第30話 紅葉秋と彼女の家2

 彼女への返信をなんと書いたものか。下手なことを書くと本当に警察を呼ばれそうだ。


 とりあえず、あたりさわりない内容の返信だけしておいた。


『どうしても会って話したいことがあるんです。』


 すると、彼女の返信がすぐに返ってきた。


『知ってるでしょ。私はあんな手紙で勘違いしちゃうような痛々しくて、恥ずかしい女なんです。もうほっといて。』


 その言葉は僕の痛いところを適切に着いてくる。過去の失敗を、それによって傷つけてしまった物をまざまざと見せられるのが、こんなにつらいとは思いもしなかった。


 それでも前に進まなくちゃならない。責任は果たすと決めてきた。


『それについては謝ります。ごめんなさい。でも、それ以外にもう一つだけ聞いてほしいことがあるんです』


『別に謝ってもらう必要なんてないです。もうほっといてください。私は誰とも会いたくないんです。一人になりたいんですよ』


『じゃあ、玄関でずっと待たせてください。君の気が変わるまで』 


 やっぱりこんなことは彼女をまたいたずらに傷つけてしまうだけで、身勝手なことなんだろう。


 それでも、痛くとも前に進むと決めた。決意した。もう決して止まることはしない。何としてでも、彼女に謝らせてもらう。そのためなら、どんなことでもする覚悟だ。


 僕が緊張しながら返信を待っていると、通知音がなる。


『警察に連絡させてもらいますね』


 ちょっ

 ちょっとまって欲しい。僕は慌てて、


『嘘です。嘘です。ごめんなさい。許してください。』 


 そう連続で返信した。心臓をバクバクとさせながら、メッセージを待つ。


『警察には通報しないで置いてあげますから、早く帰ってください。じゃないと本当に呼びますよ』


 返ってきたメッセージにはそんなことが書かれている。


 どうしよう。手詰まりだ。打つ手がない。


 だが、それはこの語に及んで言葉なんかで解決できると思っていたからだ。もう本気を証明するしかない。


 今までは、なんだかんだ言って覚悟が足りなかった。言葉ではなく態度で示す。誠意を見せるんだ。


 僕はドアの前で身なりを整えた。地面に両手両膝を付き、心の整理をする。そして、土下座を敢行した。同時に、大きな声で叫ぶ。


「ごめんなさい! 開けてください! 本当に話したいだけなんです! ちょっとでも嫌だったら、すぐやめます! だから、だからどうか少しだけでいいから話をさせてください!」


 何か物が倒れるような音が家の中から聞こえてきた。大丈夫だろうか。


 しばらくして、スマホの通知音がなった。


『分かりました、分かりましたから、大声で叫ぶのはやめてください。近所迷惑です』


 そして、ドタドタとした足音が近づいて来て、ドアの前で止まる。また、通知音がなった。


『本当に何でこんなことをするんですか? 私なんかにかまってあなたに何の得があるんですか?』


 聞こえてくる彼女の息遣いが収まるまで待つ。 そして、思いの丈を伝える。


「まず、謝らせてください。あの手紙を受け取った人がどう解釈するか、それを僕は全然理解しないまま送ってしまいました。それで、君を傷つけた。それを謝らせてください。本当にごめんなさい」


 通知音がなる。


『だから、そのことは謝る必要はないです。私が勝手に勘違いして勝手に傷ついただけですから。あなたに落ち度なんてないです。だから、謝らないでください。』


 けど、それは僕のせいで起こったことだ。だから、責任をとらなくちゃならない。有耶無耶にしちゃいけないことだ。


「それでも、あなたがそう思っていても、謝らせてください。本当にごめんなさい。そして、何か償わせてください」


『償う必要なんて、本当にないんですよ。』


 ドアに彼女の影が映る。すりガラス越しに視線を感じた。


「でも、それでも謝らせてください。償いをさせてください」


 でなければ、責任を果たせない。前になんか進めない。


 中から悩んでいるようなそんな気配が伝わってくる。


『なら、それなら、今度何かおごってください。それで特別に許してあげます。』


 そして、そんな返事が送られてくる。僕は、その言葉でやっと許される機会をもらえたことに安堵した。


『あ、映画なら今度は感情移入できるやつじゃないと、許しませんよ』


 追加で送られてきたその言葉は本当に何でもないことで。ただの何でもない喧嘩の仲直りの条件のようで。それが、彼女のその何でもないことにしてくれようとする態度が、ものすごく嬉しかった。


 学校を休むほど傷ついたのに。さっきだって会いたくないと拒絶してきたのに。それでも、彼女は精一杯僕を、僕のしたことを許そうとしてくれた。その優しさが、温かい。


 そして、扉が開いた。


 しばらくぶりに見る彼女も、相変わらず前髪で目元を隠している。でも、暗闇の中で光るその瞳はまっすぐこちらを見つめていた。


 彼女は僕の袖を引っ張ってくる。


「家の中に入ってもいいってこと?」


 そう聞くと、彼女は小さく恥ずかしそうにうなずいた。

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