第13話 転校生と文通2

文通3回目


『りゅうちゃんのこと大変お好きなことが伝わってきました。確かに僕もタツノオトシゴは可愛いなと思います。つぶらな瞳をしているところなんかは見ていて非常に癒やされますね。ところで、紅葉さんは、タツノオトシゴを飼ったりはしないんですか?』


『まあ、好きって言っても少し好きなだけですよ。飼うのはちょっとお金がたくさんかかるし、お母さんに申し訳ないので言い出せない感じですね。でも、水族館で生きてる姿を見るのもとっても好きなので、今はそれで満足しています。将来一人暮らしを始めたら、養殖のタツノオトシゴを飼ってみたいなとは思っています。あなたは、何か好きな生き物とかいないんですか』


 本物のタツノオトシゴのことが好きになったのが先か、タツノオトシゴのキャラクター、りゅうちゃんのことが好きになったのが先か、それは分からないが、どちらも相当好きなんだろうというのが前回と今回の手紙両方でのペンの走り具合から伝わってきた。


 昨日偶然ゲーセンの隅っこのクレーンゲームに入っているのを見つけて、つい手に入れてしまったりゅうちゃんのキーホルダーを見つめていて、そんな風に感じたのかもしれない。

 

 文通4回目


『好きな生き物ですか。僕はそうですね、特別好きな生き物とかはいないですかね。でも、タツノオトシゴは紅葉さんに聞いてからいろいろ調べてみて、とても可愛いし、面白い生態をしているなと思いました。』


『そうですよね、面白いんですよ。特にオスが育児嚢ってのを持ってて出産するのなんかも他の生き物と全然違ってて面白いし、…』


 今日の手紙はタツノオトシゴについての情報で埋め尽くされている。最近は僕も色々調べて少し詳しくなってしまった。

 

 文通5回目


『話題は変わるんですけど、紅葉さんは日頃学校で暇な時、何してます?僕なんかは友達が少ないので、その数少ない友達と話したり、本を読んだりして時間を潰しています。学校って意外と自由時間が多くて退屈ですよね。』


『友達が居るだけ大分マシだと思いますよ。私なんて転校初日にちょっと失敗しちゃって友達ゼロですもん。もう退屈で退屈で。最近は学校で本を読んで時間つぶししてますね。何かおすすめの本があれば教えてください。』


 女子におすすめできるような本は僕は知らないが、とりあえず自分が読もうと思っていて、積んだままになっていた本に読んで、おすすめしておいた。


 いつも自分が読んでいる本をおすすめするのがどうにも幼稚に思えて、嫌だったのだ。


 少し見栄を張ってしまったような気はする。


 文通6回目


『おすすめの本ですか、僕は最近芥川龍之介の本なんかを読んでますね。鼻とか蜘蛛の糸とかの有名どころなんかを始めとした短編が乗っている本で、世の中のことに対してちょっと変わった見方を教えてくれるというか、そういう物語が多いですね。紅葉さんはどんな本を読みますか?』


『芥川龍之介ですか。私も前読んだんですけど、どうにも書き言葉が古いせいで物語に集中できなくて、読まなくなっちゃったんですよね。私は割と何でも読みますよ。ファンタジーにミステリ、ホラーとか。でも、ちょっと現代語から離れた文体のは読まないですね。』


 紅葉秋は、ホラーを読むらしい。ホラーが好きとか、ちょっと人間性を疑う。


 文通7回目


『ホラーですか。僕怖いのが苦手なので、ホラーとか全然見れませんね。ホラー映画も全然見ませんし、テレビの幽霊特集とかもすぐにチャンネル変えるちゃうくらいで。紅葉さんは怖くなったりしません? 例えば、夜お風呂に入るときに後ろをなんども確認するようになったりしないですか?』


『随分と怖がりなんですね。幽霊なんているわけないんですから、それを怖がってどうするんですか。あくまでフィクションなんですから、楽しむために作られているわけです。別にホラーを知らないと人生の半分を損してるなんて言いませんけど、先入観で決めつてけるといつの間にか本当に人生の半分を損しちゃうかもしれませんよ。』


 ホラーなんて知らなくても生きていける!


 反論をしようかとも思ったのだが、正直これ以上ホラーの話をしたくないのでやめておいた。


文通8回目


『タツノオトシゴの動画を最近見ました。求愛行動が可愛いですね。それと最近、あのサンゴ礁とかに巻きついてる足のところが可愛いなと言うことに気づきましてね。どう思いますか、紅葉さん。』


『タツノオトシゴの足が巻きついてるのは確かに可愛いですね。平常時からあの縦の体勢でいるっていうのもすごいと思うし、必至に捕まっている感じがして可愛いんですよね。その気持ちすっごく分かりますよ。』


「タツノオトシゴって可愛いよな」


 昼休みの時間そんなことを呟く。僕の独り言などどうでもいいという様子で、吉岡は黙々と弁当を食べている。


 僕は続けて、


「お前も動画見てみたら分かるって、なんか不思議な魅力に取り憑かれそうになるから」


 と今日手紙でおすすめしておいた動画の話をしてみた。


「スプー、のろけ話をしたいのは分かる。だけどな、そろそろ紅葉さんと話すのも慣れてきたはずだ。いい加減文通じゃなく実際に話す段階に行くべきだと思うんだけど」


 吉岡にそうダメ出しをされた。だから、お前は何目線なんだ。


 まぁ、こいつの言いたいことは分かる。確かに話しかけるハードルは、かなり低くなったと思う。ただ、手紙の僕と実際の僕とはギャップが大きい気がして、実際の僕を彼女が受け入れてくれるかが不安だった。


 だから、考えないようにしてた。


「会うのはもう少し先でいいんじゃないかって思ってる」


 僕の不安な気持ちを察したのだろう。


「そんなに心配するな、スプー。お前はすごいイケメンってわけじゃないが、それなりに見られる顔はしている。よっぽど変なこと言わなければ、嫌われたりはしないと思うぞ」


 そう言ってきた。


 たしかにこいつの言う通り、会えばこんな悩み杞憂きゆうで終わるのかもしれない。そう考えると、やはりここで踏み出すべきなのかもしれない。


「でも、性格はちょっとキモいとこがあるから、頑張って隠せよ」


 お前にそれを言われると、10倍傷つくな。お前以外に友達いないから基準はないけど、間違ってないと思う。本当に余計な一言を足してくるやつである。


 ただ最近は、だんだんと夢であの子に会う機会も減ってきている。いつまでも先延ばしを続けていたら、夢ですら彼女に会えなくなってしまうかもしれない。


 それは、嫌だ。


 そう思い翌日の手紙を書いた。

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