第24話 あの子と公園2
彼女は僕の隣りに座った。その動作一つ一つを目で追ってしまう。
やっと会えた。
会うために行動してきた。それでも、会えないんじゃないかと心のどこかで思ってた。
そのあまりに
でも、会えた。
会えたんだ。
会ったら言おう、そう思っていた言葉は形にならずに喉の奥の方にわだかまってる。
「春ちゃんって呼んでいい?」
僕はその言葉にただ頷いた。
「私のことは、空って読んで」
彼女は夜空を見上げる。
「今日は星がよく見えるんだね」
その言葉が真っ暗な空に吸い込まれていく。僕もつられて、見上げた。今日も北斗七星が輝いているのが見える。
こうして真っ暗な中で星を見上げていると、なんだか夜空に溶けていくような気がした。しばらくそうして彼女と星を眺めていた。
「実際会うと、何から話していいのか迷ちゃうな」
彼女はそうこぼすように言った。
「春ちゃんは聞きたいことある?」
そう問いかけられることで、ようやく気持ちを言葉にできた。
「なんできみは僕にあんな夢を見せたんだ?」
お互いに夜空を見つめたまま話す。
「そうか、春ちゃんはそのことが聞きたいのか。うーん、でも……何から話そうかな」
そうして彼女はしばらく唸った後、
「うん……やっぱり初めから話そう。少し長いかもだけど、付き合ってくれる?」
彼女はこちらを見てそう言った。僕は彼女の目を見つめて大きく一回頷いた。
「うん。じゃあ話すよ。私にはね、不思議な能力が一つだけあるの」
そう言って彼女は言葉を区切った。僕は固唾を呑んで耳を傾ける。
「夢を自分の好きなように作れる能力がある」
僕はその言葉に真剣な表情をして頷き返した。彼女は少し戸惑ったように、
「信じられないとか、嘘をついてるとか思わないの?」
そう尋ねてくる。普通ならたしかにそう思ってたかもしれない。でも、不思議とそんなことは考えもしなかった。
「なんだか君の言うことは疑う気にならないんだ」
「そう、なんだ」
彼女はそう言って、顔をうつむけた。かすかに声が聞こえてくる。そして、吹き出した。
「あははっ。『なんだか君の言うことは疑う気にならないんだ』、だって。しかも大真面目な顔して。春ちゃん、全然そんなキャラじゃないじゃん」
そうして、彼女はしばらく笑っていた。僕は恥ずかしくて顔をうつむける。
忘れていた。
そうだ。大体、彼女はこんなテンションだった。いつもこうやってからかってくるのだ。
「春ちゃん、緊張しすぎだよ。初対面じゃないんだから」
「確かに、初対面じゃない。でも、現実じゃ初対面だぞ。だから僕は悪くない」
悪くない。
でも、なんだかそっぽを向きたくなったので、そうする。そんな気分になっただけだ。
「でも、春ちゃんの渾身のギャグのおかげで私も緊張が取れたよ。ありがとね」
別にギャグなんて、言ってないやい。だけど、確かに緊張はほぐれたな。これ以上からかわれたくないので、僕は黙って言葉の続きを待った。
「それで、何だったっけ。そうだ、私に夢を作る能力があるところまで話したんだった。もしそんな能力持ってたら、春ちゃんだったら何をする?」
夢の中で何をしたいか。
何でも叶う夢なら、したいことなんていくらでも浮かんでくる。
「そうだな、空を飛んだり、ものすごく高くて美味しいものを食べたり、過去にタイムスリップなんてのもやってみたいかも」
「そうだね、普通そう思うよね。でも、私の能力には制限があるの。当然と言えば当然なんだけど。私が知らないこと、行ったことがない場所、そういったものは再現できない。私が知らないから。要するに私の想像力という枷がついた能力。だから、すぐにやることがなくなった。どんなこともすぐに飽きてしまった」
それは、たしかにあまり楽しくないかもしれない。人は、未体験のものを求める。
どんなに幸福なことでも繰り返しすぎると。楽しくなくなってくる。必ず飽きてしまう。
「でも、夜はくる。そしてまた、夢を見る。飽きてしまった私はなんとかならないかと思っていろいろ試した。せっかくこんな誰にもできないようなことができるんだもん。使わないではいられなかった。どうしたと思う?」
僕だったらどうしただろう。そんなに思いつくことは多くない。
「現実で楽しいことを見つける、とか」
「それができたら、良かったんだけどね。残念ながら、それは私にはできないことだった」
それができないとなると、どうすればいいんだろう。例えば、飽きないように夢を見るとかか。慣れてしまうから、楽しめない。
それなら、はじめての出来事にすればいい。
「夢の中の自分の記憶を別のものにした、とか」
「そう、その通り。正確にはね……私は物語を書くようになったの。別の記憶を持った私が主人公のね。そして、自分が作った世界の住人達と一緒に、その世界で色んな体験をした」
ドラマの主人公になれたら、誰だって毎日が楽しいだろう。辛いこともあるだろうが、その中での努力はほとんどの場合報われることが宿命づけられている。
しかも彼女は自分で物語を書くわけだから、彼女が嫌になるような展開になるはずがない。まさに最高の娯楽だ。
「楽しいこと、くだらないこと、苦しいけどその先に幸せが待っているようなこと。それはとても楽しい時間だった。それからは毎日夢中になって繰り返した」
そう言って彼女は深呼吸した。そして、僕の方をじっと見つめてくる。そんなに見つめられると緊張するから勘弁してほしい。
「そうやって楽しく遊んでいたんだけどね」
なぜそこで逆説が入るんだ。
僕はゆったりと話しているはずの彼女の語り口が急に速まったように聞こえた。
「ある日、物語を作ろうとしたら勝手に登場してくる人がいたの。しかもその人無しで物語を作ろうとしたら、物語の中に入れないし、本当に困ったよ」
その声はなんだか少し怒っているように聞こえた。緊張感が増していく。しかも目はこちらをとがめてように見つめてくる。
僕は手元のペットボトルに口をつけて、視線をそらした。
「しかもその人は私が大好きな恋物語を書いたときに、必ず出てくるんだよ。出てくるたびに、何でまたこの人がって気持ちになったし、私の楽しい夢を返して、とも思った」
さっき飲んだはずなのに、喉の乾きが収まらない。きっと何度も生唾を飲み込んでいるせいだ。それにさっきから全然汗が引かない。
「それから、だんだんと腹が立って来てね。何で私の夢に勝手に干渉してくるこの人のために私が我慢しなくちゃならないのって思った」
僕はだんだん申し訳ないような気分になってきた。彼女は僕のことを迷惑に思っていたのかもしれない。
「こうなったら一辺会って、どんな人か確かめてやろうって思った。だからもう一度、恋物語を書いた。その時書き上げたのが、後輩との恋物語」
後輩との恋物語、僕の視点から見れば先輩との恋物語。それが何のことを言っているのかは分かった。彼女、紅葉空と初めてあった夢だ。
今思えば初めて会ったあの時、彼女はなんだかトゲトゲしかった。
「実際に会ってみるともっとメチャクチャだった。私が書いた話なんて大筋しかおってなくて、勝手に改変しだしたの。自分の昔話とか入れたりしてね。しかも話の主役を奪いかねないエピソードを勝手に追加してきたりするし。本当にメチャクチャだった」
彼女は迷惑に思っていたのだ。だから、僕に告白させないような夢を繰り返した。消極的な拒絶の態度を示し続けていたんだ。
ひとりでに盛り上がっていた気持ちがしぼんでいく。そして、申し訳無さが胸を埋める。彼女を迷惑がらせてしまった。
それが、つらい。
そして、彼女は夜空を見上げて言った。
「でも……でもね。楽しかったの。私が書いてきたどんな物語よりも。あなたと回り道したり、逆に遠回りしちゃったり、寄り道したりしながら作り上げるその話が。今までの夢が色あせてしまうくらいに楽しかった」
そう言って彼女が笑った。僕はその言葉を聞いて、大きく息を吐いた。
心臓の音がうるさい。
ものすごく安心したのに、その笑顔にひどく心を揺さぶられる。
感情がぐちゃぐちゃだ。
ちぐはぐだ。
僕はしばらくこの鼓動が収まるまでうずくまっていた。彼女は何も言わず、ただただ待っていてくれた。
「僕も楽しかった」
鼓動が収まった後、そんな言葉が初めに出てきた。
「そうなんだ。嬉しい」
僕を殺しに来ている。そう思った。
だって、先から口元の緩みが収まらない。攻撃力が違いすぎる。カラーバットで真剣と切り合うようなものだ。
ずるい。勝てるわけがない。
「また、そうやってからかう気なんだろ」
僕はそう虚勢を張った。
「ううん。今のは本当の気持ち。あなたと過ごした夢は本当に何よりも楽しかった」
卑怯だ。
何で僕ばっかりこんなに感情をぐちゃぐちゃにされなくちゃならない。
思えば、彼女と会う時はいつだってそうだった。僕は驚いたり、ドキドキしたり、いつも振り回されてばかりだ。でも、不思議とそれが嫌じゃなかった。
楽しかったんだ。
「それからはあなたと青春するための話をいっぱい書いた。色んな気持ちを教えてもらった。とっても楽しかった。6年間の私の人生で1番幸せな時間だった」
僕が抱いていた気持ちを彼女も共有してくれていた。そのことが、ただ嬉しい。
あの時間を彼女も大事に思ってくれていた。そう分かっただけで、彼女を探して本当に良かった。そう思う。
同時に僕がなぜ彼女に会いたがっていたか、それが分かった。
僕は、確認したかったんだ。彼女が僕が楽しいと感じていた夢のことをどう思っているのかを。
彼女も同じように思ってくれてる。それを確認したかった。
「だから、感謝してるんだよ。私と一緒に過ごしてくれて、ありがと」
やっぱり卑怯だ。
それも僕から言うべきことだったのに。全部先に言われてしまった。
「僕も、君と、空と出会えて楽しかった。本当にありがとう」
彼女と会ったら、やりたかったこと、それは今叶った。
なんだか心にはった霧が晴れていくような気がした。ずっとわだかまっていた未練はもうない。
彼女は夜空を見上げた。
「あなたの質問に1つ答えたから、私のお願いも一つ聞いてくれる?」
僕がうなづくと、
「目をつぶって、いいって言うまで開けないで」
そう言った。それから僕は目をつぶりながら、心の中で数を数え続けた。
「時間だ、目を開けろ。がおー」
その音に目を開くと、彼女はそこにはいなかった。
彼女の座っていたところタツノオトシゴのタイマーが置いてある。これが話しかけてきたみたいだ。
その下に置き手紙があった。開くと、
『もう会えないんだ、ごめんね。さよなら。』
そこにはそう書かれていた。
なんとなくそんな気はしていた。一人で座っているベンチがかなり冷たく感じる。彼女と過ごしたこの時間もなんだか夢のようだ。
彼女に会う方法はもう残されていない。それだけは現実としてある。
けど、これでよかったと思っている。
本当にそう思っている。
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