第15話 転校生と映画鑑賞

 今は、昼休み。


 紅葉秋の連絡先をもらってから数日が経っていた。


「スプー、聞いてくれよ。姉ちゃんが酷いんだよ」


 吉岡が沈痛な面持ちで言ってくる。


「何があったんだ」


 いつものように、僕を聞く姿勢をとった。


 もう何回目かも覚えていないくらい聞いているので、いい加減このやり取りにも飽きてきた。


「いや、昨日父さんが会社の付き合いで映画のチケットをもらったらしくて、俺か姉さんにもらってくれないかって言ってきたんだよ。それで俺が「姉さんがもらえばいいよ。ほら、この機会に彼氏でも作って行ってきたらいいじゃん」って言ったら、急にキレてきてな。プロレス技を掛けられたんだ」


 それはお前が悪いだろ。


 まぁめんどくさいのでいつものように、そうか、そうか、と言っておく。


「チケットも、あんたがもらえばって言って、投げてくるし。けど、恋愛映画なんて俺見る趣味ないしな。けど、捨てるのももったいないんだよな」


 吉岡はカバンからチケットを2枚、取り出して眺める。


「ああ、そうだ。この映画のチケット、お前が紅葉さんと行くのに使ってくれよ」


 吉岡はいいことを思いついたという表情をしている。


 いきなり、そう言われても。


 なんて言って誘えばいいかも分からないし。


「お前のほうこそ、二次元の彼女と行ってこいよ」


 そう言って突き返す。


 すると、吉岡はキョトンとした顔をして、


「完全な恋愛をしている俺達が、これ以上何を映画から学べると言うんだ。俺達のことを題材にした映画を作るって言うならまだしも」


 そう言ってきた。


 やはり、こいつは頭がおかしい。


「お前の言いたいことは分かった。分かんないけど、分かった。けど、どうにも気が進まないというか」


「まぁ、とりあえずもらってくれよ。少なくとも俺には絶対必要ない訳だし」


 そう言って、無理やり押し付けられてしまった。

 



 うちに帰った後、僕はスマホとにらめっこしている。なんて言って誘ったらいいのだろう。いきなりこいつ調子に乗ってきたな、とか思われないだろうか。


 そんなことばかり考えてしまう。


 まぁ、いつまでも悩んでいてもしょうがない。


 そう思い送信ボタンを押した。


『突然になってしまいますが、今度の日曜に映画に行きませんか。偶然チケットが手に入ったので、それを使いたいんです。』


 送った後もしばらく心臓がドキドキとしていた。返信が来るのが待ち遠しくて、何度もスマホの通知を確認してしまう。


 30分くらいたった後、返信が来て、


『いいですよ。』


 と書かれていた。それからは、細かな日程のやり取りをして、今度の日曜日映画に行くことが決まった。


 なんだか今から緊張してしまう。

 



 とうとう来てしまった日曜日。寝付けなかった僕の目は充血していた。待ち合わせ場所にも大分早めに来てしまった。今は隣町の駅前で紅葉秋を待っている。


 周りをカップル達に囲まれて、息が詰まりそうだ。


 ギリギリに来ればよかった。


 そんな風に後悔で胸が一杯になっていると、ふいに誰かが僕の袖を掴んでくる。振り向くと、前髪で目を隠した紅葉秋が立っていた。


 貞子かな。


 一瞬、悲鳴をあげそうになったが、なんとかそれを飲み込んだ。


「おはよう。紅葉さん」


 そう声を掛けると、彼女は顔を赤くして頷いた。


 僕はなんだか落ち着かなくて、思いついたように時計を確認した。


「えっとまだ時間あるよね。映画館前のファストフード店で待つ?」


 彼女が頷いたので、歩き出す。なんだか落ち着かない一日になりそうだ。




 会話が続かない。というか、会話できてない。


 とりあえず飲み物を頼んで席に座ったが、彼女は先程から一言も言葉を発していない。うなずきはしてくれるんだが、どうにもコミュニケーションが取れないのだ。


 スマホだったらあんなに饒舌だったのに。


 どうしようかと僕がカフェオレを飲みながら考えていると、通知信がなる。吉岡だろうか。


『こっちなら話せます』


 紅葉秋だった。


 えっ、ここまで来てスマホで話すの。彼女の顔を見返すと、頷いていた。まぁ他に方法もなさそうだし、とりあえずやってみよう。


 そう思い返事をしてみる。


『紅葉さんは普段は映画とか見ますか』


『映画は見ますけど、映画館で見ることはないですね。大体動画配信サービスで見てます。』


『あっ一緒です。映画館ってなんか一人で入りづらいですよね。』


『そうなんですよ。入ったら入ったで、なんだかんだで他人に気を使って楽しめないっていうか。』


『あ、わかります。映画で他人が泣いてる声とかが聞こえてくると、自分が泣きそうになった時、周りの人がうるさくないかなとか考えちゃうんですよね。』


『そうなんですよ。あと、ポップコーンとか食べるときに出る音が、周りの人にうるさいと思われないかとか気にしちゃってなんか集中できないんですよね』


 それからしばらくは映画館の辛いところという話題で盛り上がってしまった。映画館に入る前に何で批判の話題で盛り上がってるんだろう。そもそも何でスマホで会話をしてるんだろうとか考えてしまう。


 というか、よく考えると僕は口で話せば良くなかったか?


 でも、彼女のなんだかんだワクワクとしている表情を見ていると、まあいいかという気分になってくる。


 結構時間が経っていたようで、気づくともうすぐ上映時間だった。少し急いで、映画館に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る