第50話 そーゆーわけで…ってどーゆーわけですか!? ⑦
***
沙和と連絡を絶ってから一月が経っていた。
初めのうちは悶々として、何も手が付かないままダラダラと過ごしていたが、最近になってから、意識して考えないようにしている。意識して、なんてのはつまり、隙あらば沙和の事しか考えていないと言うことで。
ふとした瞬間に、どうしようもないくらい沙和に会いたくなる。
舞子の所に行った一週間があの時は物凄く長いものに感じたけれど、それを遥かに超えている。篤志史上、初めてのことだ。
こうやって少しずつ、沙和の事も思い出に変わっていくのだろうか?
今はまだ胸がジクジクして痛むけれど。
沙和と会わなくなってから、必然的というのか、美鈴にも会わないでいる。彼女とは沙和を通してでしか付き合いがないのだから当然か。
これまでお座成りになっていた男同士の付き合いにも、顔を出すようになった。
気が紛れれば何でも良かった。
だから誘われるまま合コンにも行って見たけれど、参加していた女子の一人に『笑顔が嘘くさい』と言い当てられて、それから行っていない。
(俺……沙和がいないと、本気で楽しめないんだ……笑えないよ)
目に見えない曇天を背負う篤志は、燦燦と輝く太陽を恨めしく睨み上げた。
もう何もかもが恨めしくて仕様がない。
気分が乗らないから帰ろうとキャンパスを歩いていたら、不意に声を掛けられて、篤志は後ろを振り返った。
髪を躍らせながら、一人の女の子が篤志目掛けて走って来る。
笑顔で近付いてくるその顔に見覚えはあっても、誰だか思い出せずに篤志は眉を寄せた。
(どっかで見たことあるんだけど、ドコだっけなぁ?)
基本的に、沙和以外の女子の顔に興味を持って覚えたこともなければ、相手にも同様の扱いを受けて来た記憶しかない。その時は美人だとか可愛いとか思っても、時間が経てばすっかり頭にないのが常だった。美鈴の場合は、沙和を狙う敵として覚えざる得なかっただけだ。
(まあそれなりに付き合いも長かったしな)
ぼんやりライバルの顔を思い出して顔を顰める篤志の前に、肩で息を整える女の子がいる。間近で見ても思い出せない。
対面して目線がほとんど変わらない相手に、篤志がちょっとだけ唇をムッと歪めた。沙和よりも十センチは背が高いだろう。
「はあ……篤志くん、意外と歩くの早~い」
しっとりと汗ばんだ額をハンカチで拭いながら、さり気なく言った彼女の言葉に、篤志の顔がさらに不機嫌になる。
「岡田」
「え?」
「下の名前呼ばれるほど、仲良くないよね?」
「はぁ? なに古臭いこと言ってんの?」
「てか君誰だっけ?」
「ひっどーい。覚えてくれてないんだ!?」
彼女は頬を膨らませ、上目遣いに篤志を睨んでくるが、目の奥が笑っている。そして躊躇なく篤志の腕を取って自分の腕を絡ませてくると、自然な仕草で胸を押し付けて来た。
篤志も男だし、こう言うシチュエーションは嫌いではない。
が、しかし。
篤志は目を眇め、ボートネックのサマーニットから覗く白い胸元にチラリと目を遣った。彼女の男の視線を計算しているとしか思えない行動に、こっそり溜息を吐く。
(あざとさしか、感じないんですが?)
ずっと沙和の天然な行動を見て来たからか、その破壊力の違いを比べて一瞬泣きそうになった。
マジマジ見れば可愛くない事もないし、ふにふにと押し付けて来る胸は柔らかくて感触が良いけど……。
(沙和のちっぱいの方が…いい)
本人に言ったら激怒されそうなことを考えて、篤志は思い切り項垂れた。
(ちっぱいが良いも何も、触る機会なんて……)
と考えながら、両手を無意識にお椀型に丸めている辺り、末期かも知れない。
篤志が乾いた笑いをふっと漏らすと、彼女は何を思ったか軽く口を尖らせた。しかしそれも数秒の事で、すぐ笑顔になると「カフェ行こ」と篤志の腕を引っ張って歩き出す。その手を解こうとする篤志の面に、困惑の色が浮かんだ。
「おいちょっと。君誰? どこで会った?」
「教えてあげるから、カフェ行こ?」
小首を傾げて篤志の目を覗き込んでくる様は、どうやったら自分が可愛く見えるか計算されたように絶妙な角度で、篤志は心中で「やっぱあざとい」と呟いていた。
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