亀は万年生きる


 町一番の物知りと名高い隠居のもとに、町一番のマヌケと名高い一人の男がやってきた。


「ご隠居様。ご隠居様。お話がごぜえやす」


 声は切迫しているのだが、表情は相も変わらずどこかヌケている。どうせ大したことじゃなかろうと、悠然とご隠居は受け答えをする。


「どうか、したかね?」

「ご隠居様。鶴は千年、亀は万年ってえ言葉がありやすよね?」

「おお。鶴は千年を生き、亀は万年を生きるって言葉だね。つまり、鶴と亀は長寿の縁起物ってぇわけだねぇ」

「うん、ご隠居様の言うことだから間違いはねえとは思いやす。ですが、ひょっとすると、そいつぁ嘘っぱちかもしれませんぜ」

「ほう? そいつぁどうしてだい?」

「いや、ね。昨夜、縁日で亀を売ってやしてね。こいつぁ、縁起物だ。ひとつ、飼ってみることにでもしようかいってなもんで、一匹、亀を買って帰りやしたら、なんてこたぁねえ、朝起きたら、その買ってきた亀、死んでやがったんでさぁ。万年どころか、明日もしらねえ命ってんで、亀はちっとも縁起物じゃなんかじゃありやせんぜ、ご隠居」


 冗談じゃねえや、と息を荒くする男に向かって、ご隠居はめんどくさそうにこう言った。


「そりゃあ、おまえさん、ちょうどその亀の万年目の寿命に立ち会ったってことじゃないかい。そいつは、かなりの稀なことさ。きっと、今年はお前さんにもいいことがあるよ」

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