第11話 相性悪いです…? ⑤

 

 ***



「あの不成仏男、ホント最悪だわ」


 舞子と別れた見舞いの帰り道、憎らしさに躰をわなわなと震わせた美鈴が毒吐く。篤志はやれやれと首を振って溜息を吐いた。


「いつも美鈴の思い通りになんていかないさ」

「なによ。あの悪霊の肩を持つ気? 殴られたくせに」

「うるさいなぁ。誰も肩なんて持ってないだろ」


 怒りの矛先をこちらに向けて来る美鈴を往なして、篤志はムッとしながら続ける。


「いくら死人だって言っても、沙和の傍に男が張り付いてるのは、俺だってむかっ腹が収まらないよ。舞子さんに祓って貰えると期待してただけ、がっくりだし。けど、沙和が死んだら元も子もないだろ?」


 沙和と一緒に居られる幽さんが羨ましいよ、とつい本音をぼそぼそ独り言ちる。それをまたご丁寧にも美鈴が拾い上げた。切れ長な目を細めて冷ややかに篤志を見、


「不埒者」

「うっさいわ! 美鈴だけには言われたくないぞ」

「あんた霊視力よりも先ず、煩悩を浄化して貰いなさい?」

「まんま返すわっ」


 美鈴の煩悩の凄まじさに、沙和と交友を持とうとした者がどれほど慄いて去ったことか。傍から見ていて、それはもう沙和が気の毒でしようがなかった。

 尤も男を蹴散らしてくれる分には、大いに美鈴を応援したが。


(他力本願だけどな)


 小学校時代の友人まで遠のいて行ったのは、流石にやり過ぎだろうと思う。

 ぼっちだった美鈴が可愛そうだと、その優しい人柄で声をかけたのが沙和最大の失敗だった。


(俺だってこんな風になるとは思わなかったし)




 事の発端は三人が中学生の頃まで遡る。


 篤志は中学の入学式で沙和に恋をした。

 教室から体育館へ移動していた時、渡り廊下で突風が吹き、風から身を守るようにみんなが一様に立ち止まって躰を竦め、目を開けると隣を並んで歩いていた沙和がくすくす笑って『凄かったねぇ』と篤志の頭に手を伸ばす。ぼけっと彼女を眺める篤志に『桜の花びら』と嬉しそうに抓んで見せ、真新しい生徒手帳に挟んだ。

 その瞬間、落ちた。

 急に恥ずかしくなって目を逸らし、『髪ぐしゃぐしゃだぞ』と言ったら、真っ赤になって『やだもお』と慌てて撫でつける姿に、また落ちた。

 お陰で中学の入学式は気も漫ろで、沙和の事ばかり見ていた記憶しかない。


 一週間も過ぎると、五十音に並んだ席から席替えがあった。真ん中の一番前の席にげんなりしていたのも束の間、隣に来た沙和に『よろしくね』と言われた時は、鼻血が噴き出そうになるくらい嬉しかった。

 人懐っこい沙和にどんどん惹かれていく。


 初めこそ女と仲良くするなんてと、僻み混じりに揶揄われたりもしたけど、沙和が『仲良くしたい人と仲良くして何が悪いの? 揶揄ってばかりいないで、仲良くなりたい子と仲良くなればいいじゃない』と揶揄う男子に詰め寄ってからと言うもの、学年でも仲が良いクラスになった。余談だが。

 ぱやぱや~とした沙和の意外な男気に、更に惚れた瞬間でもあった。


 一緒に居るのが当たり前になり、クラスのチビツートップでお似合いと言われると、ちょっと居心地が悪くても篤志は嬉しかったのに、肝心の沙和が言葉の意味を全く理解しておらず、『友達なんだから当たり前じゃない』と篤志を奈落に叩き落してくれるのが定番だった。級友たちの憐憫かつ、生温かい眼差しは今でもムカつく。


 そうこうしているうちに季節は五月になり、野外活動のグループ分けをすることになった。

 沙和が美鈴に初めて声をかけた。

 だいぶ前から一人でいる美鈴を気に留めていたのは知っている。けど彼女の持つ近寄り難い雰囲気に、流石の沙和も若干尻込みしていた。


 篤志は、沙和が勇気を奮い立たせて声をかけ、美鈴と友達になろうとするのを黙って見ていただけだ。

 正直沙和の時間が他に分散するのは嫌だったけれど、それを言って彼女に嫌われる方がもっと嫌だったから、言葉を呑んだ。止めとけと言えば良かったと、いまは激しく後悔している。


 篤志の美鈴の第一印象は、日本人形のような整った相貌をピクリともさせない、得体の知れなさが怖い女だった。

 沙和が居なかったら、クラスメート以上の接点は、絶対かつ永久になかったと断言できる。

 それくらい近寄り難い雰囲気を、中学生の少女が纏っていた。その理由が、美鈴の視えている世界のせいだと知った時に、ほんのちょっとでも同情した自分を殴りつけ、正気に戻れと、彼の同情など歯牙にもかけず、嘲笑って災難を齎す女だから、絶対に近付くなと、声を大にして訴えたい。


 ぱやぱや~とした陽だまりみたいな沙和に、能面女の美鈴が陥落したのは篤志が思ってた以上に早かった。

 幽さんのことに限らず、とにかく沙和は浮遊霊に好まれて、ずらずらと引き連れて歩いていたらしく、沙和がちょっと『怠くて』と零したら、仕方ないなと言いたげに溜息を吐いた美鈴が、沙和の背中を埃でも払うかのように手のひらで祓う。すると途端に彼女の顔色が明るくなった。


 嘘だろ? と思う反面、沙和がそんな嘘をいう子じゃないのも解っている。

 沙和と篤志にはない特異な能力で、沙和からの感謝と羨望を集める美鈴が憎らしくも羨ましいと、何度思ったか。

 美鈴に頼り切る沙和が可愛いくて、庇護欲をそそられた気持ちはわかる。篤志が美鈴の立場だったら、同じように独占欲を掻き立てられた。


 けど、自分以外の人間との交流を奪うのは、常識的にやらない。

 相手が大事ならば尚更。

 自分の元から離れていく友に、悲し気な沙和が胸に痛かった。

 美鈴は『大丈夫。あたしは何があっても離れないわ』と、自分が原因であるにも拘らず太々しく言い退け、ひたすら甘やかす。困惑し異議を唱えながらも、『友達は沙和しかいないもの。見捨てないで』と涙を浮かべて訴える美鈴を、沙和は突き放すことが出来なかった。

 だからどんな仕打ちを受けたって、自分だけは絶対に沙和から離れて行かないと、篤志は固く心に誓った。



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