第31話 紅葉秋と彼女の部屋

 僕は今、人生で初の体験をしている。要するに人生で初めて、女の子の部屋に入った。 ものすごく緊張する。


 窓際に置かれたベッドとか、部屋の真ん中にある小さめのテーブルとかがファンシーなデザインで、女の子の部屋にいるんだということを意識してしまって心臓に悪い。


 あ、ちなみにりゅうちゃんグッズは部屋を埋め尽くすほどいっぱい置かれている。


 それにさっきから、甘ったるい感じのいい香りが漂っている。これがいわゆる女の子の部屋の香りってやつなのかもしれない。これが僕の血流を速めるのだ。


 そのせいだろうか、さっきからうまく呼吸ができない。どうすればちゃんと呼吸できるか、それが思い出せない。


 だが、なんとか意識を切り替える。


 ここに来た目的をもう一度見つめ直し、決意を固める。


 彼女が、小さめのテーブルを挟んだ向こう側に座った。


『それで、私に何の用なんですか?』


 伝えなくてはならない。そのためにここに来たし、ここにいるんだ。僕は息を吸いこんで、言葉を吐きだす、


「紅葉空という名前を知ってる?」


 その言葉は部屋に響いた。彼女はキョトンとした顔をしている。


 僕はさらに、


「僕の夢に出てきた女の子の名前。ずっとその人を探してた。きっと、君に関係があると思う」


 そう続けた。


 彼女は訝しんでいるようだ。それは、そうだ。いきなり来て、こんなことを言ってくる奴がいれば誰だって不審に思う。


 だが、そんなことは分かっていた。


「紅葉空、君と全く同じ顔をした女の子。いたずら好きで、よく冗談を言う。明るい性格で、よく笑う。……」


 それでも、続ける。できるだけ詳細に、その時の感情を込めながら話し続ける。


 段々と彼女の表情が真剣なものに変わっていく。


 彼女との夢で起きた出来事、交わしてきた言葉を思い出しながら、一言一言それを言葉に変えていく。


「その子は僕を起こす時、ゴジラのモノマネなんかして、ふざけてきたんだ。あのときは本当にびっくりして、一発で目が覚めたよ。……」


 彼女とのエピソードを語るたびに、何か引っかかるような顔をし始めた。忘れてはいけない何かを必至に思い出しているようなそんな顔だ。


 彼女がどんなときに笑って、どんなときに驚いたのか、それを伝える。僕には二人が絶対に関係があるという確信があった。


「彼女の読んでる本を当てるっていう勝負をしたときは、僕はなんにも賭けてなかったのに、勝手に彼女の言うことを聞くっていう条件が追加されて、罰ゲームをさせられたりした」


 言葉を重ねるたび、彼女の呼吸が荒くなっていく。


 ゆっくりと、顔をこちらに向ける。


 彼女は僕を見つめながら、僕でない、きっとあの子を見つめている。


 彼女の口が動いた。


「でも……それは……」


 僕にはそれがそんなことを言っているように見えた。だが、それから思い出すことを何かに阻まれているように目を見開き、口を開けたまま、呼吸だけがさらに荒くなっていく。


 はっきりその音が聞こえるほどに、大きく呼吸を繰り返している。


 過呼吸気味の呼吸になってきた。


 苦しそうだ。本当に大丈夫だろうか。一瞬、呼吸が止まった瞬間に電池が切れたかのようにベッドに倒れ込む。


 慌てて駆け寄り、急いで耳を口元に近づける。すると、ゆったりとした息遣いが聞こえてきた。どうやら、ただ眠っているみたいだ。良かった。本当に良かった。びっくりして心臓が止まるかと思った。


 こんな危険な橋はもう渡りたくない。もう二度と。


 ただ、僕の仮説が正しければこれで会えるはずだ。そう思うと、嬉しさと共に緊張感が増してくる。僕がなすべきもう一つのことに立ち向かう時がきた。


 そして、彼女は目を開ける。


「さよならは伝えたと思ったんだけどな」


 彼女は、紅葉空はゆっくりと立ち上がってそう言った。

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