第3話 幼なじみと帰り道
僕の通っている山ヶ峰高校は小さな山の上に立っている。そこから自宅へ帰り道は、高校から続くつづら折りを下って、開けた大通り沿いをまっすぐに行く。
今はその大通りを歩きながら、通り沿いのスーパーへ空と二人で向かっている。
「今日のメニューはなんになりますかね、空さん」
「何がいいか考えといてって言いましたよね。春ちゃんさん」
空はそう言ってジト目で上目遣いをしてきた。正直ちょっとかわいいので、反応に困る。
「えっと、二人で食べるのに一人で決めるのも悪いかなと思ったていうか」
「忘れてただけだよね」
その通り、ときっぱり言ってしまいたいが、それは怒られそうだ。なにか言い訳を思いつかないかと、あたりを見回してみるが、何も思いつかない。
僕がなにか屁理屈を言って誤魔化そうという雰囲気を察したのだろう。空はこちらを見て、ため息をついた。
「はぁ、しょうがないなぁ。じゃあ、スーパーに着くまでには決めるってことにしよっか」
「そうしてください」
僕としては願ってもないので、そうお願いしておく。
ただまあ、なんの取っ掛かりもなければ決めづらいと思ったのだろう。
「何か食べたいものはないの?」
と尋ねてきた。
そうは言ってもこいつの作る料理は大概美味いのだ。選べと言われても何を選ぼうかと迷ってしまう。
かといってなんでもいいと言うのはだめだろう。
うちの父親もよく「今日の夕飯はなんでもいいよ」と母親に言って怒られている。母曰く、なんでもいいはどうでもいいと言ってるのと同じらしい。
なんとかそれ以外の答えを見つけないといけない。
僕は褒めて、逆に空が提案してくるように仕向けることにとした。
「うーん、悩むなぁ。空の作る料理は何でも美味いからな」
「どうしたの急に、お世辞なんか言っちゃって。そんなこと言っても誤魔化されないよ」
そう言ってはいるが、空は顔を赤らめ、明らかに上機嫌になっている。このままいけば、こいつは自分が今最も自信のある料理を提案してくるようになるだろう。
しかし、今日の空は一味違った。
「まあ、春ちゃんは舌がお子様だから食べたいものっていっても、どうせカレー、からあげ、ハンバーグとかで、言うのが恥ずかしいってのは分かるよ」
とはぐらかすように付け加えてきたのだ。こんなことを言われては反論しないわけにはいかない。
「僕はそんな子供舌じゃないぞ。最近はあれとか食えるようになったからな。ピーマンとか、ニンジンとか、トマトとか」
「じゃあ、今日のメニューは、チンジャオロース、ニンジンの甘煮、トマトサラダで決まりだね。それでいい?」
よくない!
良くないが、ただ反対したのでは僕が子供舌だと思われてしまう。
「いや、どんなものでも偏ると健康に良くないっていうか」
「でもおばさんのメモ帳によるとここ一週間、どれも出してないみたいだけど」
空は手にしたメモ帳を見ながらそう言った。
うちの家庭状況は筒抜けだった。このままでは言い負かされてしまいそうだ。
あたりを見渡すと『ベジタリアン向けメニューもあります』と書かれたレストランの立て看板が目に止まった。ほう、ベジタリアンか。
「ベジタリアンに対する強烈なアンチテーゼを発信するために、野菜を食べるわけにはいかないっていうか」
「今週食べた野菜は、キャベツ、白菜、きゅうり、ごぼう、ニラ、…」
空は僕が今週食べた野菜を読み上げていく。そうだった。うちの家庭状況は完全に握られてるんだった。
ちょっと小難しい言葉を使えばごまかせると思っていた。僕はバカだった。
二の句が継げないであたふたしていると、空が助け舟を出してくる。
「じゃあ、ニンジンが入ってるカレーで妥協してあげよう」
それなら食べれる!
「うん、それでいいよ。いや、僕は食べれるんだけどね」
「そういうことにしといてあげる。あ、ご飯に旗たててあげよっか」
歩くペースを速めた。後ろから、少し焦ったような小走りの音が聞こえる。
「ごめん、ごめん、からかいすぎた。そんな怒んないで」
スーパーに着くまで早歩きを続けた。
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