第28話 吉岡と必殺技

「でも、ホント惜しかったよな」


 帰り道、吉岡が悔しそうにUFOキャッチャーのときのことを振り返る。


「まぁ、あれはそうやって惜しいと思わせることで、儲けてるもんだからな」


 僕も前来たときは使いすぎてて凹んだ。


「そんなもんか。まぁ、今日はサイン本が手に入ったし、俺的にはそれだけでも満足だよ」


 こいつは結構単純な脳みそをしているので、ほとんどのことは一瞬で気持ちが切り替わる。だけど成績は結構いいんだよな、何でなんだろう。


 そんな風に吉岡と話しながら、歩いていると公園が見えてきた。


 ここは、あそこだ。


 つい、その公園をじっと見てしまう。


 僕が足を止めたからだろう。少し前を歩いていた吉岡が、こちらを振り返った。


「今日は付き合ってくれてありがとな、スプー」


 そこで言葉を区切った。さらに吉岡は深呼吸して、顔を真剣なものに変えた。


「それでな、もう一つ言いたいことがある」


 言いたいこと?

 突然どうしたんだろう。


「いい加減話してくれないか、一体何があったんだ?」


 そう問いかけられた。でも、全く身に覚えがない。


「いきなりどうした?」


 本当にどうしたってんだ。


「お前はな、ここ最近ずっと落ち込んだ顔してんだよ。それにたまに何かを惜しんでるような、そんな切なそうな表情をするときがある。ちょうどそんな風にな。だから聞いてんだ、一体何があったんだよ」


 そう言われて、初めて気づいた。僕にそんな自覚は全くなかった。けれど、何かあったと言われて思いつくことなんか一つしかない。だが、僕はあのことはもう納得していて。だから、そんな表情なんかしていないはずで。


「いや、何もない。あるとしても、それはもう解決したことだ。お前には相談に乗ってもらったが、僕の中ではもう終わってる。もう本当に何も言ってもらう必要がないことだ」


「紅葉さんのことか」


「いや、違う。直接関係はない。だから、お前が構う必要なんかない」


 何なんだいきなり、ほっといてくれ。


 もういいんだ。


 本当にもう。


「だったら、そんな陰気クセェ顔すんじゃねぇよ!」


 そう叫ばれた。


 吉岡がそんなふうに叫ぶのは、ほとんど見たことがなくて。恥ずかしながら、僕はその顔にその迫力に圧倒されてしまった。


「とりあえず、話せ。終わってるかどうかは聞いた後、俺が決める」


 僕は気づくと、その言葉に頷いていた。


「立って話すのもなんだな。この公園のベンチにでも座って話すか?」

「ここは、…」


 そういって言葉に詰まる。


「何か困ることでもあるのか」

「いや、ここで構わない」 


 吉岡の後ろについていく。公園の中に入ると、視線が自然とあるベンチに向かった。それも見たからだろう、吉岡はそのベンチに座る。


 しまった。


 ここは、紅葉秋とそして紅葉空と最後に座ったベンチだ。よりにもよって何でここで。だが吉岡はこちらを見つめて、ベンチを叩いてくる。もう座るしかない。


 僕は心臓を落ち着かせながら、ベンチに座った。


「で、何があったんだ」


 吉岡はすぐにそう尋ねてきた。何で僕は尋問みたいなことをされてるんだろう。僕は天邪鬼だから、話したくなくなってくる。でもまぁ、相談に乗ってもらったし、話せばこいつも納得するだろうとも思った。


 だから、僕はすべてを話した。紅葉空との夢をもう一度見たこと、その夢の結末、そして夢の世界ではなく本当の世界で出会えたこと、そこで彼女と話したこと、彼女とは会えなくなったこと。


 吉岡は百面相をしながら話を聞いていたが、すべてを聞き終わると急に立ち上がった。そしてこちらを見て、


「スプー、こっちに来い」


 そう言った。

 ちょっと意味が分からない。


「急にどうしたんだ?」 

「とにかく、来い」


 その圧力に押されて、僕は渋々と着いていくしかなかった。そうしてしばらく歩いた後、立ち止まる。吉岡に連れてこられた場所は砂場だった。


 何だ?


 何で砂場なんだ?


 そんな疑問で頭が混乱していると、振り返った吉岡がこっちを見て、


「いいか、スプー。目をつぶれ」


 そう命令される。 本当にどうしたんだ。


「何でいきなりそんなことさせるんだ?」

「いいから、つぶってろ」


 吉岡の迫力に押されて僕は言うことを聞いた。


「そのまま動くな。じっとしてろよ」


 そう言っている吉岡の声がだんだんと遠くなっていく。僕は段々と不安になってきた。一体何をされるんだろう。


「うぉぉぉぉぉ」


 そう叫ぶ吉岡の声が聞こえる。しかも僕の方に近づいてくる。えっほんとに何なんだよ。そんな疑問で頭が一杯になっていると、


「必殺、ドロップキック!」


 そう吉岡が叫ぶのが聞こえた。と同時に右肩を衝撃が襲う。


 ぐえっ


「痛い、痛い、痛い!」


 僕は倒れ込んだ砂場で痛みにのたうち回った。


 まじで、意味がわからん。こいついきなりドロップキックかましてきやがったなんで今日は特別暴力を奮ってくるんだよ。通算三回目だぞ。


 しかも何で肩だけを狙って攻撃してくるんだよ。実は僕の肩を破壊するのが目的なのか。僕はまんまとこいつに誘い出されたのか。空恐ろしいやつである。


 やはり、こいつ以外の友達を作らなくてはならない。この関係を卒業しなければならない。


 だんだんと痛みが弱まってきて、多少耐えられるくらいになった段階で僕は立ち上がって、


「何すんだ!」


 そう叫んだ。


 すると、吉岡はこちらをじっくりと見下ろし、


「何で蹴られたのか、分かるか」


 腕組みしながらそう尊大に言ってきた。


 何なんだこいつは。


 僕はあまりの理不尽さにしばし言葉を失う。そして、なんとか言葉を絞り出した。


「いや、ん? 分かんない……けど」


 そう答えると吉岡は腕組みしたまま、言った


「だから、俺は蹴ったんだ。そのあまりに無自覚な様子にあんまり腹が立ったんでな」


 やはり意味がわからない。頭が本当におかしくなってしまったのかもしれない。僕がその言葉をなんとか理解しようと苦労していると、さらに吉岡は、


「お前は、紅葉空って子に会いたいって言ってたよな。何で会いたいと思ってたんだ?」


 と重ねて言ってきた。


「それは、それはさっきも言ったように、彼女と作り上げた夢が楽しかったんだ。だから、彼女もそう思ってくれてることを確かめたかった。そして、それはもう叶ったんだよ」


 そう言うと、吉岡は大きく首を降った。


「いや、違うな。それじゃない。確かにそんな気持ちもあったんだろうよ。だがな、それだけじゃなかったはずだ。お前はその子に会った時、最初になんて言ったんだ?」


 僕が、あの時最初に言った言葉。


「「君は僕にあんな夢を見せたんだ?」そう彼女に聞いた」


 吉岡は一つ息を吐いて、また首を振った。


「そうじゃない。そうじゃないだろ。その言葉じゃない。お前が彼女を彼女と認識して出会ったのはいつなんだ」


 そう言われて気づく。こいつが言ってるのは、現実で会ってる彼女のことじゃない。つまりこいつが聞きたい言葉は、


「僕はあのとき「君に現実で会いたい!」そう言った」


「スプー、何でお前はそんなことを言ったんだろうな」


 それはあの時、とっさに出てきた言葉だ。その言葉をただ言いたくなった。でも、もう目的は果たしたんだ。


 それはあくまで目的を叶えるために、そのために発した言葉だ。だから、思い出す意味なんてない。その言葉は役目を果たし終えてる。


「そんなのなんでもいいだろ。何が言いたいんだ。もう全部済んだことだ。終わったことなんだよ」


 吉岡はこちらに言い含めるように言った。


「違う、違うんだ。これが大事なんだよ、スプー。これに比べたら、正直実際にその子会ったことなんてどうでもいいんだ。だから、考えろ。なんで、お前はその言葉を最初に彼女に伝えた?」


 なんで。


 そんなことを言われても、何も思いつくことなんてない。


 あの時、僕はただ何も考えずにそれ言った。


 言わずにはいられなかった。


 何で彼女と会いたかったんだ?


 分からない、分からない。


 でも、苦しい。


 胸のところにある何かが、外に出たがってる。


 苦しくなって、どうしようもなくなって、それをなんとか吐き出した。


「僕は……ただそれが伝えたかった。ただ、彼女に会いたかった」


 それは、そんな言葉になった。


「それが、お前の気持ちだ」


 吉岡はそう笑みを浮かべて言ってくる。


「でも、これはとっさに出てきた言葉だ。じっくり考えて、考え抜いて出てきた言葉じゃない。本物じゃない!」


 僕がそう言い返すと、


「ずっと想ってた人にやっと会えたときに、最初に発する気持ちが偽物なわけがないだろ」


 と言った。


 その言葉は僕にさっきのドロップキック以上の衝撃を与えた。


「今言ったその気持ちは、今はもう変わってしまったのか」


 そう問われて、やっと分かった。


「……いや、変わってない」 


 なんだかひどく納得させられてしまった。ずっと心に貼り付けていた言い訳を、傷つかないための防御壁を、壊されてしまった。


 今まで僕は彼女との思い出を無意識のうちに考えないようにしてた。だから彼女との記憶が刺激された時、考え込んでしまった。そうすることで、自分を守ってた。


 彼女に拒絶されたくないがために、本当の想いに気づかないフリをしてた。子供の頃から成長してないのは僕の方だったのか。何回こいつ説得されれば気が済むんだろう。


 吉岡はそんな僕に構うことなく、上から言葉を投げかけてくる。本当に酷いやつだ。でも、今回は感謝だな。


「だいだい夢であった女の子に会いたいなんて荒唐無稽なことを言い出すのは、頭のおかしくなって妄想が見え始めた奴か、もともと頭がおかしいやつが恋をしたときぐらいなもんだ」


 頭がおかしいのは、前提なんだな。早速さっきの感謝を取り消したくなってくるからやめろ。


 だけど、全部吐き出したからだろうか。胸のところがスッキリしている。


「僕は、ずっと逃げてたんだな」


 彼女に拒絶されるのが怖くて、今のきれいな思い出を保ったままの関係に甘んじていたかった。せめて彼女との別離を決裂で終わらせたくなかった。だが、それじゃ本当にほしいものは手に入らない。安全策をとったやつの手元には、過去とあきらめしか残らない。


「あと、自分のやったことには責任をとれよ」


 それが、一体何のことを言っているのかは言われずともわかった。


 紅葉秋、僕が傷つけてしまった女の子。ずっと考えないようにしてた。もう僕とかかわらないほうがいい、そう思うことで逃げてた。


 確かに、自分がしたことの責任はとらなければならない。


 彼女とも向き合う必要がある。


「分かってる。もう逃げる気はない」

「ならいい」


 そう言うと吉岡は、空を見上げた。もうすぐ一番星が見え始める時間帯だ。


「進むべき道が見えたなら、後はまっすぐ進むだけだ。分かったら、行ってこい」


 そう言って肩を叩かれる。


 痛い。今日四回目だ。


 けど、今までと違ってその痛みは体中に伝わって心を動かす熱になる。だんだん痛みが引いてきた。


 いや、やっぱり痛い。


 紅葉秋の家に向かって走りだした。

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