第6話 吉岡と思い出

 登る、登る、山道を登る。


 少しだけ息を切らしながら、一歩一歩踏みしめる。


 登っていると、運動不足を実感させられる。子供の頃は、息を切らすことなんてなかった。


 あの頃、僕はこの山道をべそをかきながら登っていた。親に怒られて一人になりたかったとき、学校で同級生に何か言われたとき、そういう嫌な気分になったときにこの山道を登った。


 頂上には、小さな展望台が設置してあって、僕の住む小さな町のその向こうに海が広がっている。そこに沈む夕日を見ていると、なんだか自分の悩んでいることが小さく思えてきて、心がだんだんと晴れてくるのだ。


 そんな風に昔を思い出して、山道を登っていると、徐々に頂上が見えてきた。展望台も見えてきて、少し感傷的な気分になってしまう。


 それは子供の頃見たものと全く同じ姿で、そこにそのまま立っていた。


「なんだか久しぶりだな」


 ついそんな郷愁めいたことを言ってしまう。展望台の上に上がると、赤白の煙突が目立つ小さな町並みの向こうに、夕日が海に沈み混んでいるのが見えた。


 そのオレンジ色が、子供のときのいろんな気持ちを思い起こさせる。今思えば本当に何でもないことなんだが、あのころの僕にとってはすべてが一大事だった。


 今悩んでいる空とのことも、将来思い返せば何でもないことになっているのだろうか。


 ちょっとノスタルジックな気分になってしまったので、展望台のいろいろなところを見てまわる。傷とか汚れとか、そういった部分からも昔を思い出してしまって、つい目を向けてしまう。


 そうやって、展望台のいろいろなところを見ていると、柱の隅っこに小さく落書きのようなものが書かれているのを見つけた。


 少し気になったので、近寄って確かめてみる。かすれて読みづらいその文字は、半分がホコリで見えなくなっていた。


「えっと、なんて書いてあるんだ、これ?」


 ホコリを払ってみると、『ごめん、よしおか』という2つの言葉が現れる。それを見て思い出した。そうだ、これを書いたのは僕だ。小学3年生のときだったと思う。



***



 僕はクラスに友達がいない。


 けどそれは、僕が劣ってるんじゃなくて、みんなよりすごいからだと思う。だってみんなは友達と何でも一緒にしようとするけど、僕は一人で何でもできる。


 つまり、僕は一人で生きられる立派な人間だっていうことだ。


 けど、お母さんは友達ができないことを心配してくるし、先生も友達を作りなさいって言ってくる。


 世の中は理不尽だ。


 大体一人だからこそ、この朝の会という時間にも耐えられる。友達がいると、こうはいかない。沈黙に耐えきれなくなった友達が話しかけてきたりするから、連帯責任で怒られることもある。


 やっぱり友達なんていない方がいい。


「今日はお友達を紹介したいと思います」


 先生が、そんなことを言っている。僕の隣に新しい机が一つ設置されているので、おそらくここに座るんだろう。


 けど、どうせその転校生っていうのもみんなの和に入っていって、一人で生きていけない人間の仲間になるんだろう。僕には関係ないことだな。


「入ってきて」


 そう先生が言うと、ドアの向こうからムスッとした顔のやつが入ってきた。そいつは小3にしてはでかくて、なんか威圧感を放っている。


 教壇に立って、


「名前は吉岡、よろしく」


 とだけ言って、僕の隣の席に座った。


「ということだからみんなよろしくね」


 先生はそう言ってスルーした。先生も注意しないような不良なのかもしれない。

 目を合わせないようにしよう。そう思った。

 




 みんなが転校生の周りを取り囲んでいる。


 転校生も超人じゃないんだから、そんな一斉に聞いてもわかんないと思うんだけどな。大体、あんな怖そうな奴によく話しかけられるな。まぁ、顔はかっこいいと思うけど。


「どこから来たの?」


 クラスでいつも目立ってる女の子が話しかけている。いかにも興味津々といった顔だ。僕は苦手なんだよな、あの子。


 何ていうか、巻いた髪がバネみたいになってるし。縦ロールって言うんだったかな。それに全身にいろんなものをつけてて、ぴかぴか光って見えるのもある。友達も多いみたいだし。


 あと、やっぱりバネみたいになってるし。


 そう聞かれた転校生は、じろりとそちらを向いて、


「きみ、何で髪の毛にバネ入れてんの?」


 そう言って、その子の髪をビヨンビヨンさせた。あぁ、あれってああなるんだ。なんだか感心してしまった。


 だが、感心していたのは僕一人だけだったようだ。髪をそんな風に言われた子は涙目だし、他の子も呆然としている。


 その後もいろんな子が話しかけていたが、だいたい似たようなことを言われていた。

 そうして、転校生は孤独を手に入れた。


 僕がこっそりと欠乏トリオと名付けているいじめっ子の三人組にも同じようなことを言ったのは、びっくりした。


 まぁ、ちっちゃい奴とヒョロヒョロな奴とハゲがある奴の三人組だからな。顔が良くてガタイのいい転校生に気圧されたのかもしれない。


 ともあれ、僕のクラスにひとりぼっちが増えた。


 でも、別に仲間ってわけじゃない。僕は一人で生きていける人間だからな。


 仲間なんていらないんだ。





 あれから、吉岡とは結構話すようになった。体育の時間とかあからさまに二人だけ余ってたし、それでよく組まされてたからかもしれない。


 結構酷いことを言ってくるときもあったが、僕は全然辛くなかった。うん、辛くなかった。


 この前のズボンのこと言われたのも別に気にしてないし。


 気にしてない、気にしてない。


 最近は体育の時間だけじゃなく、休み時間とかも話していると思う。昨日なんかは、家にまで連れて行った。


 でも別に特別することがなくて、最後は宝箱をみせるとかいう意味がわからないことしちゃったけど。


 そういえば、何故か吉岡は美少女戦隊のお面に異常に欲しがったんだよな。奴が宝物にしているチョロQと交換であげたけど。何であれが欲しいんだろうな。


それに、何で僕はあれを宝箱に入れてたのか、それが思い出せなかった。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。今日は昨日もらったチョロQを試してみようと思ってる。どこに持っていこうかな?

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