた。その老人は少し長身で髪全部が白髪しらがであり、みた感じは歳の割に元気な何処どこにでもいるおじいちゃんだった。1つ気になる特徴とくちょうを上げるとするなら両腕りょううでや足元、首元、顔といった露出している至るところに古い傷跡きずあとがいくつもあった事だ。


「おお、起きてたか」


 玄関から入ってきた老人は一言だけ発するとそのまま家に入り、適当てきとうな場所に座った。

 俺もこの謎の状況の説明が聞けると思って対面たいめんするように座り込んだ。


「お主には"殺刀気真流さっとうきしんりゅう"をいでもらう」


 突然とつぜん、老人から意味不明な事を言われた。

「は?」とつい口かられてしまったが仕方ないだろう。何とか聞いた事を理解しようと頭を回していると、そのまま老人の話が続いた。


「ワシには子が居なくてな、居たら自分の子に継いで貰う方がよかったんじゃが・・・継ぐものが居ない事も、子が居ない事にも気付いたのが昨日だったんでの、もう手遅れじゃった。だからお主を誘拐ゆうかいしてきたんじゃ、ワシの流派"殺刀気真流"を継いで貰おうと思うての」


「・・・・・」


 聞いている俺の心なかでは「なに言ってんだこいつ」と言うセリフであふれていた。

 聞き終わって渋々しぶしぶ頭の中でじいさんの話を整理せいりしていく。

 つまりこの老人は、何かしら後を継がせたい事があるが自分に子供は居ない為、継がせる事は出来ない。だから誘拐して、そいつに継いでもらおう。という事だろう。

 整理して理解したが、やはり「なに言ってんだこいつ」というセリフが頭の中からなくなることはなかった。


「とりあえず、帰りますね」


 そう言って俺は普通に外に出た。場所はかなり山奥やまおくのようだ。しかし遠目に街が見えたので、なんとか帰れそうではあった。チラリと後ろを確認してみるが、特に追いかけてくる様子はなかったので俺は安心して山を降りることにした。





「やはり、あのじじぃはボケを拗らせてしまったのだろう。可哀想かわいそうに。将来しょうらい歳を取ってもあんな風にボケるのだけは勘弁だな」


 歳を取るという事に恐怖を覚えながら、俺は山を降りていた。かなり降りてきたと思ったがまだまだ山の中だ。あとどれだけあるのか、と考えると疲れている体がしんどくなる。


「はぁ、少ししんどいな。・・・あのクソじじいめ」


 特に鍛えたりしてない男子中学生であった俺にこの険しい山下りは少々しょうしょう厳しいようだった。そしてこの原因げんいんを作った人物。先ほど哀れに思ったクソじじいに対して怒りが込み上げて来て口調が少し荒くなる。

 それでも歩かなければ帰ることはできない。俺は少しだけ休憩し、また山を下り始めた。しばらく山道を下って歩いているとある動物に出くわした。


 ―――フゴッ


 出会ったのは"イノシシ"だった。黒色の毛皮で覆われており、口からは牙がチラリと見える事を考えると豚とは別の種類しゅるいの生き物だとよく分かる。


「へえーイノシシがいるのか。初めて見た」


 俺はその辺に野良のら猫を見つけた感覚だった。

 別にイノシシが怖くない訳ではない。確かにイノシシに襲われたら恐ろしい、突進とっしんしてきたら命がなくなってもおかしくはない。そう考えると、とても怖い。だが、それは襲われたらの話しだ。これは犬や猫でも同じだと思っている。犬や猫だって急所きゅうしょを噛みつかれ食いちぎられたらでもしたら人間は簡単に絶命するだろう。

 つまり何が言いたいのかと言うと。


 襲われたら怖い。襲われなければ怖くない。


 簡単に言うとこういう事だ。別に自分に害が無いのなら恐怖する意味も必要もない。昔から、自分のこういう所とか他の人とはズレてる事を理解していた。でも、嫌いではなかった。むしろ自分の好き所の1つなのだろう。

 俺はイノシシに構うことなく、横を通り過ぎようとした。


 ―――ザシュッ


 次の瞬間、なぜかイノシシの頭が


「うおぁ!」


 切断された頭部が少しだけ宙を舞い、血液を撒き散らす。突然のグロテスクな出来事に当然、俺は驚いた。

 何がどうなったらイノシシの頭が突然、吹っ飛ぶなんて怪奇現象かいきげんしょうが起こるのだろうか。訳も分からずなぜか冷静な頭でそんな事を考えていると、答えらしきものが背後からやって来た。


「はっはっはっ。今夜はイノシシじゃな」


 さっきの老人だ。しかし、先ほどと違うのは"カタナ"を持っている所だ。

俺はイノシシを切った所もその刀に血が付着しているところも見てないが、なぜかこの刀でこの男がイノシシを切ったと理解した。そしてイノシシを切ったと思われるその刀身とうしんかがみのようにキレイで辺りの風景ふうけいを写し出しているように見え、思わず俺は一瞬だけその刀に見惚みほれてしまった。


「さて、戻るぞ」


 老人は俺が見惚れていた刀をさやにしまう。俺はその鞘をもキレイだと思ってしまった。

 血のように真っ赤で黒い雲模様が入った鞘。そしてそれにしっかりと収まるキレイな刀身。

 今思えば、鞘と刀は二つで一つ。俺の中でそう決定付けたのはこの時だったかもしれない。

 俺が刀に見惚れていると老人は片手で切ったイノシシのあしを掴み、胴体を持ち上げた。

 そして、もう片方の手は俺の後ろえりを掴んでいた。


「え、あ!おいっ!!」


 俺はそれに対して抗議こうぎの声を上げるがもう遅かった。俺は信じられない力で持ち上げられて降りてきた山道を、俺が降りてきた10倍は早い速度で上がっていった。掴まれた俺には周りの景色が、高速道路を走っている車から見た景色のように動いていった。


 結局その日俺は家に帰れなかった。

 晩飯のイノシシ鍋は意外と美味しかった。

 







 あれから約10年が経った。

 最初の内は家に帰ろうとしていたが、初日のように毎度毎度連れ戻されるため俺は帰宅を諦めた。

 両親についても最初は心配してるだろうな程度には思っていた。だが、今ではほとんど気にしてない。俺が普通とはズレてるという理由もあるだろうが、慣れとは恐ろしいものだ。


 約10年間、俺はじじいの言う"殺刀気真流"を継ぐため頑張らさせられた。

 簡単に言うと殺刀気真流とは"剣術けんじゅつ流派りゅうは"である。

 何でもじじいが考案したものらしい。

 人は元より何かしら気配を感じる事が出来る。人の視線だったり、人そのものの気配だったり、だったり、ちまたでも聞いた事があるだろう。そこに目をつけたじじい師匠は人が一番過敏に感じる事が出来る気配――殺気さっき――に重点じゅうてんを置き、その殺気を利用した剣術を考案こうあんした。


 殺気で切り、殺気で真実しんじつまどわし、殺気でころす。


 それが"殺刀気真流"。

 そして現在、俺はそんなバカげた剣術をマスターしつつある。

 思い返せばこの10年間に色々とあった。

 最初は地獄じごくのような筋トレから始まり、晩飯の動物を狩り行かせられたり、後半になってからは指名手配中の達人と殺し合いをさせられた事もあった。流石に「金がなくなったから死合しあいにいくぞ」と言われて連れ出され、指名手配中の双槍そうそうの達人や謎の殺し屋と殺し合いをさせられた時は本気でじじいを暗殺してやろうと思った。まぁ実際に実行はしたものの失敗に終わったが。


 そして今、俺は全ての元凶であるじじいと対面している。お互いに刀を持ち、辺りには殺気が立ち込めている。一般人の第三者がこの光景を見たら、あまりの威圧感に声も上げることもできないだろう。

 大気が歪むようなそんな威圧感が当たり広がる。


「では、見事ワシを倒せたら"免許皆伝めんきょかいでん"と認めてやろう」


「ああ、あの守れよ。じじい」


 たがいに一言ひとことだけ言葉を交わし、刀をかまえた。

 これより師弟していによる全力の試合が行われる事となる。




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