第27話 心残りは何でしょう? ①
みんなが過保護すぎる。
少しずつ体を慣らし元の生活に戻しましょう、そう医師に言われているのにも拘わらず、なかなか外出を許されなくて、ストライキを起こしたのはひと月前だったか。
すっかり花が散り、葉桜に変わった頃だった。
体力を戻すには持って来いの穏やかな気候になって、沙和は外に出る気満々だったのに、家族一同の反対にあったのである。
一人で外出して具合が悪くなったらどうすると詰め寄られ、ならば美鈴や篤志となら良いかと問えば、迷惑を掛けられないと返って来る。幽さんが一緒だと言っても、彼の姿が見えない人相手に、どうやって説明するんだと尤もなことを返された。
死ぬまでのカウントダウンが始まり、心配をかけた身である。
家族たちのそれまでの心労を考えたら、沙和が退くしかないと思った。
しかし、外は良い天気が続き、運ばれてくる心地よい風を全身に浴びて、散策したい衝動が日増しに募る。
(だってさぁ、すぐそこに外の世界があるってのに、馬鹿みたいに狭い庭の中をグルグル歩き回るって、ストレス溜まるし、何の拷問かと思うわよね)
門扉を抜ければ済む話だ。こっそり抜け出してやろうかと思わなくもなかったが、大騒ぎになる事も予想出来たので諦めた。
しかし。
鬱憤は溜まり続け、ブチ切れた沙和が遂に “ストライキ” の強硬手段を取ることと相成ったのがひと月前だ。
幽さんがその気になったら沙和の躰を乗っ取ってでも、無理に食事をさせることは可能だったろう。けど、彼はそうしなかった。
やせぎすの躰を一舐めするように見て、『無理矢理にでも食べさせたいけど』と溜息混じり言っただけ。ちょっと……いや。大分イラっとした。
沙和の精神状態が丸分かりの幽さんだ。
自由に外を歩きたい―――そう切望する沙和の頭を微苦笑しながら撫でてくれた。
躰は心筋炎に罹る以前にも益して元気だし、体力を持て余し気味なのに、家族は沙和が倒れた時の記憶を消し去れないでいた。
このままでは確実に死ぬと言われた時の両親の心境を鑑みれば、我儘なことは言えないと思う。自分たちの目の届く所に置いて安心したいのも解る。けど、それでは駄目だろうと否定する自分もいる。
幽さんはきっと、沙和の焦りやもどかしさ、悲しみ、申し訳なさ、彼女の中の有りと有らゆる感情を、ひしひしと感じていた事だろう。
家族たちが良かれと思っている心配が、彼女の心にかかる負荷を大きくしていた。
沙和の好きなように―――そう言って彼は心を守ってくれた。
だから余計に思うのだ。
幽さんが彼女の心の機微に敏感であるように、彼ほどではないにせよ、沙和もまた幽さんの心が多少なりともわかる。ただ彼は沙和ほどオープンではないから、曖昧な所も多分にあるけれど、幽さんの焦りともつかないさざ波のように揺らめく心が、せつなくなる。
沙和が外出したかったのには、幽さんのこともあるからだ。
引き篭もった生活なんてしていたら、いつまで経っても幽さんの記憶の手懸かりに辿り着けない。
沙和の躰を慮ってか、彼は不満を口に出さない。けど自分が誰なのか判らないのは、アイデンティティーが揺らぎ、とても不安なことだと思う。
もし自分が同じ立場になったら、そう考えるだけで怖くなる。
だから。
何が何でも幽さんを取り戻してあげたいのだ。
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