第21話 後輩と帰り道
カラオケからの帰り道、僕と空は雨の中、傘を差して並んで歩く。
通行人とすれ違うたびに、一応一列になってはいるが、それでも少し邪魔だと思われてそうだ。そのことが申し訳なくて、無言で一列になろうとする。
だが、そうすると、空の傘がぶつかってくる。ていうか、こいつわざとぶつけてきてない?
「周りの人に邪魔だから、一列で歩かないか?」
そう提案してみると、
「私の目の前を歩かれるのが、鬱陶しいのでやめてください」
と少し怒ったような声で返してくる。
何か不満があるんだろうか。けど、話しかけてくるって訳でもないんだよな。
僕がそうして空の機嫌について考えていると、件の彼女はイヤホンをつけて何か聞き始めてしまった。
これなら話さないんだろうし、もう列になって歩いてもいいと思うんだけど。しばらくすると、鼻歌を歌い始めてしまった。実に気分が良さそうである。
「何聞いてるんだ?」
そう聞くと、
「春先輩も聞きます?」
そう言ってイヤホンを片方差し出してくる。その無邪気さに少しドキッとしてしまう。
ええい、ままよ。
少し恥ずかしいが、思い切って耳に当てた。
「プリティで、キュアキュア、ふたりは、プリッキュア〜」
耳の中にそう歌う僕の声が聞こえてきた。
「あぁっ!」
急いでイヤホンを外して、空に突き返す。
そうだった。
色々あって忘れてたけど、これ撮られてるんだった。
先程受けた恥辱がフラッシュバックする。ただそれはフラッシュバックにしては最近過ぎた。耐えられず、座り込む。
「どうしたんですか? 春先輩」
そう言う空の声は少し笑いまじりだった。
こいつ……。
「不意打ちは卑怯だろ。頼むよ、消してくれよ」
そう反論するが、
「でもさっきの勝負、春先輩勝てませんでしたからね。しょうがないですよね」
しょうがない、のか?
一瞬納得しかけたが、僕はあの時何も賭けてなかったんだから、消してくれと言っても構わないだろう。そもそも、最初の勝負からして理不尽じゃなかったか?
そんなに酷いことは頼んでこないだろうと思ってあの時、ペナルティを承諾したのだ。プリキュア歌わされるなんて思ってなかった。
そう考えると、ふつふつと怒りが湧いてきた。こっちの感謝につけ込んで、舐めたことしてくれやがって。
僕がしばらく座り込んでいたからだろう。
「そんなに落ち込まないでくださいよ」
と心配げに声を掛けてくる。
今だと思った。空が僕に手を伸ばしてくるその瞬間を狙って、スマホを持つ反対側の手を狙う。そして、つかむことに成功した。
「消してやる、あんな動画、消してやる!」
彼女は一瞬固まっていたが、すぐにスマホをつかむ手に力を入れてくる。
「いきなり何するんですか、ケダモノ先輩」
こいつ、意外と力が強い。というか、僕が非力すぎた。
「いい加減にしてください。人呼びますよ」
そう言われ一瞬怯むが、あの恥辱が僕の心のアクセルを踏む。
「知ったことか。あれが残るぐらいだったら、警察行ってやる」
そう叫んだ。
しばらくそうやってもみ合っていたが、段々と腕の力がなくなってきた。握力が弱まってきて、スマホをつかむ手が滑りそうになる。
それは時間の問題だったのだろう。雨による水滴で濡れたスマホはとても滑りやすかったのもあった。
僕と空の手が滑り、スマホが空中を舞う。慌てて手を伸ばし、スマホを掴んだ。だが、僕は自分の体勢のことまで考えていなかった。体勢が崩れた僕を空が慌てて支えようとして、僕の手を掴んだ。二人そろって地面に倒れる。
痛っ。
頭を打った。
「大丈夫ですか!」
痛みで頭がじんじんしている。
手にはちゃんとスマホの感触がした。無事なことをことを確認したくて、手元を見ようと目を開く。すると、目の前に空がいた。
雨で濡れた前髪に水滴がついていた。
しばらくボーっと見つめてしまう。
「本当に大丈夫ですか! 春先輩」
彼女の心配そうな瞳がこちらを見つめてくる。彼女の前髪から水滴が落ち、僕の顔に当たった時初めて、僕はこの状況を飲み込めた。
「ああ大丈夫、大丈夫だから、ちょっと顔を離れて」
そこで初めて、自分が息がかかるほどに顔を近づけているのに気がついたのだろう。彼女は顔を赤らめて、飛び退いた。
「ごめんなさい」
びっくりした。
頭を打ったのを心配して近づいてくれたのは分かっているが、驚きのあまり痛みが麻痺してしまっているぐらいだ。
ひどく鼓動が脈打つ。さっきはこの心臓の鼓動を聞かれたくなくて、離れてもらったようなものだ。
彼女に対して僕は、感謝している。だから、きっとこの気持ちは本当じゃない。こんな好意とも呼べない何かを向けられてもきっと彼女に迷惑だろう。
だんだんと心臓の鼓動が落ち着いてきた。彼女が傘を拾って、僕に差し出してくる。
「動画、消しておきます」
彼女は申し訳無さそうに、そう言った。
「あぁ、……分かった」
僕はそう返事して、傘と交換で彼女にスマホを返した。彼女はそれを受け取ると、
「今日は本当にごめんなさい」
そう言って、足早に去っていく。
残された僕は彼女が見えなくなるまで、雨の中で立ち止まって見ていた。雨で濡れた前髪が少し鬱陶しい。それに加えて、雨に濡れた体が冷たい。
というか、寒い。
僕は興奮が覚めて冷たさを思い出した体をさすりながら、家に帰った。
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