第8話 幼なじみと放課後
僕は今、屋上につながる階段を登りきったところに座っている。屋上が開放されているわけでもないので、普段ここには誰も来ない。
校舎の外から、野球部の掛け声や、吹奏楽部の練習音なんかが聞こえてくる。
ただ、その音を消し去るくらいに僕の心臓が高なっている。
僕は空に告白する。
そう昨日決意してから空と一度も話さず、ここに呼び出した。
もうすぐ空がくるかと思うと心臓が飛び出そうだ。
窓から見える夕日を見つめて心を落ち着けていると、階段を登る音が聞こえてきた。
その足音が近づいてくるたびに緊張が増していく。ものすごく速いような逆にえらく遅いようなそんな不思議な時間感覚に陥る。
心臓の音がこれでもかと言うくらいに早鐘を打ち始めたタイミングで、空が階下に現れた。
一昨日のことなんて、何もなかったかのような雰囲気で、
「どうしたの春ちゃん、急に呼び出して」
と声をかけてくる。
僕は頭が真っ白になってしまった。
「いや、どうしても空と二人で話したいことがあって」
そう、なんとか言葉を吐き出したが、続く言葉を発することができない。
昨日、湧いてきたはずの勇気はもうすっからかんになってしまった。
僕が言葉に詰まっているのを察したのだろう。
「もしかして、春ちゃん家に行ったときのこと? あのことなら気にしないで」
そう言って、彼女は優しげに見つめてくる。
きっと自分から言わなければ何も変わらないのだろう。
けれど、空との今の関係が終わってしまうかもしれない。
いざ彼女を目の前にするとそのことが怖くてどうにも足がすくんでしまう。
それでも、今の関係を壊してでも現状から一歩進んだ関係になりたいという気持ちがどうにか胸につっかえていた思いを吐き出させる。
「僕は、空のことが……」
やっと出たその言葉は、震えていたのかもしれない。
調子外れな音で、裏返ってしまったかもしれない。
心臓の音がうるさくて、その先の言葉が形になったのかすら、自分で分からない。
ものすごく長く感じられた静寂の後、彼女が口を開いた。
「私……」
そして、世界が割れた。
「朝じゃい、朝じゃい、コケコッコー」
鶏の目覚まし時計が話しかけてくる。
時刻は朝の7時、目覚ましを止め、起き上がってベッドに座ると、ぼんやりした意識が次第にはっきりしてくる。
何度目になるだろう?
夢の中で僕はあの女の子、紅葉空と何度も出会い、多くの時を一緒に過ごしてきた。
何度もと言っても、彼女が夢に出てくるようになったのは割と最近のことだ。
今回は幼馴染だったが、関係性は毎回違って、先輩に、はとこ、無人島のアダムとイブなんていうのもあった。
夢の中の僕は夢での設定に依存した記憶を持っていて、夢であることに気付けない。
そして、僕は毎回彼女を好きになってしまう。
さらに夢での僕はすごく饒舌で、現実の僕と違って気持ちに気付けばすぐに告白しようとする。
けれど、そうやって僕が告白するかしないか、という状況になるといつも返事をもらう前に世界が割れて、夢が終わる。
最近はあまりにも何度も夢に出てくる彼女が実は存在するんじゃないかとか、そんな妄想じみたことを考えてしまうようになっていた。
確かにそんなことは現実的じゃない。
彼女はモテない男子高校生が生み出したただの妄想なのかもしれない。
だが、彼女と過ごしてきた日々の圧倒的な現実感がそれを否定してくる。
世の中には70億以上もの人がいるという。ならば、僕の夢に出てきたあの女の子が世界のどこかにいてもおかしくない。
そんな風に思ってしまうのだ。
もし会えたら、どうしたいのかそれは分からない。何回も中途半端な告白をして振られもせずに繰り返している現状が耐えられないのかもしれない。
枕元に無造作に置かれたスマホの画面には吉岡のツイッターにあげられた白い髪の女の子の画像が乗っていた。
昨日の夜はこいつの貼ってきたURLに飛んだら絵の自慢だったので、それを見て馬鹿だなこいつと思ってすぐ寝たのだ。
そういえば、この夢に吉岡が出てきたのは初めてだった気がする。
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