さよならのその前に

第29話 紅葉秋と彼女の家

 走る、走る。


 彼女、紅葉秋になぜ連絡が取れなくなったのかは、今思い返せば分かる。最初手紙を書いた時、僕は焦っていた。紅葉空となんとかして会えないかと考えることばかりで、それが相手にどう受け止められるかなんて考えてなかった。


『はじめまして、いきなりこんなものが入っていて、びっくりしたと思います。紅葉さん、この間初めてあなたをお見かけして、それ以来あなたのことがずっと頭から離れません。』


 こんなことを書けば相手がどう思うか、というそんな考えればすぐ分かりそうなことが分かってなかった。


 だから、誤解させて傷つけた。コミュ症の人間の精神は脆い。それに加えて自意識過剰だ。僕だってこんな内容の手紙をもらったら同じように勘違いすると思う。


 これから僕がやろうとしていることは、もう一度彼女を傷つけることなのかもしれない。それが正しいのかなんて分からない。いやきっと正しくはないんだろう。自分の望みを叶えるためにやる酷いことなんだろう。


 でも、それでも会って伝えなければならない。そうしなければ、もう一度空に会うことはできない。責任を果たすこともできない。


 だって、きっと紅葉秋と紅葉空は…


 彼女の家の前にたどり着いた。


 そして、僕は息を切らしながら、インターホンを押す。だが、押してから重要なことに気づいた。インターホンを押した後に、気づくのもどうかと思う。だが、後悔している暇はない。


 彼女の親が出たら、どうしよう。


 初対面の人間相手に僕がまともに話せるわけはない。本当にどうしよう。困った、困った、困ったぞ。頭がそんな言葉で埋まる。脳が現実逃避を初めてしまっている。


 そのとき、ドアの開く音がした。僕は緊張して、とっさに塀に体を隠した。


 何で僕は隠れてるんですかね。


 ドアが徐々に開いていく。紅葉秋なのか、彼女のお母さんなのか。僕は固唾を飲んで見守った


 だが、ドアは半開きのまま完全に開こうとしない。それどころか徐々に閉じ始めた。


 えっ。


 そう思ったときにはもう四分の一ほどしか開いていなかった。慌てて門扉を開けて、ドアノブを掴む。そして、その勢いのまま、ドアを開く。


 そこに立っていたのは、紅葉秋だった。彼女は驚いたような顔をしてこちらを見つめている。逆に僕は安心した。そして頭を下げて。お願いする。


「久しぶり……でいいのかな。どうしても話したいことがあって、来たんだ。どうか、話しだけでも聞いて」

 


 バタンッ、カチッカチッ、ガチャガチャ


 それはドアが閉じられた音だった。そして、鍵とチェーンもかけられた音だった。彼女は僕が頭を下げている間に施錠したらしい。


 防犯訓練はバッチリだな。強いて言えば、ドアを開けなければ満点だった。


 僕の脳は早くも現実逃避を始めたらしい。


 そして、バタバタと階段を上がっていく音が聞こえる。


 あれかな、警察に連絡して、さらに点数を上げようという算段かもしれない。これはいけない。


 というか、やばい。


 吉岡がだいぶ前に言ってたことが現実になってしまう。この歳で、ストーカーとして逮捕されてしまう。


 僕が、撤退か神頼みかで迷っていると、通知音がなった。


 もしかして!


 スマホを確認してみると、やはりそこには彼女の名前がある。


『なんで私の家に来たんですか!』


 そんな言葉が書き込まれていた。


 彼女は焦ってるようだが、僕は逆に安心した。これで光明が見えた。僕の話を聞いてさえもらえれば、なんとかなる。そういう確信がある。

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