第45話 そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ②

 


「沙和っ。俺と結婚して!」


 悲鳴に似た声で叫んだ篤志の鼻先を、椥の足が掠めていく。寸での所で躱した篤志は追撃を避けるように移動しながら言を継いだ。


「中学の頃から、ずっと! ずっとずっと好きだ!」


 椥の攻撃を躱しながら、半ばヤケクソ気味に篤志が叫んでいるのを、沙和は茫然と眺めている。


「なんの、冗談……」

「な訳ないだろ‼」


 回らない頭で紡ぎ出した言葉を篤志が即座に否定した。そこに今度は美鈴が加わり、隼人が加わって来た。


「篤志の分際でっ! 沙和はあたしと結婚するに決まってるでしょおっ!」

「あっくんにもみっちゃんにも、あげないって僕言ったよね!? 言ったよねッ!?」


 沙和にしがみついた隼人を、無理矢理引き離そうとする美鈴。

 逃げる篤志を執拗に追い回し、猛攻を続ける椥。


(…………カオスだ)


 椥の攻撃を避けるのに篤志があっちこっちとぶつかり、その度に盛大な音が上がる。一方では沙和を取り合って隼人と美鈴が姦しく、ガックンガックン頭が揺さぶられながら、沙和が現実逃避しかけた時だった。


「何騒いでるの!」


 ノックもなしに―――いや。五月蝿くて気付かなかっただけかも知れない。扉を大きく開け放った母が、鬼の形相でそこに立っていた。

 全員扉を振り返ったまま凝固した。

 中の惨状を目の当たりにした母も固まっている。


 どのくらいそうして居ただろうか。

 最初に動いたのは篤志だった。

 それは唐突で、椥が遅れを取ってしまった形になる。


「おばさん! 沙和を嫁に下さいッ!!」


 言い様、篤志の顔が横に振れ、躰が転がった光景に驚いた母が目を剥いて凝視した。一人芝居と言うにはあまりにも鬼気迫るものがあり、母は首をカクカクさせて沙和を見た。こっちはこっちで隼人と美鈴が沙和の取り合いをしているしで、彼女は束の間天を仰ぐと、殴られる一人芝居をしている風にしか見えない篤志に目を戻した。

 それが芝居なんかではないのは、篤志の赤く変容していく相貌から分かる。

 母は大きく息を吸い込んだ。


「なぎっ! やめなさいッッッ!!」


 部屋が揺れる―――そんな錯覚を覚えるような怒声に、静まり返った。

 母の目には映らないだろう息子の驚いて振り返った顔と、目を三角にして篤志の方を睨んでいる母の間を、沙和たちの視線が右往左往する。

 確信をもっているように、母が仁王立ちで篤志を睨んでいた。彼女の目には椥の姿が映らないので、微妙に外した視線に睨まれている篤志の顔が引き攣るのは仕方ない。


「あなたは沙和の事になると、どうしてそう箍が外れた行動をするの! 本っ当に子供の頃から変わらないわねっ。婚約したってお父さんから聞いた時は、やっと真面になってくれたと思ったのに!」


 ふんすと鼻息荒くした母を、みんなが唖然と見た。


「お……かあさ…ん?」


 沙和の唇から困惑した声が漏れる。


(何か今、聞き捨てしちゃいけないようなワード、含まれてなかった?)


 沙和の記憶の中にいる兄とは、大分懸け離れているような気がするのだが……。

 決して、昔の兄は箍が外れた行動をしていなかったように思う。

 しかし母は真っ向から否定する言葉を放ったのだ。その母から逃げ遅れ、言葉を呑んで項垂れた椥の姿を見るに、それが事実なんだと窺い知れる。尤も彼が声を大にして反論したところで、母には聞こえないのだが。


「あ、あのぉ。お兄ちゃんって、いつも穏やかだったように、思うんだけど?」


 恐る恐る聞いてみると、母が沙和に目をくれて嘆息した。


「それは沙和が覚えてないだけだわ。あなたには、親から見ても気持ち悪いくらいデロッデロに可愛がって、沙和と仲良くしたがっていた男の子たち、威嚇し捲ってたんだから」

「威嚇……」


 そう言われてみれば、と記憶をほじくり返す。

 幼稚園でも小学校でも、沙和が話しかけた男子はやたら怯えた顔をし、辺りを確認して逃げるように離れて行った気がする。

 女の子の友達がいたから特に支障もなく、深く考えたこともなかった。


(一体……何をしたら……)


 そんなに怯えさせることが出来るのだろう?

 聞きたいけど、怖くて聞けない。

 篤志に馬乗りになっている椥を見て、困惑しきった引き攣り笑いを向けると、彼は不貞腐れた顔を背け、篤志を見遣って舌打ちした。


「「舌打ち!?」」


 沙和と篤志の異口同音。


「なに。あの子舌打ちなんてしてるのっ?」


 また雷が落ちそうな雲行きに、慌てた。


「お母さんにじゃないよ? 篤志にだから」

「俺になんで、お気になさらず」


 全くフォローにもなっていない。

 母は二人を交互に見て溜息を吐くと、「篤志くん」と彼に目を向けた。


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