第38話 あの子と告白

 泣きはらして目を赤くしていた彼女が、こちらを見て立ち上がる。


 そして、僕を抱きしめた。


 僕は慌てて離れようとするが、彼女の抱きしめる力が予想より強く抜け出せない。


 彼女はそのまま小さな声で話しかけてきた。


「思い出しました。何もかも」


 そして、少し離れて僕の目を見つめ直した。


「ありがとう。本当にありがとう」


 初めて聞く彼女の声は、何だか同じはずなのに空と全然違って聞こえた。空の声は、高原に吹く風の心地よさを、そして彼女の声は、春のひだまりのような暖かさをそれぞれ感じさせる。


「やっと思い出せた。これで彼女にまた会える」


 これで、解決したのか。これで彼女が消えずにすむのか。


「これで空は助かるの? 僕はまた彼女に会えるの?」


 つい、そんな風に子供のように尋ねてしまう。


「ごめんなさい」


 そう言われたとき、心臓が止まるかと思った。だが、彼女はそのまま言葉を続けた。


「もう一つだけあなたに頼まなくちゃならないことがあるんです」


 それなら、何でもやるだけだ。僕はすぐに頷いて、先を促した。


 彼女は頷いて、僕の耳元で囁く。


 僕が彼女の瞳を見返すと、不思議と眠気が襲ってきた。


「私じゃない、私に伝えて。あなたと現実を生きていきたいって」


 耳元に聞こえたのはそんな言葉だ。


 僕はそのまま彼女に抱きしめられながら、眠りに落ちていった。




 目を覚ますと、草原にいた。


 世界の外側からの崩壊が迫ってきている。


 急がなくちゃならない。


 僕は草原の真ん中の家に向かって走る。


 彼女はきっとあの場所にいる。


 走る、走る。


 背中に感じる崩壊の勢いに押されながら、走り続ける。


 そして、どうにか崩壊に追いつかれないうちに、たどり着いた。


 ドアに手をかける。


 この先に彼女はいる。


 この言葉を伝えれば、きっとなんとかなる。


 ドアを開く。


 僕が開けたドアから風が家の中に吹き込む。


 机の中の原稿用紙が舞い上がる。


 そして、その中で彼女は、机に向かって原稿用紙に何かを書きつけていた。


 もう一人の彼女に伝えられた言葉を言おうとした瞬間、


 僕は崩壊に追い越されてしまった。


 一瞬にして、彼女もろとも世界が壊れる。


 そして、完全に世界はなくなってしまった。


 間に合わなかったのだろうか。


 全てがほどけてしまった、世界の全てが。


 いや、諦めるな。


 彼女を見つける。


 絶対に。


 これを届けなくちゃならない。


 辺りを探すが、手がかりなんて目印なんてない。


 彼女の痕跡を探し続ける。


 見つからない。


 段々と視界がぼやけてきた。


 夢が覚めてしまいそうだ。


 急げ、急げ。


 彼女はどこにも見当たらない。


 目が見えなくなった。


 それでも、かすかでも、音が聞こえないか探す。


 耳が聞こえなくなった。


 それでも、手探りで、探し続ける。


 酷い眠気が襲ってくる。


 それでも、手を伸ばし続ける。


 それが何かに触れた。


「ありがと」


 そんな声が聞こえた気がした。




 チュン、チュン

 

 すずめの鳴き声が聞こえる。


 朝か。


 でも、まだ寝ていたい。


 それとは他に、誰かの声も聞こえる。

[

 なんだか必至そうだ。


 だけど、この声を聞いていると心地よくてこのまま眠りたくなってくる。


 それと、何だろう。


 頭の後ろに触れる感触が心地よい。


 本当にこうしてまどろんでしまいたい。


「起きて、起きて」


 その声はそう言っている気がした。


 そこでハッと気づく。


 彼女は、どうなったんだ。


 あのとき聞こえた声は……。


 目を開ける。


 朝日が眩しくて、目が見えない。


 だがそれも一瞬のことで、だんだんと見えるようになってくる。


 目の前に女の子がいて、こちらを見つめていた。


 その顔を、声を聞いたとき、感情が胸を埋める。


「君は、君は……」


 気持ちに追い越されて言葉が出ててこない。


 その子は、こちらを見て微笑む。


「私も好きだよ、春ちゃん」


 そう言って、僕にキスをした。

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