第14話 転校生と空き教室
『いつまでも顔を明かさないで文通を続けているのは卑怯だと思い、決心しました。紅葉秋さん、貴方に直接会いたいので、もしその意思があれば、放課後三階の空き教室に来てください。』
そう書いた手紙を紅葉秋の机の中に入れておいた。
それからはずっと落ち着かなかった。授業なんて全然集中できないし、手紙のことで頭がいっぱいだ。今でも、あそこはこう書き直したほうが良かったとか考えてしまうし、出してしまったことそのものを後悔してしまいそうになる。
ボーッとしていると、自然と紅葉秋の方に視線が向かってしまう。前にストーカーじみてるとか吉岡に言われたが、たしかに今日の僕はストーカーじみてる気がする。
僕がそんな状態だったので、正しいかは分からない。だが、今日の紅葉秋も心ここにあらずという状態に見えた。
いつもは真面目に聞いている現国の授業中も上の空で、いつもは寝ている英語の授業中もなんだか考え事をしているようだった。
彼女が僕と会うことに緊張しているのかと思うと、なんだかこちらまで緊張してくる。 ただ、彼女の感情を僕が動かしているのかと思うと、それがなんだか嬉しくもあった。
久しぶりに紅葉秋の事を観察しながら一日を終えた。
放課後、すぐに3階の空き教室に向かう。
いつもはしばらく図書館で時間を潰してから向かうので、こんなに生徒が残っているときに行くことなんてない。それでも、近づくと徐々に人が減っていく。ただ、それに反比例するように、緊張は高まっていく。
ドアの前にたどり着いた。
取っ手に触れるだけで、口から心臓が飛び出そうだ。しばらく取っ手を掴んだまま逡巡した後、思い切ってドアを開ける。
部屋の中を見回すが、彼女はまだ来ていないようだった。
「はぁ」
安堵のあまり、ため息が出た。紅葉秋はホームルームが終わるとすぐに教室を出ていった。
もう来ているかと思っていたが、何か他の用事が会ったのだろうか。もしかしたら、緊張で会いに行くのをためらっているのかもしれない。そう考えると、なんだか少しうれしいような気分になる。
少しだけドキドキしながら、彼女を待つことにした。
来ない。
この空き教室に来てから、もう1時間は経つだろうか。足音が近づいてくるたびに、心臓を高鳴らせていた僕の気持ちをどうしてくれるんだ。
というか、もしかして帰ったんじゃないだろうか。
そんな考えが頭をよぎる。
やっぱり、話したこともないのにいきなり手紙を渡してくるような気持ち悪い奴と、会うのは怖かったのだろうか。そう考えると、なんだか怒りが静まって来て申し訳ないような気分になってくる。
もしかしたら、先生とか警察とかに相談に行ってるのかもしれない。今まで返事を返してたのは、ストーカーに逆上されたら怖いからで、相手の居場所が確実に分かったこの段階で、誰かに取り押さえて貰う気なのかもしれない。
けど、そう考えるといつまでも来ないこの状況はおかしいと思う。
やっぱりただ単に、会いたくないから帰ったのだろうか。だんだんと落ち込んできた。
きっとこのまま待っていても、彼女はもう来ない気がする。
僕は荷物をまとめて帰ることにした。
僕がドアを開けようとしたその時、
ドンッ
という何かに頭をぶつけたような音がした。
「〜〜〜〜」
という声にならないうめき声も聞こえてくる。
明らかにそれは空き教室前の教卓から聞こえてきた。というか、よく見てみると教卓の下の隙間から足が見えている。僕がびっくりして動けないでいると、誰かが教卓の下から出てくる。
それは、紅葉秋だった。
頭を打ったのだろう。顔が痛みに歪んでいる。彼女は長い間顔をうつむけて頭を抑えていたが、しばらくして顔をあげた。
「ん」
そう言って、僕に手紙を手渡してくる。
カンタかな。
「えっと、僕の名前は」
「ん、ん」
とにかく受け取れということらしい。
僕がその紙を受け取ると彼女は、急いで教室を出ていってしまった。残された僕はしばらく呆然としていたが、とりあえず手紙を開けてみた。
『春くんって言うんですよね。あれだけずっと見られたら誰だって分かりますよ。毎日手紙を書くのも大変でしょうから、特別に連絡先をお教えしましょう。』
と書いてある最後に彼女のだろうメッセージアプリのidが書かれていた。
初めからここにいて、これを渡されてたら格好ついたのにな。
そう思った。
うちに帰ってからずっと僕は、彼女の手紙とにらめっこをしている。
彼女にメッセージを送りたいのだが、なんと送ったらいいのかが悩ましい。
かれこれ1時間くらいこんなことを続けている。
まあ、いつまでもウジウジと悩んでいてもしょうがない。
覚悟を決めた。
結局、
『今日連絡先をもらいました。春というものです。よろしくお願いします』
というビジネスマンみたいなメッセージになった。
明らかに迷走している。
送った後は少し後悔したが、送ってしまったし後の祭りだと気持ちを切り替えた。
しばらくすると、
『こんばんは、なんかガチガチですね』
という返事が返ってきた。その言葉でなんだか安心して、それからは割と普通に会話することができた。
その日から彼女とはメッセージでやり取りをするようになった。
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