第4話 幼なじみと夜

「美味い」


 美味い!


 空が作ってくれたカレーがかなり美味い。


「そう、良かった」

「いや、前食べたのより、各段に美味くなってる」


 コクが深まったっていうか、そんな感じがする。 いつの間にか食べ終わっていた。


「おかわり」


「そんなに慌てなくても、たくさん作ったから」


 空はニコニコしながらカレーをよそう。


「どうした?」


「いや、春ちゃんにほめられるのはうれしいなぁって気持ちをかみしめていましてね」


 急に何言ってんだ、こいつ。カレーの辛さからだろうか、顔が熱くなってくる。


「使うスパイス変えた?なんかいつもより顔が熱い感じがする」


「うん。まぁ、ちょっと変えたかな」


 なんともいえない気分になったのをごまかすように、しばらく無言でカレーを食べ続ける。


 この何も言わない時間が、安心するとか心地いいとか感じられるのは、幼馴染だからなんだろう。


 けれど、その関係がいつもと少しだけだけ違っているように感じた。時々空をチラ見しながら食べ続けていると、空のほうが先に食べ終わった。


「ふー、汗かいちゃった」


 頬から落ちた汗がテーブルに落ちる。このままだと風邪を引いてしまうかもしれない。


「風呂入ってこいよ。今日ももうしばらくいるんだろ」


「うん、まあそうだけど。でもそれを春ちゃんが言うのは、ちょっとデリカシーにかけると思うな」


 デリカシー?


 あっそうか。今日は父さんも母さんも旅行でいないのか。


「いや、すまん。そういうつもりじゃなくて、ただ」


「うーん。じゃ、使わせてもらうね、お風呂」


 空はなんでもないことのようにそう言った。僕のことなんか全然意識してないんだろう。そう思うと、胸に少しもやっとした何かを感じた。


 さっきまでデリカシーがないとか言ってたのに、全く気にした様子がないことに少し苛立っているのかもしれない。


「えっと、ほんとに使うのか」


「だって春ちゃんが使っていいって言ったんでしょ」


 そう言うと空はさっさと風呂場に行ってしまった。しばらくすると、シャワーの音が聞こえてくる。


 二人きりの家で空が風呂に入っているという状況になんとも言えない緊張を感じる。 


しかし、何で僕は空の入浴で緊張してるんだろう。あいつとはずっと、ただの幼なじみという関係だった。そして、それはこれからも変わらないと思っていた。


 何かが変化しようとしているが、それがなんなのか分からない。


 しばらく考え込んでいると、いつの間にか結構時間が経っていたようで、風呂場のドアが開く音がした。


 ペタペタという足音がこちらに近づいてきて、それがリビングのドアを開ける。


「ごめん、着替え持ってきてなかったから、春ちゃんの服借してくれない」


 空はバスタオル一枚を体に巻いただけの格好で現れた。


 上気した頬、少し濡れた髪、石鹸の香り、そして何よりそのバスタオル一枚の姿が僕を激しく動揺させる。空の顔を直視できない。


「どしたの、春ちゃん。なんで、顔そらすの?」


「いや、直視したりしたら、またデリカシーに欠けるとか言われるだろ」


 誤魔化すためについ言い訳を言ってしまう。


「何、春ちゃん。私のこと意識してるの?」


 そう言うと空はふざけた感じで、グラビアのポーズを取ったりする。ふざけているんだろうが、その姿を僕は直視できない。ていうか顔を見せられない。


 僕がずっと顔をそらしていると、空は疑問に思ったようで、なんとか顔を見ようとして、いろんな体勢を取ってくる。


 そのたびにバスタオルがはだけそうになるので、僕は必至に目をそらし続ける。


「僕も風呂入ってくる」


 一刻も早くここから逃げ出したくてリビングから出ていこうとすると、空が両肩を掴んで真正面から見つめてきた。


 もう自分の顔が何色になっているかも分からない。


「何、いきなりどうしたの?」


 そうしてしばらく見つめていると、次第にこちらがどんな顔になっているのか分かってきたようだ。空の驚いたような顔がだんだんと赤く染まっていく。


「えっと、冗談のつもりだったんだけど、ごめん」


 そう言って手を離す。そして、そのまま急いで服を着て、家を出ていってしまった。


 その日、僕はもんもんとしてずっと眠れなかった。

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