第54話 ずっと一緒だよ。①

 


 篤志の “宣戦布告” からこっち、大きな進展はあったかと聞かれれば、ほぼない。悪戯に時ばかりが流れて、苛立つ篤志が椥に喧嘩を売る日々だ。


 友達以上恋人未満の曖昧な関係に一先ず落ち着いて(?)からと言うもの、日夜篤志は “好き好き” アピールに励み、たまに彼に引っ張り出されて出掛けるくらいで、特筆することは何もない。強いて言えば、そこに美鈴の姿がないくらいだ。


 最初こそ美鈴を出し抜けたと喜んでいた篤志も、手を繋ぐことすら妨害してくる彼女以上の強敵を前に、憤然と手を拱いている。篤志には悪いけど、お陰で沙和は少しばかり安堵していた。




 秋になって気候も穏やかになった頃、沙和はずっと休学していた大学を退学した。


 戻りたいと言う気持ちもなくはなかったけど、これと言ってやりたいことがあった訳でもない。一年以上も学びの場から離れ、すっかり二人から引き離された事に寂しさを覚えた所為もあるけど、漫然と通うくらいなら、少しでも身になる事をしようと思ったからだ。


 時間は無限ではないと、身を以て知った。

 今回は偶々、まだ時期ではなかっただけで、死は誰にも等しくやって来る。それがとても身近なものだと、椥によって知らしめされた。


 病気を契機に、うんざりするほど過保護になった両親からは、大学を辞めることに反対はなかった。ところがアルバイトをすると言ったら猛然と反対され、予想はしていたものの、これにはかなり閉口させられた。


 しかし苛立ちが極まった沙和が半泣きで『世間知らずの馬鹿娘だって蔑まれてもいいの!?』と脅迫めいた言葉を口にすると、そこに割って入った奈々美の『順当に行ったらお父さんたちの方が先に死ぬんだから、老後苦労することになるのは沙和なのよ』と生涯おひとり様認定をしてくれた些か……かなり複雑な助言のお陰もあって、両親は『椥もいることだし』と不承不承だけど認めてくれた。


 “生涯おひとり様” は、まあ敢えて否定はしない。

 このまま沙和が生涯を閉じるまでに、椥が成仏するか分からないし、彼が成仏しない限り、沙和に女性としての喜びの瞬間は来ない。断言する。


 そして何よりも沙和が、胸に残った創を好きな相手に曝したいと思わない。

 手術を知っている篤志でも、きっと見たら退くだろう大きな創痕だ。引き攣った顔を想像しては、心臓が凍り付く思いを何度しただろう。

 そんな顔など見たくない。


 ずっと面倒を見てくれると言う可愛い弟には迷惑を掛けたくないし、沙和がいつまで経っても靡かなければ、いずれは篤志も諦めるかも知れない。

 だからそれまでの間に、生活の基盤を立てなければならないし、憂いている暇はないのだ。




 そんなこんなで始めたコンビニのアルバイトだったが、最近同僚から遠巻きにされることが増えた。

 何でも沙和に触れようとすると静電気が火花を散らすため、警戒されているらしい。それも男性スタッフと男性の常連客に限って―――と言えば、原因は言わずもがである。


(ビックリするし、地味に痛いもんね)


 作業上、沙和から多少の接触ならば、何の問題もない。例えば、お釣りを渡した時に手が触れたとしても大丈夫だ。しかし相手が意図的に沙和の手を握り返したりすれば、問答無用で静電気攻撃に遭う。


 椥曰く『甘いくらいだ』そうだ。

 確かに篤志が被る被害を考えたら、圧倒的に甘いかも知れない。

 しかし。


(あたし相手にそういう目で見て来る人って、やっぱちょっと怖いしね)


 と、椥の事は放置している。

 世の中には美人もスタイルのいい人も沢山いるのに、平凡な容姿の沙和に興味を見せる相手は得てして困った性癖を持っていて、恐怖対象でしかない。だから逸早く察知する視えない椥の牽制は、非常に有り難かったりする。


 沙和があからさまに嫌がって相手を刺激している訳でもないし、彼女に “触ると痛い” と擦り込みされることで、自然と忌避されていくのだから後顧の憂いもない。

 話しかけて引け腰になる男性スタッフには、些か切ないものを感じるけれど、それを踏まえて考えると、篤志は偉大なのだかおバカなのだか、いつも悩む沙和である。


 そして今日も上がる時間になると、大好きな二人が沙和を迎えに来るのだった。


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