第26話 吉岡とプレゼント2

 下校時間になったのでプレゼントを買いに行くため、吉岡と歩く。だいたいのものは買えるということでとりあえず、ショッピングモールに行くことになった。


 ここをこいつと歩くのは何度目だろう。数え切れないくらいの回数になっている気がする。


 それもこれも友達がお互い以外にいないからだ。


 いい加減、卒業したい。


 けど、16年間こいつ以外に友達ができなかったのだ。それはきっと僕の性格が原因だろう。つまり、性格を変える必要がある。だが、そんなことできない。


 結局その結論に落ち着いて、現状でもまぁ別に困ってないしいいか。そう思って、現状維持を選ぶ。こんなことを今まで繰り返してきたのだ。


 考えごとをしながら、下を向いて歩いていたからだろう。ふと、レストランの立て看板が目に止まる。 


「ベジタリアン、か」


 その言葉が口からこぼれた。


「どうした、いきなり。ベジタリアンとか訳わからんこと呟いて」


 吉岡に不審そうな目で見られた。お前にその目を向けられるのは、何ていうか心外だな。


「いや、看板の内容が目に着いただけだよ」

「そうか」


 吉岡のその言葉には、なんだか納得がいっていないような響きがあった。


「てっきりまた頭のおかしいことでも言ってくるんじゃないかと思ってた」


 相変わらず失礼なやつである。いつもお前の方が頭のおかしい話をしてるだろうが。イオンモールが見えたので、


「それで、だいたい何を買うのかとかそういう目星はついてるのか」


 そう吉岡に尋ねてみる。吉岡少し考える仕草をして、


「それも含めてお前に考えてほしいと思ってる」


 そう言ってくる。それだともうお前のプレゼントじゃないと思うんだけど。


「一応僕が候補を決めてやるから、その中からお前が選ぶってことにしよう」


 僕もプレゼントに自信があるわけじゃないし、責任が取れないことはできるだけ連帯責任にしておきたいしな。


 吉岡はしばらく唸っていたが、しぶしぶ頷く。ていうか、すぐうなずけよ。


「それとジャンルぐらいは絞りたいんだけど、候補はあるか?」


 続けて、そう尋ねる。


「えっと、本とかアクセサリーとかが好きかな」


 それだと僕が役に立てそうにないんだけど。


「アクセサリーは僕も分からない。だから、選ぶとしてたら本だな。けど本にするとして、あの人は何かほしい本があるとか言ってたのか」


 それだったら、僕が助言するまでもなく終了だ。


「いや、そういうのは特に聞いてないな」


 じゃあ、難しいな。まぁ、せっかく来たし一応提案だけはしよう。


「あの人って、何でも読むのか?」


 もしそうなら、僕が好きな本で女子ウケが悪くなさそうなものでも選んでおけばいいだろう。最近の本なんかだと特にいいと思う。友達とも話題にできるだろうし。


「うーん。割とそうかな」


 そう言われたので、書店に向かった。

 



 書店に入ると、『近代文学フェア』という文字があちこちに踊っている。近代文学、つまり夏目漱石とか、太宰治などの作家の特集か。


「あの人はこういうの読むのか」

「うん、好きだと思う」 


 なら折角だしこの中から選ぶか。


「もう読んでるやつとか、分かるか?」

「そうだなぁ、教科書に中途半端に乗ってたやつは、続きが気になるらしくて、持ってたと思う。それ以外だと、分からないな」


 じゃあ、最低限『こころ』とかは外すとして、かぶらないようなのを選ぶ必要があるな。


「長編と短編のどっちが好きなんだ?」

「どっちも読むけど、短編はあんまり買って読むことはしなさそう。教科書にも全文乗ってるし」


 なら、短編集辺りがいいか。そう思い、フェアの棚の中を探す。いろいろな短編集が見つかったが、その中の一つに目が止まる。


『芥川龍之介傑作短編集』


 そうしてしばらくじっと見つめてしまう。


 この本は、買ってしばらく読んでなかったのが最近になって読み返した。いろいろな話が載っているが、僕は蜘蛛の糸辺りが好きだ。


 でも、この本はあるときから読んでいない。だから、感想は部分的だ。勧めるなら全部読んでからにすべきだろう。中途半端は良くないしな。


 それに、この本は……


「どうした、この本面白いのか?」


 そう吉岡に尋ねられて、ハッとした。しばらく考え込んでいたらしい。


「いや、これはおすすめしないな。他のにしよう」


 そう言って、物色を再開した。吉岡は訝しんだような目でこちらを見つめていた。

 

 結局、太宰治の短編集を買うことになった。それを持ってレジに向かう。早めに決まって良かった。


 だがその途中、吉岡が突然立ち止まった。


「どうした?」


 そう声を掛けると、吉岡は僕に首をゆっくりと向けた。まるで、グギギッ、という効果音を当てたくなるような動作だった。


「サイン本が置いてあるんだ。何でか分かんないけどこんなど田舎に『ラノべなのか、ラノべでないのか、それが問題だ』の公且先生直筆サイン入り第一巻が置いてあるんだよ!」


 そう言って吉岡は僕の肩を揺らしてきた。


 痛い、痛い、肩が痛い。


「そんなにすごいのか」

「お前、すごいなんてもんじゃないぞ。超売れっ子である公且先生のサイン本がこんなど田舎に来ることなんてまずないんだ。これは絶対買わなきゃならない! もはやこれは俺に課せられた使命だ」


 何でそんなことにこいつは使命感を燃やしてるんだろう。


 僕が向ける冷ややかな視線も全く意に介さずに、吉岡は急いでカバンから財布を取り出した。そして、財布の中身を確認した吉岡は、固まってしまった。どうしたんだろう、なんだか動きが不気味なんだけど。


 ていうか、気持ち悪いんだけど。そして、僕に尋ねてくる。


「その本っていくら?」

「税込み750円位だな」


 吉岡は財布の中身をひっくり返す。


 チャリン、チャリン。


 500円玉が2枚、落ちてきた。それを確認した吉岡は一つ頷いて、


「その本、返しといてくれ」


 そう言った。


 その瞬間、僕が今日ここに来た意味は消えた。


 こういうやつだから僕以外に友達ができないんだな。なんか納得した。そして、自分の心に反射ダメージを受けた。

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