第5話 吉岡と昼2

「スプー。昨日も言ったが俺にのろけ話をしてくるなよ」


 翌日、昼休みに空とどう接していいかを悩んでいることを吉岡に話すと、そう言われた。親友だからと一番に相談したのに冷たいやつである。


 まあ、そんなことをこいつに相談する僕も悪いのだろうけど。


「のろけ話じゃないと思うんだけどな、真面目な相談事のつもりだ」


 あれから、なんとなく空とは顔を合わせづらくて、避けてしまっている。昨日の出来事で空との関係が変わってしまった感じがして、それを確かめるのが少し怖くなっているんだと思う。


 空を避けたって、先延ばしにしかならないことは分かっている。


 だけど、どうにも現実を直視することができないのだ。


「いや、のろけ話だと思うぞ」


 吉岡は、うつむいて考え込む動作をする。いつもは即答してくるので、こうして考え込むのはちょっと珍しい。何か大事なことを伝えようとしているのかもしれない。


 しばらくそうしていた吉岡だったが、何か思いついたようで、得意げな表情をこちらに向けてきた。


「例えばお前が非常に貧乏で毎日の生活にも困窮しているとする。そんなお前に一億円持ってる奴が、『俺今度、二億円が手に入るかもしれない、どうしよう』って言ってきたらどう思う? 自慢話だと思うだろ」


 吉岡の顔は自慢げである。まるで何か大それたことを言ったかのような雰囲気を出しているが、ちょっと意味が分からない。


「つまり、どういうことだ?」


「恋愛強者が恋愛弱者に悩みごとなんて相談するのは、たとえその意図がなくてものろけ話になってしまうって言ってるんだよ」


 そこで、自分の発言に何か引っかかったらしい。


「いや、俺が恋愛弱者って言うわけじゃなくて、あくまで三次元の恋愛に関しては弱者ってだけだから、僕は冬空ちゃんへの愛を貫いてるから」


 どうでもいい。本当にどうでもいいことを付け足してきた。


「えっと、僕が恋愛強者ってのはどういうことだ。今、幼馴染とのことで悩んでて、全然強者じゃないと思うんだけど」


「スプー、この世にはな、女の子と知り合いたくても知り合えないやつが山のようにいるんだぞ。幼なじみっていう始めから仲がいい女の子がいるのは十分強者だろ」


 そう言われれば、そうかもしれない。


 でも、空とは恋愛関係に発展し得ないので、恋愛強者とは言えないと思う。


「それにお前、あの子のことが好きだろ」


 続けて、何気ない感じでそう言ってくる。


 僕が、空を、好き?


 少し言葉を飲み込むのに時間がかかった。


「いやそれはないだろ。あいつは僕にとって、言わば……家族みたいなもんだぞ」


 吉岡はスマホを取り出し、いきなり僕の顔を撮ってきた。


「ちょっと指摘されたたぐらいで、こんなに顔を赤くしているのに、それは通用しないだろ」


 こちらに画面を向けながら、そんなことを言ってくる。画像の中の僕は耳まで赤くなっていた。


「いやこれは、急に変なこと言われたから、驚いて赤くなってしまったというか」


「驚いても、顔色まで変えるやつは珍しいぞ」


 そして、吉岡はさらに僕に現実を突きつけてきた。


「大体、お前昨日、風呂上がりの幼馴染にドキドキしてしまったって言ってたよな。俺が姉ちゃんに同じことやられたら気持ち悪いとしか思わないぞ。その時点でお前は、幼馴染を家族としてなんか見てないんだよ」


 その言葉は僕の心にグサグサと刺さった。ずっと目をそらしてきた現実を、胸のうちに無意識に隠し続けてきた僕の想いを、はっきりと意識させてくる。


 こいつは僕が気づいてこようとはしなかったものを引っ張り出してきて、自覚を促しているのだ。 


「そもそも、お前は何を怖がってるんだ。お前は幼馴染が好き、それでいいじゃないか」


 そう言われて、気づく。なぜ僕は空を好きだと認めたくないんだろう。昨日意識したときから、実はずっと僕が空のことを好きにならない理由探しを続けている。


 その日は、吉岡にこれ以上心をえぐられたくはなかったので、一人で帰った。

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