第4話 いろいろ試してみたって、許可なしですか? ②

 


 それからちょっとした騒ぎになった。


 目覚めることを諦めかけてた医師たちの問診と検査の応酬。げんなりしたが寝こけていた沙和にも非がある。

 もう虚ろだけれど、夢で見ていた世界は居心地が良くて、すべてのことが酷く億劫だった。延々と浸っていたかった。ただそれだけの事だったのに、世の中はそれで済むはずがない。

 朧げながら、手を引いてくれた相手を思い出す。


(あの人は、誰だったんだろう?)


 相手を見上げているのに顔だけが見えないまま、みんなが待っていると言って彼女を連れだした手は、とても暖かくて優しかった。

 そのままずっと手を繋いでいたいと思うほどに。

 お陰様でしっかり覚醒し、とんでもない状況に蹴り落された気分だ。


 一週間。

 その間、沙和はひたすら惰眠を貪っていた。

 医師の説明によると、手術は成功し麻酔も切れているはずなのに、一向に目を覚まさなかった彼女にあらゆる検査をし、脳波から寝ていると結論付けた。ただその深い眠りがいつ醒めるのかは見当もつかなかったようで、最悪眠ったままかも知れないと両親に伝えていたそうだ。


 せっかく手術を受けられたのに、目が覚めない娘をどんな思いで両親たちは見ていたのか。親の心配を余所に、正真正銘寝こけていただけなんて、穴を掘って埋まりたいほど居た堪れない。

 そして医療事故かと危惧していた病院側としては、沙和がやっと起きてくれて助かったことだろう。

 医療事故調査が入ったと聞いて、尽々人騒がせな自分が情けなく、沙和は身の竦むほどの申し訳なさで、しばらくの間まともに関係者の顔を見られなかった。




 忙しない一日を終え、消灯時間を過ぎた頃、沙和は暗がりでふよふよしている幽霊に声をかけた。


「ねえ、ゆうさん」


 彼は沙和の顔を見て目を瞬き、自分の鼻先を指さした。


『……ゆうさんって俺の事? どっからきたの、その名前』

「幽霊の幽さん」

『はっ!? 安直すぎるっ。恥ずかしい子だね』

「分かり易いでしょっ。名前がないより良いじゃない」


 真っ赤になって頬をぷうっと膨らませ、微かに涙をためて項垂れる。

 恥ずかしい子なのは今日充分に思い知ったので、これ以上凹ませないで欲しい。

 そんな彼女の気持ちが聞こえたのか、ぽん、と頭の上に手が乗せられ、沙和は上目遣いで幽さんを見た。


『沙和にとって、必要な眠りだったんだよ。きっと。だから気にするなって』


 細められた双眸が優しく微笑み、彼女の髪をクシャクシャッと掻き混ぜる。

 言い知れない不安の中、散々待たされたであろう一人の幽さんにそう言って貰えることが、沙和を落ち着かせた。

 鼻をぐすっと啜り、こくんと頷いた沙和に、幽さんは笑みを深くする。

 しばらく頭を撫でて貰いながら、沙和は既視感を覚えていた。


(やっぱりあたし、幽さんの事知ってるのかな?)


 何者かと訊かれても困るけれど、彼のために思い出す努力はしようと思う。

 彼女が決意を固めていると、幽さんが首を傾げて顔を覗き込んできた。


『そういや、俺に訊きたいことあったんじゃないの?』


 話の腰を折った彼に訊かれて、「そうだよ」とポロリ口から零れた。



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