第7話 吉岡と思い出2
今日は強風の中でのレースだ。
この最悪のコンディションの中をいかにまっすぐ走るか。
そこを考えなければならない。
ただ大きく助走をつければいいというものではない。
風を読み、どのタイミングで走らせ始めるのか、それが重要だ。
風を感じる。
僕は目を見開き、危険なレースを開始した。
まず順調な走り出し、これならあっという間にゴールできそうだ。
しかし、ここで突風が吹いてきた。あまりの風圧に車体が浮きあがる。これは、耐えられるのか。
チョロQはそのまま風に乗って、橋の下へと消えていった。
あっ。
声を出したときにはもう遅かった。慌てて橋の下を欄干の隙間から見てみるが、そこはすすきが生い茂り、ここからでは何も分からない。
実況なんてしている場合じゃなかった。
あんなことしなければ良かった、そんな思いが胸に広かっていく。
だが、今は後悔なんてしている場合じゃない。僕は急いで橋の下に向かった。そして、草むらを検討をつけながら探す。
だが、全然見つけられない。日暮れまで探したが、けっきょく見つけることはできなかった。
翌日、朝早く起きた僕は、急いで昨日の橋の下に向かった。でも、やっぱり見つからない。
探していると、だんだんと学校の時間が迫ってくる。ギリギリまで探したけど、結局見つけられずに学校に向かった。
心の中は、吉岡にバレたらどうしようって気持ちでいっぱいだ。教室に着くと、隣の席の吉岡はぼーっとした顔をしていた。
こちらに話しかけてくるということもない。そのことに非常に安心した。
吉岡は鋭いところがあるから、チョロQをなくしたことを気づかれてしまうかもしれない。そのことがものすごく恐ろしかった。
結局その日はなんとか吉岡に話しかけられずに、一日を終えることができた。
その日から、昼間は吉岡に話しかけられないように過ごして、朝と放課後にチョロQを探しに行く生活が続いた。
あれから、一週間ほどたった。未だにチョロQは見つけられていない。その間、何度か吉岡に話しかけられた。
でも、チョロQをなくした。その事実に気づかれるのが怖くて、無視してしまっている。このままじゃいけない。それは分かってる。
でも、吉岡に会うと言葉を発せなくなるのだ。息が苦しくなってきて、どうしても避けてしまう。
昨日なんか、ついいつもの展望台に行ってくだらないことをしてしまった。
やはり、チョロQを見つけるしかない。
それしか安心できる日々を取り戻す方法はない。
「ない。どこにもない」
すすきをかき分けながら、探す。
ずっと探してる。
それなのに全然見つからない。そのことがひどくもどかしい。最近はずっと呟きながら探している。
「何探してるんだ?」
いきなり、そんな言葉を後ろから声をかけられた。そんな言葉を駆けてくるおじさんはよくいる。
でも、そういう人にそういう目で見られるのと僕はひどく嫌な気分になるのだ。だから、無視した。
こうしていれば、大体は去っていく。
「だから、何してるんだって、聞いてるんだが」
そう更に言葉をかけられた。
いつもなら無視してれば、去っていくのにしつこい人だ。ただ二度聞いて、その声に違和感を覚えた。子供の声だ。
僕は嫌な予感がして、振り向く。すると、吉岡が川沿いの道に仁王立ちしていた。僕はびっくりして黙り込んでしまった。
「まあ、何でもいいや。俺も探そう」
そう言って吉岡が河川敷に降りてくる。そして、何を探すかも分かっていないはずなのに、探し始める。
「吉岡は手伝う必要ないよ」
そう言うと、
「俺が勝手にやることに、お前の許可はいらないだろ」
そう穏やかな声で返された。返す言葉が見つからなくて、黙り込む。その間も吉岡は草むらを探していたので、僕は黙って探すのを再開した。
見つかったとか下手な嘘を着くと見抜かれてしまいそうで、嘘はつけない。それに、こいつは言っても聞かないやつだから諦めたのだ。
ただ、チョロQが見つかったら、なんとか隠し通さなきゃいけない。その決意だけは固めた。
結局日暮れまで探したが、チョロQを見つけることはできなかった。
吉岡は探すものもわからないはずなのに、僕に付き合って探してくれた。
何でこいつはそんなことをしてくれるんだろう。
僕は最近こいつのことを無視していたと言うのに。何で、何でとたくさん想いが浮かんできて、頭の中を埋め尽くす。
だが、何度問おうとも答えは僕の中にはない。ただ、やはりなんとか自分だけで見つけ出さなければならない。
その思いだけが強くなった。
「暗くなってたし、そろそろ帰るか」
吉岡はそう笑顔で提案してくる。その、明日も手伝いに来る気満々の顔を見るのが辛い。探すものすら分かってないのに、何で僕のためにそこまでしてくれるんだ。
その態度は自分のちっぽけさを見せつけるための光のようだ。眩しさに目を潰されそうになる。落ち込んでいると、吉岡が橋の方を指差して声を上げた。
「あれ、あの光ってるのなんだろうな」
そちらを振り向くと、橋の方に何か光っているものが見えた。もしかしたら、チョロQかもしれない。そう思った僕は急いで駆け寄る。
だとしたら、決して見られるわけにはいかない。その一心で走った。下からは何も見えない。急いで川べりを登って、橋へと向かう。
「それを探してたのか?」
吉岡が橋の下から見つめてくる。僕は極力そちらを見ないようにしながら、落とした場所に走る。確かあの場所の欄干の右端から四番目から落としたはずだ。
欄干から首を突き出して、橋の下の隙間を覗き込む。そこには、ずっと探してたチョロQがあった。
やっと見つけた。確かに僕の落としたチョロQだ。そうかこんなところにあったのか。ずっと下ばかり向いて探していたから気づかなかったんだ。
僕が安堵したような顔を見せたからだろう。
「見つかって良かったな」
吉岡がそう声をかけてきた。慌ててチョロQを取ろうと欄干から身を乗り出す。これを見られるわけにはいかない。
ただすぐ近くにあるように見えていたそれは案外遠くにあって、それをつかもうと身を乗り出しすぎた僕の体は欄干からするりと抜けた。体が落ちていく。
そのときは、手にできたチョロQを隠すことで頭がいっぱいだった。
そして、下に立っていた吉岡に向かって落ちる。吉岡はオーライ、オーライと言って手を伸ばしていた。
受け止める気らしい。
いや、できるわけないよ。
そう思ったが、吉岡は自信満々だった。これくらい体格差があればもしかしたら可能なのかもしれない。
僕は目をつぶって抱えやすいように縮こまった。
そして、衝撃が襲う。背中に痛みが走った。
「痛たたたたたっ」
耐えきれず叫び出す。やはりできるわけなかったんだ。吉岡の方を見ると、
「うーん、痛い、何で失敗したんだろう?」
そんなことを呟いていた。いや、普通できるとは考えないだろ。
でも、大きな怪我はしなかったのは、そんなに高くもなかったこともあったが、吉岡が受け止めようとしてくれたおかげだ。
そうして、お互いの状態を確認した僕は、手元の感触で思い出した。そうだ、チョロQが捜し物だってことを隠さないといけない。手の中のチョロQを握りしめる。
吉岡に、気づかれるわけにはいかない。きっと吉岡は何を探していたのかを聞いてくるだろう。
だが、なんとか誤魔化すしかない。僕は精一杯、言い訳を考えるのに頭を働かせた。
吉岡が立ち上がる。いよいよだ。この話でごまかせるか分からない。鋭い吉岡のことだ。すぐに気づくかもしれない。
でも、今はこれにすがるしかない。吉岡はこちらを見て、
「探し物は見つかったんだな」
そう聞いてきた。
僕が頷いて、言い訳を言おうと構えていると、
「ならいい」
そう言って、帰ろうとする。
「なんで」
そのとき、ふいにそんな言葉が口から漏れた。
そして、僕はここに至って初めて逃げるのをやめた。
「なんで、吉岡は」
そこから先は、涙が溢れてしまって言葉にならなかった。僕はひとしきり泣いた後、手を開いて吉岡にチョロQを見せた。
「今度はなくすなよ」
吉岡はただそう言って、口角をあげた。
***
あの時、僕は吉岡にチョロQをなくしたことを打ち明けられなかった。
怖かったんだ。
今までに作り上げた関係が壊れるのが。
そのことがひたすらに恐ろしかった。
あの頃から僕は成長できてないな。
そう思う。
きっと、今僕が空に対する想いを認めることができないのも同じ理由からだ。空に対する思いを認めることで、幼なじみという関係性が壊れるのが怖いのだ。
認めてしまえば、この気持ちを吐き出せないことが苦しくなってきて、いずれ溢れ出してしまうかもしれない。
きっとそれが怖くて、気づかないふりをずっとしていたかったんだ。
結構長い間、感傷に浸っていたようだ。気づくと辺りはすっかり真っ暗になっていた。夜空には星が輝いている。
スマホを見てみると吉岡からメッセージが入っていた。
『スプー、大丈夫か。なんか午後からお前ボーッとしてたろ。昼言ったことはあくまで俺から見たらそう見えたってだけだから、あんまり気にすんなよ。』
というなんとも吉岡らしい文章が書かれている。
こいつは無神経に話すくせに、話した内容をあとで結構気にしているのだ。
そんな吉岡のメッセージを見ていると、前に進むのを怖がっている子供のような自分がひどくみっともなく思えてきた。
世の中当たって砕けるしかない。砕けたら吉岡にでも骨を拾ってもらおう。まあ、吉岡だったら拾った骨を更に粉砕機にかけるぐらいはしてきそうだが。
僕は、空との関係を一歩前に進めたい。
今、そう思っている。
「やってやるー!」
展望台の上でそう叫ぶと勇気が湧いてきた。
もう前に進める。
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