第10話 相性悪いです…? ④

 


 どうしても視えるようになりたいと食い下がる篤志に難色を示しつつ、舞子はかつて話したことを再び口にした。


「視えるだけなんて、良いことないよ?」

「それでもっ。俺だけ何が起きているのか分からないで、沙和のために何の役にも立てないのは嫌だ。相手が人じゃないから、そう大したこと出来ないかも知れないけど」

「視えなくたって、出来ることはあるだろうに」

「それじゃもどかしいんだよ」


 ずっとこうして押し問答が続いている。

 幽さんに憑かれた副産物で沙和が視えるようになって、美鈴と共通の話題が出来たことは確かだけど、だからと言って篤志を蔑ろにする心算はない。

 沙和がそう思っていても、篤志は彼なりの思いがある。


 もう子供ではないんだし、いつまでも三人一緒と言う方が難しい。ましてや篤志は男だし、どうしたって見えない垣根は存在する。

 それでも出来るなら、共にありたいと思うのは悪い事ではないだろう。

 篤志が沙和の背後に目を凝らす。


(幽さんだったら、あたしの後ろに居ないけどね)


 篤志の後ろで腕を組んだ幽さんは、目の前の頭をじっと見ている。幽さんが何を企んでいるのか手に取るように解ってしまい、沙和は早くも彼に感化されている自分が悲しくなった。


 滾々と舞子に説得されている篤志を下手に刺激したくない。けど虎視眈々と篤志を殴るタイミングを計っている幽さんが後ろに居ると、教えた方が良いのか悩むところだ。


(美鈴と絶対的に合わないって言うなら解るけど、篤志は無害なのに何で毛嫌いするんだろ?)


 幽さんは、篤志の存在が苛々すると言っていた。そんな理由で嫌われる篤志も堪ったものじゃないだろうし、いつまた殴られるか分からないのに、相手が見えないのでは防御のしようもない。そう思ったら篤志が不憫な気もする。


「いつ殴られるか分かんないしっ」


 沙和がちょうど考えていたことを篤志が口にして、驚いて彼を見た。


「殴られたの?」


 目を丸くして篤志を見る舞子に三人が頷くと、ぷっと吹き出した。


「笑い事じゃないよ。首が捥げるかと思ったんだから」

「悪い悪い。けど、何か怒らせる様なことしたんじゃないの?」


 笑いを噛み殺した舞子が、篤志と後ろにいる幽さんを交互に見る。その目の動きで篤志がハッとした表情になった。


「アイツ俺の後ろッ!? また殴る気だろ!?」


 振り返って幽さんのお腹に文句を言っている絵面が正直笑える。美鈴と舞子の唇もプルプル震えているから、きっと同じなんだと思う。


『阿保やなぁ』

『み……視えないんだから、しょうがないって』


 篤志を庇う台詞を吐きながら、どうしても顔が笑ってしまうため、フォローになっていない。

 まだ顔が笑っている沙和や美鈴と違って、舞子は早々に平静を取り戻すと、しげしげと幽さんを観察する。不躾ともいえる眼差しに、幽さんは片眉を上げて見返した。


「あたしには悪さを働くような霊には、見えないんだけどねぇ。……幽さん? とやら。篤志くんに何か怒っているの?」

『怒っちゃないけど……いや。怒ってるのか? 何でだか篤志はムカムカして殴りたくなる』


 憮然と幽さんが言うと、舞子は困ったような笑みを浮かべた。

 篤志にはまんま伝え難いだろう。


「生前に何か……ああ。記憶がないんだっけねぇ」

『そう言うこと。だから何でとか訊かれても困るから』

「俺の知ってる奴なのか!?」


 舞子の話しぶりで篤志が口を挟んできた。途端、幽さんが気色ばむ。


『殴ってい?』

「どうぞどうぞ」

「「やめなさい」」


 篤志の頭上で拳を振りかざす幽さんを美鈴が煽り、眉を引き絞った舞子と頭を抱えたい沙和が異口同音に制止すると、「『チッ』」と大きな舌打ちが聞こえた。


「幽さ~ん。美鈴~」


 こういう時ばかりなんで息が合うのか。

 呆れてこれ以上の言葉が出てこない。

 沙和が溜息を吐きながら項垂れると、


「なんなんだよ! 俺のこと話してるのに、俺がわからないって理不尽だ」


 篤志の憤りは尤もだ。

 舞子がやれやれと首を振る。やっと説得出来るところだったのに、振出しに戻ってしまった。




「霊視っていうのは、ざっくばらんに言うと波長を捉えるかそうじゃないか。その波長を捉える感覚は言わば碁盤の目みたいなもので、マス目が粗くて通り抜けたら視えないし、方眼用紙のように細かければ引っ掛かって嫌でも目に付く。中には碁盤の目が不揃いで、波長が合った霊だけ視えるって人も居るようだね。

 この感覚は生まれながらに備えている者もいれば、沙和ちゃんのように後天的に備える者もいる。生き返ったら視えるようなったって話はよく聞くでしょ?」


 篤志を説得するのを諦め、舞子の霊視講座が始まっていた。

 沙和もまだ駆け出しなので、篤志と一緒になって聞き入っている。幽さんは関心がなさそうにふわふわと空中を漂い、美鈴は不満げな面持ちで講義を聞いていた。


「自分が霊体になることで、碁盤の目が整備された感じかな。尤もみんながそうなる訳ではないけどね」

「それで、どうしたらいい?」


 篤志の真剣な眼差しを受け、気持ちが変わらない彼に舞子が嘆息する。

 視えないかも知れないと言われても、視えるかも知れない可能性しか考えていない。昔から篤志は良くも悪くもポジティブだ。そうであろうと彼なりに思っている。

 それでも舞子は念押しをせずには居られないようだ。


「体質や環境が変わるかも知れないよ? 病気がちになるとか、不運に見舞われやすくなるとか。それでもいいの?」

「変わらないかも知れないじゃん。そんなのやってみないと分からないよ」

「絶対に後悔しないかい?」

「すると思ってたら、最初からこんなこと言わない。だから俺は何をしたらいい?」


 ぐっと身を乗り出し、先を急かす。


「先ずは一週間、身を清めて穢れを祓って貰うよ。当然その期間は生活を見直して貰わないとね。そうそう。自慰行為も性交渉も断って貰うからね?」


 篤志の反応を窺う舞子の意地悪な笑みが浮かぶ。

 げって顔をした篤志だったが「分かった」と了承すると、意外そうに舞子は眉を聳やかした。


「そもそもこれは、魂核が酷く傷付いた人を癒すためのものだって事を忘れないで。そう何度も出来ないから」

「……わかった。舞子さんの言う通りにする」


 失敗しても後がないと言外に言った舞子を、真摯に見返す篤志。

 その様子を眺めていた沙和と幽さんは目を合わせ、小さく溜息を吐いた。

 

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